表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中心者と開発者──二人で世界を支える理由  作者: かも@ろん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/11

第3話

噴水のそばで落ち込んだあと、私は黒いコートの男性と並んで歩いていた。

街の光は相変わらず優しいはずなのに──どこか違和感があった。

「……あれ?」

街灯のひとつが、私が通り過ぎた瞬間だけ、ふっと暗くなった。

すぐに元に戻ったけれど、胸がざわりと揺れる。

「気のせい……かな」

そう呟いたとき、視界の端に黒い影が見えた。

人の形をしているのに、輪郭が曖昧で、名前も表示されていない。

「……誰?」

近づこうとすると、影はすっと消えた。

黒いコートの男性が、わずかに息を呑む。

「……監視が入ったか」

「え?」

「いや……なんでもない」

彼は視線をそらした。

その横顔は、いつもよりずっと硬い。


パン屋の前を通りかかったとき、店主が慌てたように飛び出してきた。

「お嬢さん、今日は……その……」

言いかけて、店主の動きが一瞬止まった。

まるで、見えない何かに“止められた”みたいに。

「……申し訳ありません。

本日は……販売を制限しております」

「えっ……どうして?」

「……理由は……申し上げられません」

店主の目が揺れている。

優しさと、何かへの恐れが混じったような目。

黒いコートの男性は、静かに目を伏せた。

「……始まったな」

「なにが……?」

「……君への制限だ」

その言葉に、胸が冷たくなる。


広場に出ると、子どもたちが駆け寄ってきた。

「お姉ちゃん、遊ぼ──」

その瞬間、子どもたちの動きが止まった。

まるで時間が一瞬だけ固まったように。

「……え?」

次の瞬間、子どもたちは何事もなかったように笑い出した。

「お姉ちゃん、遊ぼう!」

私は笑い返そうとしたけれど、胸の奥がざわざわしていた。

──街が、変だ。

黒いコートの男性は、私の表情を見て、静かに言った。

「……君の周りで起きていることは、ただの偶然じゃない」

私は息を呑んだ。

「どういう……ことですか?」

彼は少しだけ視線をそらし、言葉を選ぶように続けた。

「……この世界の“上のほう”が、君の存在を問題視し始めている」

「上の……ほう?」

「管理者だ。

この街やシステムを監視している連中が、

君の周りの異常を“危険”だと判断しつつある」

胸が冷たくなる。

「……危険って、私が?」

「そうだ」

彼の声は低く、押し殺されていた。

「君が何かしたわけじゃない。

だが……この世界が君を優遇しすぎている。

それが“規則違反”に見えるらしい」

私は震える声で尋ねた。

「……それって、どうなるんですか?」

黒いコートの男性は、ほんの一瞬だけ目を閉じた。

「……最悪の場合、君は……この世界から追い出される」

その言い方は、

“BAN”という言葉を使わずに、

でも意味ははっきり伝わるように。

私は胸を押さえた。

「……そんな……」

「俺は……」

彼は言いかけて、言葉を飲み込んだ。

喉がわずかに動く。

「……君を失いたくない」

その声は、かすかに震えていた。


私は俯いたまま、指輪の箱をぎゅっと握った。

「……私、どうしたらいいんだろう」

呟いた声は、風に溶けて消えそうだった。

黒いコートの男性は、ゆっくりと私の隣に座った。

距離は近いのに、触れない。

でも、確かに“そばにいる”と感じられる距離。

「君がどうしたいかだ」

「……どうしたい、か……」

私は胸に手を当てた。

この世界が好き。

でも、迷惑をかけているなら──

追い出されるなら──

「……やっぱり、やめたほうが……」

言いかけた瞬間、彼の声が重なった。

「やめる必要はない」

その声は、いつもより強く、そして震えていた。

私は彼を見上げた。

「……あなたは、どう思ってるの?」

黒いコートの男性は、しばらく黙っていた。

その沈黙は、言葉を探している沈黙だった。

「……俺は……」

喉がわずかに動く。

「……君を失いたくない」

その声は、かすかに震えていた。

私は息を呑んだ。

──この人は、私を守ろうとしている。

──でも、何かを言えないでいる。

そのことだけは、はっきりとわかった。


胸の奥が冷たくなったまま、私はメニューを開いた。

視界の端で、街の光が揺れている。

「……一度、ログアウトして……落ち着こうかな」

自分に言い聞かせるように呟いた。

この世界が好きでも、今は心が追いつかない。

黒いコートの男性は、わずかに肩を揺らした。

「……待て」

その声は、いつもより強かった。

「少しだけ……外に出て、考えたいんです」

私はログアウトボタンに指を伸ばした。

──その瞬間。

画面が、赤く点滅した。

《ログアウト処理に失敗しました》

《現在、このエリアではログアウトできません》

「……え?」

私は思わず目を瞬いた。

そんな仕様、聞いたことがない。

再度押す。

《ログアウト処理に失敗しました》

《現在、このエリアではログアウトできません》

胸がざわりと揺れた。

「なんで……?」

黒いコートの男性は、静かに息を吐いた。

「……やはり、そう来たか」

「どういう……?」

「街が……君を手放したくないんだ」

その言葉に、背筋が冷たくなる。


広場の光が、ふっと弱まった。

風が止まり、空気が静まり返る。

まるで、街全体が息を潜めているようだった。

「……怖い……」

呟いた瞬間、街灯が一斉に明るくなった。

光が私を包むように揺れる。

「……え?」

黒いコートの男性が低く言った。

「君が不安を感じると、街が“慰めよう”とする。

それが……今は逆に、君を閉じ込めている」

私は胸を押さえた。

──優しさが、檻になる。

そんな感覚が、じわじわと広がっていく。


そのとき、視界の端に黒い影が揺れた。

輪郭が曖昧で、名前も表示されない。

「……また……」

影は、私のログアウトボタンの位置をじっと見つめているようだった。

そして、すっと消える。

黒いコートの男性は、拳を握った。

「……監査が強まっている。

君の行動が、すべて“上”に見られている」

「上って……」

「この世界を管理している者たちだ」

私は息を呑んだ。

「……私、本当に……追い出されるの?」

黒いコートの男性は、ゆっくりと首を振った。

「まだ決まっていない。

だが……君がログアウトしようとするほど、街は強く反応する。

それが……余計に“問題”に見える」

私は震える声で言った。

「……どうしたらいいの?」

彼はしばらく黙っていた。

その沈黙は、言葉を探している沈黙だった。

「……俺が、なんとかする」

その声は、かすかに震えていた。


私は彼を見上げた。

「……あなた、どうしてそんなに……」

「……言えない」

彼は目を伏せた。

「まだ……言えない。

だが……君を守りたいと思っているのは、確かだ」

その言葉は、胸の奥に深く落ちた。

──この人は、私を守ろうとしている。

──でも、何かを言えないでいる。

そのことだけは、はっきりとわかった。

ログアウトができない。

街の光が私を包むように揺れ、

NPCたちが不安そうにこちらを見ている。

「……怖い……」

呟いた瞬間、街灯がさらに明るくなった。

まるで、私の不安を消そうとするみたいに。

黒いコートの男性は、静かに息を吐いた。

「……街が、君を守ろうとしている」

「守る……?」

「君がこの世界からいなくなることを、拒んでいる」

私は胸を押さえた。

優しさが、檻のように感じられる。

「……私、どうしたら……」

そのとき、彼の表情がわずかに変わった。

いつもの無表情の奥に、強い決意の影が差す。

「……もう、見ているだけではいられない」

「え……?」


開発室のモニターには、主人公のログが赤く点滅していた。

《幸福度:上限突破》

《AI保護モード:強制継続》

《ログアウト阻止:発動》

《監査フラグ:強化》

上司の声が飛ぶ。

「……もう限界だ。あのプレイヤーは排除するしかない」

開発者はモニターを見つめたまま、静かに言った。

「……彼女は、この世界に必要です」

上司は眉をひそめた。

「必要? 優遇されすぎてるだけだろう」

「違います」

開発者はゆっくりと立ち上がった。

「彼女の幸福度は、街のAIの“学習モデル”に最適な刺激を与えている。

彼女がいることで、街のAIは安定し、NPCの行動も滑らかになる。

彼女は……この世界の“核”になりつつある」

上司は呆れたように笑った。

「そんな理屈、通ると思ってるのか?」

「通します」

開発者はキーボードに手を置いた。

《新規フラグ:特別保護対象(Essential Entity)》

《対象:プレイヤーID *****》

《権限:AI保護優先度 最大値》

《BAN対象:除外》

上司が叫ぶ。

「おい、何をして──」

「彼女は、この世界に必要です」

開発者は静かに言い切った。


広場の光が、ふっと変わった。

さっきまで不安定だった光が、柔らかく安定した色に戻る。

NPCたちが一斉にこちらを向き、

まるで祈るように胸に手を当てた。

「……お嬢さん……」

「あなたは……この街にとって……」

「必要な方です……」

私は息を呑んだ。

「必要……?」

黒いコートの男性が、ゆっくりと私のほうへ向き直った。

「……君は、この世界にとって“特別な存在”になった」

「特別……?」

「君がいることで、この街は安定する。

君の幸福が、この世界の光を保っている」

私は胸に手を当てた。

「……そんな……私、ただ……」

「ただ、笑ってくれればいい」

彼の声は、かすかに震えていた。

「君が笑うだけで、この世界は……救われる」

私は彼を見つめた。

彼の瞳は、いつもよりずっと優しかった。

「……あなたが、そうしたんですか?」

黒いコートの男性は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

「……君を守るために、できることをした」

その言葉は、

優しくて、

苦しくて、

胸の奥に深く落ちた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ