選ばれた日
比べられたら、いつも負ける。
それが俺だった。
小さい頃から、そうだった。
児童劇団のオーディションでは、最後の二人まで残ったことがある。
舞台の上に立たされて、眩いほどに照明が輝いていて、審査員たちの顔はよく見えなかった。
それでも、隣に立っていた男の子の横顔はよく覚えている。
俺より背が高くて声も通って、笑顔が爽やかだった。
結果は、言うまでもなかった。
「いやあ、リョウくんも良かったんだけどねえ……。今回は、タクミくんでいきましょう」
そう言われて、拍手が起きた。
俺はただ、悔し涙を浮かべて立っていた。
クラス委員の選出も、そうだった。
立候補して、クラスのみんなの前で話をした。自分なりに考えて、ちゃんと原稿も作ったつもりだった。
それでも最終的に選ばれたのは、隣の席の女子だった。
明るくて、人気があって、誰とでも話せるいい子だった。
投票結果を黒板に書かれたとき、俺の名前の横の数字はひどく少なかった。
――やっぱり俺は、こういう役なんだ。
そう思った。
最後に残って、最後に落ちる。
社会人になっても、それは同じだった。
就活では、最終面接まで行った会社が三社あった。
そして、三社とも落ちていた。
落ちた会社に行った友達が、こう言っていた。
「面接したのが今の上司でさ、何時間もかけて迷ったって言ってたぜ」
――迷うくらいなら、選ばなくていいのに。
時間をかけても迷われて、そして結局負けていた。
それが一番、堪えていた。
恋愛でも、そうだった。
大学時代から、三年ほど付き合っていた彼氏がいた。
優しくて穏やかで、俺のことを理解してくれるような人だった。
少なくとも、俺はそう思っていた。
それでもある日、偶然スマホを見てしまった。
最初は、仕事関係の人かと思った。
それでも、俺に隠れるようにして彼がスマホを見る回数が増えていた。
やけに親しげな言葉のやり取りが、いくつも並んでいた。
問い詰めたら、彼はすぐに認めていた。
「ごめん。リョウとはもう、付き合えない」
それだけを言って、俺たちは別れた。
選ばれたのは、俺じゃなかった。
理由は聞きもしなかった。
聞かなくても、わかるような気がしていたから。
恐らく、俺よりもいい人だったんだろう。
しょせんは、そういう人生だった。
だからもう、恋愛はしばらくいいやと思っていた。
その頃、同じ部署にシュンという男が異動してきた。
シュンは、俺とはまるで違うタイプの人間だった。
背が高くてよく笑って、誰とでもすぐ仲良くなれるような愛嬌があった。
社内でも人気者で、いつも飲み会の中心にいるようなタイプで。
俺とは、あまり接点がなかった。
「リョウってさ……」
「うん?」
それでもある日、シュンが言った。
「真面目だよな」
残業を一緒にしている時に、コーヒーの缶を片手に。
「普通そこまでやんないだろ」
「いや、遅いだけだよ」
俺は肩をすくめていた。
けれど不思議なことに、シュンは静かに笑っていた。
「そういうとこ……。好きだ」
冗談みたいに、やけに軽い口調だった。
だから俺も、その時は笑って流した。
その後も、なぜだかシュンはよく話しかけてくるようになっていく。
突然ランチに誘われたり、偶然帰りが一緒になったり。
自然と、一緒にいる時間が増えていった。
ある日、飲みに行った帰り道だった。
夜風が少し冷たくて、酔いがゆっくりと回っていた。
そんな時に、シュンが低い声で言った。
「リョウって今、恋人とかいるのか?」
思わず、足が止まってしまう。
「……いた」
「いた?」
「最近、別れたばかりで……」
「そうか……」
シュンは少し黙って、それから言った。
街灯の下で、シュンの横顔がやけに眩しく見えていた。
「じゃあさ、俺と付き合うのはどう?」
冗談かと思った。
軽い口調だったけれど、それでもシュンは笑っていなかった。
「……なんで?」
思わずそう、聞いていた。
シュンは肩をすくめていた。
「なんでって……。リョウのこと、好きだから」
好きという言葉を、そんな簡単に言うものなのかと思った。
恋愛というものは、もっと重たいものであるのだと思っていた。
「おーい、聞いてるか?好きなんだよ、リョウのことが」
そう言って、強く手を握られた。
「……聞いてる」
「リョウはさ、なんでも一人で頑張ってるような気がしてさ……。そういうとこ、放っとけないって思ったんだ……」
その言葉に、胸の奥が少し揺れた。
彼氏と別れてから俺はずっと、寂しい思いを抱えていた。
だからその言葉は、少しだけ温かかった。
「ありがとう」
そして、シュンと俺は付き合うことになった。
それからしばらくは、穏やかな日々が流れていった。
シュンはとても、優しかった。
俺が仕事を終えるまで静かに待っていてくれたり、週末には料理を作ってくれたり。
そして、こんなくだらない俺の話を真面目に聞いて、いつも目尻を下げて笑っていた。
「リョウってさ……」
ソファでテレビを見ながら、シュンが言う。
「ほんと、損する性格してるよな」
「……そうか?」
「ああ」
そう言って、シュンは俺の肩を抱く。
「でも、そんなところも俺は好き」
その言葉を聞くたびに、少しだけ胸が熱くなるような気がしていた。
それでも、時折、不安が浮かぶ。
――どうして、俺なんだろう。シュンなら、もっといい人がいるんじゃないのか?
そう、思っていた頃だった。
ある日、会社の前で一人の女の人が待っていた。
長い髪で、ひどく美人な人だった。
その人は俺の隣を歩くシュンに気づいて、駆け寄った。
そして俺の目を見て、まっすぐにこう言った。
「私とこの人、どっちが大事なの?」
突然の、修羅場だった。
一目見て、すぐにわかった。彼女はシュンの元カノだった。
周りの空気が凍りつくなか、俺は何も言うことができなかった。
だって、比べるまでもないと思ったからだ。
彼女は綺麗で、自信があって、ひどく堂々とした姿をしていたのだから。
俺はただ、立ち尽くすことしかできずにいた。
――勝てるわけがない。
無意識のうちに、そう思ってしまっていた。
だから、シュンの答えを聞くのが怖かった。
それでもシュンは、迷いのない口調でこう言った。
「お前とは、もう終わったんだ。今は、リョウのほうが大事だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で、とてつもない喜びが湧き上がる。
彼女は怒りを露にして、帰っていった。
シュンは、静かに頭を下げていた。
「ごめん。元カノが、悪かった……」
俺は首を横に振っていた。
「ううん」
言葉が、うまく出なかった。
――生まれて初めて、誰かから選ばれた。
その事実を、まだうまく呑み込めずにいた。
その後の帰り道も、シュンは至って、いつも通りだった。
よく笑って、時には冗談を言って。
俺の肩をがしりと組む。
それでも俺の中では、何かが変わっていた。
ずっと欲しかったものを、初めて手に入れることができたような気がしていた。
――選ばれた。
それは思っていたよりもずっと甘くて、それでいて、ずっと怖いものでもあったんだ。
夜、俺の部屋で眠る前。
ベッドの中で、シュンが言った。
「リョウ、お前さ……」
「なに」
「俺がいないと、ダメだろう?」
いつものように、冗談みたいな口調だった。
俺は思わず、笑って言った。
「そんなことは、ないと思うけど……」
そう答えながらも、心のどこかで思っていた。
もしかしたら、そうなのかもしれないと。
シュンがいなかったら、俺はまた負ける側に戻るのかもしれない。
選ばれない側に。
そう思うと、少し怖くもあったんだ。
強く抱き着いて、同じような強さで抱きしめ返されたシュンの腕の中で、俺は静かに目を閉じた。
この人に、選ばれた。
その事実だけが、今の俺のすべてだったのだから。




