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いつも最後で選ばれなかった俺が初めて誰かから選ばれた話  作者: 陽花紫


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3/3

選ぶということ

 春の、終わり頃だった。

 会社の空気は、少しだけざわついていた。

 それは研修を終えた新入社員たちが、それぞれの部署に配属されてくるような時期でもあったからだ。


 シュンと一緒に出勤すると、いつもよりフロアに人が多かった。

 スーツがまだ少し硬い、フレッシュな社員たちがそこにはいた。

 ぎこちない挨拶に、ひどく緊張したような面持ち。


 その中で、一人だけ妙に目立つ男がいた。

 背はそれほど高くないけれど、大きな目がよく動いて、表情が豊かだった。

 人の話を聞くときも、ちゃんと相手の顔を見る。

 笑うときには、遠慮なく笑っていた。


「今日からこちらの所属になりました、よろしくお願いします!」


 よく通る声で、カイトは頭を下げていた。

 俺は軽く、拍手をした。


 新入社員を見ると、いつも少しだけ昔を思い出す。

 あの頃の自分のことを。

 何者でもなくて、何者にもなれそうだったあの頃のことを。


 カイトはその日の午後、俺の席までやってきた。


「教育担当の、リョウさんですよね?よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく」


 カイトは、人懐っこいような笑顔をしていた。

 シュンの隣にも、同じように新入社員の姿があった。


 それから、カイトと過ごす時間が増えていく。

 一通り仕事を教えるものの、カイトはひどく覚えが早かった。

 それによく質問をする、真面目な性格でもあった。


「これって、どうすればいいんですか?」

「これは、ここに書いてある通りにやればいい」


「リョウさん、なんでこうなるんですか?」

「ああ、これは……」


 物怖じしないその様子に、最初は少し驚いた。

 昔の俺は、そんなふうに聞くことができなかったから。

 だけど、カイトは違っていた。

 正直に返事をして、素直に聞き入れる。教える側としては、とても楽だった。


 ある日の昼休み、にこやかな顔をしてカイトが言った。


「リョウさん。お昼、一緒に行きません?」

「俺と?」

「はい!いつも、外で食べてますよね?いいお店教えてくださいよー」


 それはシュンによく似て、冗談みたいな言い方だった。

 それでも、その目は真剣だった。


「いいよ」


 すぐさま俺は、頷いた。


 行きつけの定食屋に行けば、遠くでシュンも同じように新人を連れて食べていた。


「すみません、カウンターでもいいですか?」

「はい」


 いつもより遅い時間だったためか、店は少し混んでいた。

 並んで座って注文をして、水を飲んだ後でカイトが言った。

「リョウさんって、優しいですよね」

「いや?別に、普通だと思うけど……」

「いいえ、そんなことないと思いますよ!シュンさんとか、厳しいって聞きますし……」

 その言葉に、思わず背後のシュンを見る。

 ここに俺たちがいることなんか気づきもしないで、ただ黙々と箸を動かしていた。

「お前、あんまりそういうこと言わないほうがいいぞ……」

「そうですか?でも、俺の担当がリョウさんでよかったです!いつもありがとうございます!」

「いや、こちらこそ……」

 そして料理が運ばれてきたがために、この話はこれ以上広がるようなことはなかった。


 その日から、カイトはよく、俺に向けて話しかけてくるようになっていた。

 仕事のことや、学生時代のこと。

 趣味のことに、なんてことのない日々の出来事まで。

 可愛い後輩が、できたと思った。

 シュンもまた、家で後輩のことを褒めていた。


「リョウ、疲れてないか?」

「ううん、大丈夫。シュンは?」

「俺は、疲れた……。でも、お前がいるから疲れが吹っ飛ぶ」


 そんなことを言って、静かに俺を抱きしめる。

 大きな背中を摩りながら、俺もまた深く息をついた。



 ある日、一人で会社を出ようとした時だった。


「リョウさん、今日……予定あります?」

 いつもならすぐに帰るはずのカイトが、俺のことを引き留めていた。

「いや、特には……」

「じゃあ、ご飯いきません?」

 その言葉に、俺は少しだけ迷ってしまう。

 シュンの顔が、浮かんだからだ。

 でもその日は、シュンは飲み会だと言っていた。

「いいよ」

 そう答えて、一緒に会社を出た。


 居酒屋に入って、腹を満たして酒を飲む。

 カイトはその間も、よく喋っていた。

 俺はいつものように、静かに相槌をうっていた。


「そういえばリョウさん、彼女とかいるんですか?」

 そう聞かれて、グラスを置く。

「いや……?」

 焦りが顔に出ていたのか、カイトはにやりとした笑みを浮かべてこう言った。

「……それとも、彼氏ですか?」

「……ああ」

 カイトは、決して驚いたりはしなかった。

「やっぱり」

 そう言って、笑っていた。

「そんな感じ、しました……。もしかして、社内ですか?」

「さあ……」

 これ以上、余計な話をしないようにと俺は水を飲み干した。


 それから少し、沈黙があった。


 カイトはビールを一口飲んで、それから静かにこう言った。

「でも、なんかもったいないですね……」

「もったいない?」

「はい」

「リョウさん、もっといい人いそうじゃないですか?」

 その言葉を聞いて、胸の奥が少し揺れた。

 それでも俺は、笑って流した。

「そうか?」

「そうですよ」

「俺なんか、どうですか?」

 その言葉に、思わず顔を見つめてしまう。

「なーんて、……やだなあ、冗談ですよ……」

 それでも、カイトの顔は決して酒に酔っているようには見えなかった。

 肩をすくめて、酒を流し込む。


「でも、それくらい……。リョウさんは、素敵な人だと思います」


 俺は返す言葉を見つけることもできずに、ただ静かにグラスを見つめることしかできずにいた。


 帰り道、駅に向かう道中で、カイトが言った。


「やっぱり、すみません……。俺、リョウさんのことが好きなんです」


 その言葉に、足が止まる。


「えっ……」

「彼氏さんがいても、いいんです。……好きなんです」


 カイトにしてはひどく、静かな声だった。

 胸の奥が、ざわついた。

 こんなこと、今まで一度たりともなかった。


「シュンさんより、大事にします」


 その名前が出た瞬間、息が止まりそうになっていた。

 どうして、カイトが知っているのか。

 どうしてそれでも、俺に好意を伝えてきたのか。


 ――どうして……。


「返事は、いりません。でも、少しは俺のことを……。俺の気持ちを、覚えておいてください」


 そしてカイトは、静かに背を向けた。

 俺は、何も言えなかった。その背中を追いかけることも、できなかった。


 これまで、誰かに選ばれるようなことはあっても、誰かを選ぶような立場になるようなことはなかった。


 深く息をついて、空を見上げる。

 そこには俺の気も知らないで、綺麗な月が浮かんでいた。


 歩きながら、一つのことだけが頭に残る。


 ――シュンか、カイトか。


 どちらかを、選ばなくてはならないのか。

 そのような構図が、頭に浮かんだ。

 その瞬間、奇妙な感覚が生まれていく。

 それはどこか懐かしいような雰囲気で、そして俺は、思い出す。


 かつての修羅場のとき。

 シュンの元カノが、吐き捨てるように言った言葉が蘇る。


「……変わってないね。自信ない人を、好きになるの。シュンのそういうところ、嫌い」


 単なる、逆恨みの言葉だと思っていた。

 その時は、気にも留めていなかった。それが、今になってよくわかる。


 途端に、背筋が冷えていく。


 ――もしかして……シュンは……。


 俺を、選んだわけじゃない。

 そのような考えが、浮かんでは消えていく。


 俺みたいに、自信がなくて、頼りなくて、依存しそうな男を選んだだけなんじゃないのかと疑ってしまうような気持ちが湧き上がる。



 カイトの言葉も、とても優しかった。

 それでも、それはシュンとどこか同じような匂いがした。

 守る、支える。放っておけない。


 それは本当に、愛なのだろうか。


 ――もしかして、俺は。今までずっと……。


 愛されていたんじゃなくて。

 ただ単に、選ばれやすい人間だっただけなんじゃないのか。

 そのような考えが、渦を巻く。


 夜風がひどく、冷たく感じられた。

 駅前の灯りが、ぼんやりと滲んでいるように見えていた。


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