ビーフンとラー油かけ白ご飯
靉靆という単語がある。
右側だけを読んで「あいたい」となるのだが、それをするために雲がふたつ、これは贅沢である。
轟という漢字がある。車をみっつも使っているこれも贅沢である。
鱟という漢字がある。読み方はカブトガニと読む。魚の上にずっしりとわけのわからない重しが乗っている。これまた贅沢である。
これらに比べて人という字はあまりに質素すぎる。棒が二本支えあってるとお偉いさんは言うが、それにしたってこの漢字はあまりに防御が弱すぎる。
私は正にこの漢字みたいな生活をしている。机の上には白飯とパックに入った焼きビーフン、開封済みの醤油それだけ。
ステーキだとか刺身だとかカツ丼だとかそんなものはたまにでいいのだ。
それじゃ、いただきます。
「うおーい!」
ど、ドアを叩く音が聞こえた!?テレビの上に置かれたデジタル時計は午後九時をさしている。子供、それも少女の声。
宗教勧誘でも毛布の押し売りでも警察でも親でもない。だとしたら答えはひとつ
やつだ
「ここをあけてー!あけてよぅ!」
「叩くなやかましい!勝手に入ってこいよ。いつもみたいに」
「はーい…」
気怠そうにそう返事をすると、数秒の間があって、床をとてとて歩く音がした
そうして、私の肩にそっと手を置いて
「だーれだ?」と囁いた
私は手を雑にはねのけて
「こんな時間に来る女の子なんてお前しかいないよ。天使だろう」と返した
「つまらない反応だこと」
そう言いながら、天使は食卓テーブルのすぐ近く、ゴミが落ちてないフローリングに鳥籠を置いた
「そいつはまた幸せってやつか?」
「そう、日付が変わるまでに解き放たないといけないの。あ、どんな幸せかはナイショだよ」
「はいよ」
鳥籠の中には青い鳥が一匹、目をぱっちり開いて外を眺めている
「で、おなかがへってるの。なんかない?」
足をぴんっと伸ばして、こちらに顔だけを向けて、天使は私に言った
「今日はこれしかない」
私は白いパックに入った焼きビーフンを
近づけて、ひどく不満そうに返した
「しょぼい…相変わらず」
天使は憐れむような顔つきで私を見た
私は子ども用茶碗に炊飯器のご飯を盛って食べるラー油の瓶と共に置いてやった
「こんなかわいいお茶碗いやだって何度も言ったよね?あたしを馬鹿にしているの?」
「じゃあ、食べさせない。これは一人で食べちゃうもんね」
そう言って私が自分の方へ焼きビーフンと子供用茶碗を引き寄せると、天使は口をあんぐり空けて手をばたばた動かした
「やだ!食べる!返して!」
「はいはい、わかりましたよ」
茶碗と焼きビーフンを天使の方へ戻すと、天使は手も合わせず食べ始めた。
ビーフンを端でちょいとつかむ、重力に従いだらしなくビーフンが垂れた
白いご飯に乗せ、口に入れる。
頬が少しづつ動く、空いた隙間からまっしろな歯が見えた
やがて、焼きビーフンは喉の奥へ落ちたのだろう。天使は「まぁ…悪くないわ」といった顔をしながら、今度は食べるラー油をスプーンでビーフンにかけた
焼きビーフンは正確には焼きビーフン炒めだった。玉ねぎや人参やキャベツが混じっている。箸でつかまれるのはビーフンだけじゃない、玉ねぎも人参もキャベツも月々に天使の口の中でプレスされ、喉の奥へ消えていく
時たま、つかんだビーフンが白いパックに落ちる。まるで最後の抵抗のように。
が、それも無駄だ、天使は助からなかった野菜たちをみんな処刑しきると、逃げたビーフンを容赦なく箸でつかむ
「おかわりある?」
天使がそう言ったので、私は子供用茶碗に山盛りご飯を入れて、渡した
気づけば、ビーフンは僅かな残骸を残して、みんなやられてしまった。目の前にいるこの腹をだらしなく膨らませた上位存在気取りのにやけた天使によって。
「はぁ…ラー油がちょいと辛かったけどよかった…ビーフンおいしい…」
床に大の字に寝転んで、天使は満足そうにむにゃむにゃ笑った
「で、その籠の中の鳥はなんなんだよ」
「あ、これね。確か七時半を過ぎたスーパーで半額のお刺身を発見した時の幸せだったかな。それじゃ、またね!」
「あ!こら!」
お茶碗をシンクに片付けることも無く、天使は壁を抜けて、出ていってしまった
私は四つん這いになり呟いた
「また…」
「また満足させてしまった!!!!これじゃ次も来るじゃねぇか!!!!」
結局、焼きビーフンはおあずけ。わたしはふりかけご飯を泣く泣く食べたのだった




