表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

第7話:【緊急流用】不適切会計と、竜撃の代償

(1〜3/7)

1. 【起点:空の金庫と赤い空】

 オークキングを討ち果たし、街に平穏が戻るはずだったその夜。

 エルムの空は、夜明けを待たずに不自然な紅に染まった。

「……ブレスだ」

 窓の外、雲を切り裂いて急降下する古龍ドラゴンの影。その喉元が白熱し、放たれた熱線が街の外壁を一瞬で蒸発させた。

 悲鳴が夜の静寂を塗り潰す。市庁舎の金庫室で、私は精算済みの空の棚を背に立ち尽くしていた。

「アルバ君! どうする、防衛用の魔導砲は……!?」

 市長が涙目で叫ぶ。

「魔導砲の触媒は使い切り、予備を買う現金もありません。……先ほど、全市民の債権を買い取って金庫は空です」

 私は手元の『現金出納簿』を叩きつけた。残高、ほぼゼロ。

 王都へ緊急予算を申請しても、審査官がハンコをつくまでに街は灰になる。

 

「金がないから、死ぬ。……行政として、これほど不条理な結末はありませんね」

 私は冷たく言い放ち、カバンから一通の「王都からの交付金決定通知書」を取り出した。まだ一円も振り込まれていない、ただの紙切れだ。

2. 【徴用:公権力による収用】

「市長。今から『広域災害対策基本法』第42条を発動します。……これより、街の全商会から対空装備および魔石を強制徴用します」

「徴用だと!? そんなことをすれば、戦後に商会から損害賠償で訴えられるぞ!」

「ええ。ですから、この『紙切れ』を担保にします」

 私は市長に、未入金の交付金通知書を突きつけた。

 

「これを元本に、今ここで**『緊急防衛地方債』**を振り出します。……要は、『数日後に王都から届くはずの金』を担保にした、市発行の約束手形です。これを商会に叩きつけ、『後で必ず換金する』と保証して物資を強奪……失礼、収用して回るんです」

「だが、その交付金は既に第6話の精算で使途が決まっているだろう! 二重計上じゃないか!」

「そうです。一時借入の目的外流用と、二重担保による架空債権の発行。……現代日本の自治体なら、担当者は一発で実刑、首長は辞職、自治体は財政再建団体行きの大不祥事ですよ」

 私は冷笑を浮かべ、市長の手に無理やりペンを握らせた。

 ドラゴンの咆哮が再び響き、庁舎が激しく揺れる。

「さあ、市長。ルールを守って焼死するか、ルールを壊して泥棒として生き残るか。……決裁をお願いします」

3. 【偽造:二重元本の錬金術】

 市長が絶望の中で判を押した瞬間、私のペンが踊った。

 公務員の、そして会計実務を知る者にとっての「悪夢」の再現だ。

 私は、まだ届いてもいない交付金の入金伝票を「既入金」として偽造し、システム上の『一時借入金』の枠を強引に拡大させた。

「……これでいい。形式上、この街には今、架空の『一億ゴールド』が存在することになりました」

 私は魔法通信機を起動し、街の商工会長へ通信を繋ぐ。

「こちら市庁会計課。緊急徴用令を発出する。……対空魔導砲三門、および極大魔石五十ダースを即座に供出せよ。対価は、この『勇者支援地方債』で支払う。拒否すれば、戦時背任罪で即座に財産を没収する!」

 通信の向こうで会長が絶叫している。無理もない。裏付けのない紙切れで家宝を差し出せと言っているのだから。

 

 だが、私は止まらない。

 修正液で数値を書き換え、消しゴムで日付をズラす。

 

「……リリア殿、起きてください」

 ソファで身を起こした満身創痍の勇者に、私は偽造された「物資受領証」を手渡した。

「……アルバ君? また、変な顔してる」

「ええ。……今から、この街の『将来の予算』をすべて弾丸に変えて、あのトカゲにぶち込みます。……あなたは、その弾を導くための『最高級の照準器』になっていただく」

 私は、冷たい汗を拭い、二重帳簿という名の「爆弾」を抱えて、市長室の窓を開け放った。

 夜空には、偽りの予算よりも遥かに巨大な絶望が羽ばたいていた。



深夜のエルム市街。

 徴用令状を突きつけられた商会の倉庫から、無理やり引きずり出された『対空魔導砲』が、悲鳴のような軋みを上げて設置された。

「……アルバ君、これ、動くの?」

 リリアが、煤けた顔で巨大な砲身を見上げる。

 それはかつての戦争で使われた旧式であり、魔石の充填回路には亀裂が走っていた。徴用した商会が、少しでも損害を減らそうと、もっとも「不良在庫に近いもの」を差し出してきたのは明白だった。


広場に運び込まれた『対空魔導砲』の惨状を見て、私はこめかみの血管が千切れるほどの怒りを感じた。

 錆びついた砲身、魔力の漏れ出す充填回路。それは「兵器」と呼ぶにはあまりに無残な、廃棄物寸前の代物だった。

「……アルバ君、これ、動くの?」

 リリアの不安げな声が、ドラゴンの咆哮にかき消される。

「待っていなさい。……市長、通信機を貸せ。エルム商工会の会長に繋ぐ!」

 私は通信機をひったくると、爆風で揺れる市長室から、逃げ腰の会長へ怒号を浴びせた。

『こちら会計監督官のアルバだ! 会長、貴様、この期に及んでガラクタを寄越しおったな!』

『な、何を仰る! 緊急徴用に応じ、我が会の至宝を供出したつもりですが……』

『抜かせ! 回路の摩耗率を見れば分かる、あれは三年前の型落ちだ! 貴様、街の全員の命が掛かっているこの土壇場で、まだ自分の損得勘定(出し惜しみ)を優先させるつもりか!!』

 通信の向こうで会長が絶句する。私は、前世で見た「利権に群がる汚職業者」を断罪する検事のような冷徹さで、最後通牒を突きつけた。

『いいか、よく聞け。今すぐ倉庫の最深部にある「真打ち」を出せ。さもなくば、私は今この瞬間、この街の全商会を「戦時背任罪」でブラックリストに載せる! 今後の復興事業において、貴様ら一族には一円の予算も、一切の受注権利も与えないよう、王都の財務局に「不適格業者」として永久登録してやるぞ! 街が焼かれる前に、お前の商会を社会的に抹殺してやる!!』

 沈黙の後、通信の向こうで悲鳴のような指示が飛ぶのが聞こえた。

 数分後、重厚な台座に乗せられた、エルム市最強の最新鋭魔導砲が、泣きべそをかいた商会員たちの手によって運び込まれてきた。

「……ふぅ。……リリア殿、お待たせしました。本物(予算の結晶)です。これで、一発の価値が三千万ゴールドに跳ね上がりましたよ」

5. 【事務:ハッキング決裁と心中】

「……っ、ハハ、狂ってる。君は本当に狂ってるよ、アルバ君!」

 市長室で、私は血走った目で魔法通信機のモニターを睨んでいた。

 

 目の前には、王立銀行の「自動監査システム」の警告灯が、激しく赤色に明滅している。

 最新鋭の兵器を動かすための「魔力触媒」の代金は、先ほどの型落ち品の数倍だ。

 

『警告:預金残高不足。指定された地方債の発行元本を確認できません』

『警告:一時借入金の限度額を超過しています。承認コードを入力してください』

「アルバ君、もうダメだ! 監査魔法が王都に通知を送ろうとしている! これがバレれば、徴用した物資の支払保証もすべて無効になる!」

 市長が、自身の首を絞めるような仕草で絶叫する。

 私は、前世で学んだ『最悪の会計操作』の手法を、指先に叩き込んだ。

 

「……休眠口座を使います。市長、エルム市が管理しているが、二十年以上動いていない『旧避難所整備基金』の口座を開けろ!」

「何を言っている! あれはとっくに残高ゼロだぞ!」

「残高なんてどうでもいい! 決済ルートを複雑にするための『トンネル』として使うんだ! 交付金予定額をこの口座へ一度『入金予約』した形にし、そこから地方債の元本へスワップ(交換)させる……!」

 修正液で汚れた手で、私は禁断のコマンドを打ち込む。

 それは、実務の世界では「循環取引」と呼ばれる、破滅への片道切符だ。

 

 数字がモニターの上で踊る。

 存在しない金が、架空の口座を巡り、あたかも「正当な裏付けのある予算」であるかのようにシステムを騙していく。

 

(……笑えよ。俺は、かつて王都で、こういう不正を暴く側の人間だったんだ……。それが今、この街を救うために、誰よりも醜い詐欺師になっている……)

 胃の奥から、酸っぱい液体が込み上げる。

 だが、止まるわけにはいかない。

 システムの「検知」から「警告」までのわずか0.5秒の隙間に、私は偽造した市長の緊急承認コードを流し込んだ。

『――処理完了。緊急防衛予算の執行を承認します。送金待機中』

 画面が緑色に変わった瞬間、私は叫んだ。

「リリア殿! 準備完了だ! ――一発三千万ゴールド、エルム市の将来を前借りした『違法の雷鳴』を食らわせてやれ!!」

 その瞬間、街の広場に設置された最新鋭の魔導砲が、偽造された予算の輝きを飲み込み、夜空を真っ白に染め上げるほどの雷光を放った。


6. 【反撃:虚飾の雷鳴】

 エルム市の夜空が、一瞬、真昼のような白銀に塗り潰された。

「……撃てええええええ!!」

 リリアの叫びと共に、最新鋭対空魔導砲『雷神のケラウノス』が咆哮を上げた。徴用された商会が「家宝」として秘蔵していたその兵器は、アルバが偽造した三千万ゴールド相当の極大魔石を、わずか一秒で純粋な破壊エネルギーへと変換した。

 放たれた雷光は、物理的な質量を持った光の槍となり、雲海を裂いて飛来する古龍ドラゴンの胸元を正確に貫いた。

「グオォォォォォオオォン!!」

 空を支配していた王の悲鳴が、衝撃波となって街を揺らす。ドラゴンの鱗はダイヤモンド並みの硬度を誇るが、不適切会計という名の「禁忌の投資」によって極限まで引き上げられた出力の前には、紙細工に等しかった。胸部の鱗が弾け飛び、青白い血が夜空に霧散する。

 だが、相手は伝説に語られる上位捕食者だ。致命傷を避けたドラゴンは、空中でのたうち回りながらも、その憎悪に満ちた瞳を地上の砲座へと向けた。

「……来る。アルバ君、二撃目を! 早く!!」

 リリアが砲身に手を添え、自身の魔力を回路に注ぎ込む。しかし、最新鋭機ゆえの「安全装置セーフティ」が、過剰な連射を拒んで沈黙していた。

「……クソ、承認が下りない! アルバ君、システムが『多額の不審な連続決済』を検知してストップした!!」

 広場に設置された受信機から、市長の悲鳴が響く。

 そう、この兵器の稼働OSは、王立銀行の決済システムと直結している。一発撃つごとに「正規の予算」が消費される仕組みだが、アルバが構築した『架空の入金予約』という脆い足場を、システムの監査魔法が疑い始めたのだ。

 同時刻、市長室。

 アルバの視界は、赤く明滅する警告文で埋め尽くされていた。

『――不審な資金移動を検知。第二射の執行を凍結します』

『――発信源を特定中。監査官コードの有効性を再検証します』

「……舐めるなよ、ただの演算プログラムが」

 アルバは吐血せんばかりの形相で、キーボード(魔導入力盤)を叩き壊さんばかりに操作する。

 彼が今やっているのは、もはや会計操作ではない。王国の財政基盤そのものへの「サイバー攻撃」に近い暴挙だった。

「一発撃てばバレる。二発撃てば首が飛ぶ。……だったら、三発撃って世界システムごと黙らせてやる!!」

 アルバは、前世で目にした「大規模な不正アクセスによる銀行口座の一時凍結」のニュースを思い返していた。彼は、エルム市の全住民の「納税者番号」をダミーIDとして使い、一秒間に数万件の『極小額の還付金申請』を王都のサーバーに送りつけた。

 いわゆる、行政サービスに対するDDoS(分散サービス拒否)攻撃。

 監査システムがその膨大な「ゴミ処理」に追われ、一瞬だけエルム市の『不適切な支出』から目を逸らした、その0.1秒。

「……リリア殿、今だ! 予算のことは忘れて、そのトカゲの眉間をブチ抜け!!」

 アルバの声が、魔導通信を介して戦場に響き渡った。

 

 リリアは、熱を帯びた砲身を素手で抱え込んだ。聖剣の鞘を足元に突き立て、全身の魔力を、アルバがこじ開けた「違法の隙間」へと流し込む。

 空からは、ドラゴンの最後にして最大のブレス――万物を原子レベルで分解する紅蓮の焔が、津波となって押し寄せていた。

「……これ以上、誰にも、この街を奪わせない!」

 リリアの瞳に、黄金の閃光が宿る。

 彼女が放ったのは、二射目ではない。アルバが「循環取引」によって無理やり生み出した、実体のない、だが圧倒的な破壊力を持った『三射連続同時放火』だった。

 ドォォォォォォォン!!

 紅蓮のブレスと、白銀の雷光が空中で衝突した。

 街全体が白く蒸発したかのような光に包まれ、衝撃波で市庁舎の窓ガラスがすべて粉砕される。

 

 数秒後。

 光の残滓の中から現れたのは、片翼を完全に焼き切られ、誇りを打ち砕かれたドラゴンの姿だった。それは、かつての王の威厳を失い、恐怖に震えながら、夜の闇の向こうへと逃げ去っていった。

 しんと、静まり返るエルムの街。

 

 リリアは、焼きついた魔導砲の横で、真っ白な煙を上げながら崩れ落ちた。その手には、ボロボロになった聖剣の柄だけが残っていた。

 一方、市長室。

 アルバは、入力盤から手を離し、椅子の背もたれに深く体を預けた。

 モニターには、冷酷な一行が表示されていた。

『――全防衛予算の執行完了。残高:負 120,450,000 ゴールド』

 一億二千万。

 それは、この街の年間予算の数倍に及ぶ、「救世」の代償。

 

 アルバは、震える手で懐から胃薬を取り出し──中身は何も入っていない。

 ドラゴンの巨体よりも重い絶望感がアルバの両肩にのしかかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ