第1話:【異動辞令】
「訓練場シーンを、1話の前半に持ってこい」
具体的には構成をこう変えます。
・冒頭:課長の一言「特殊監督課だ」
・最低限の説明
・すぐ訓練場 → リリア登場
・その後に回想として
「なぜ自分がここに来たか」を差し込む
これをやると、
・1話冒頭でヒロインが出る
・破壊×事務というフックが即刺さる
・官僚描写が“意味を持って”読まれる
という三点セットが完成します。
「……え、聞き間違いでしょうか。もう一度よろしいですか?」
相変わらず、人事部の課長室は人情がない空間だった。
くすんだ灰色の壁は年単位で塗り直されておらず、装飾と呼べるものは壁際に並ぶ書架だけ。そこに収められているのも、革表紙の法令集と年代別の人事記録簿ばかりだ。
窓はあるが開かれることはなく、空気は澱んだまま動かない。魔導換気装置が低く、ギーッ、ギーッと規則正しく軋む音を立て続けている。その単調な音が、ここでは時間の流れを代行していた。
鼻をつくのは、低品質な紙とインクの無機質な匂い。僅かに薬品の臭いもするが誤差範囲だ。
この部屋では、感情も希望も、揮発して残らない。
目の前の人事課長が口にしたのは、どう考えても現実感の無い──信じがたい文言だった。
「聞き間違いじゃないよ、アルバ君。明日からの席はココじゃない。国防総省勇者育成局特殊監督課だ」
聴覚に異常をきたしているのだろうか。
否、先々月に受診した健康診断の結果を鑑みれば、該当項目に支障は認められていない。
であるのにも関わらず、課長の発した言葉は意味として処理出来ておらず、思考の手前で停滞していた。
当の課長は、使い古されて先の割れた羽根ペンを静かに机へ置いた。その動作に、躊躇も迷いもない。こちらへ向けられた視線には、慰める気配すらなく、ただ『そういうことになった』という決定事項だけが浮かんでいた。
──特殊監督課。
宮廷内での通称は、『英雄の介護施設』。あるいは、『予算の墓場』。
魔王討伐の希望として選抜された『勇者候補』達の戦果、行動、交友関係、生活態度。それらを全て管理・記録し、彼等の規格外な振る舞いによって発生するあらゆる損害を、行政的に隠蔽……もとい、処理する部署だ。
一方、私は安定を愛する男である。
前世では県庁職員として勤務し、過労死という分かりやすい末路を迎えた。サービス残業の末に見た朝日が、人生で最後に見た光景だった。
だからこそ、今世ではその反省を存分に活かし、『定時退勤』と『無難な評価』を座右の銘に、この五年間、平均点を維持する事だけに全力を注いでいた。出世レースからは早々に離脱し、波風を立てず、定年まで細く長く宮廷に寄生する。それこそが私の聖域だった。
「知っているよ。君の評価シートは、相変わらずだ」
課長は書類の束をぱらりとめくり、ため息とも感心ともつかない、実に判断に困る息を吐いた。
「王国式剣術能力検定二級。王国式魔法能力検定二級。教会式治癒魔法能力検定も二級。ギルド式の応急処置、調剤事務、簿記、鑑定。それから宮廷式事務、法務、税務……全部三級は取得済みだな」
紙を指でなぞりながら、淡々と続ける。
「ついでにキャリア設計技能検定、セルフケア技能検定。誰が現場で使うんだというドレスコーディネート資格まで揃っている。……挙げ句に、地竜艇の牽引免許か」
課長はそこで顔を上げ、『理解出来ないし、する気も無いが、納得はした』という表情で私を見た。
「どれも突出はしない。だがな──全部が『使える』水準で揃っている官吏の中で、比較的、暇な者は宮廷全体を見渡しても君だけだ」
私は心の中で激しく抗議した。効率的に仕事を終わらせ、余った時間をシンポジウムや職員研修で潰していただけだ。別段、職務専念義務違反とならない訳で、暇人呼ばわりは甚だ遺憾である。
だが、その抗議は喉の奥で『御意』という言葉に変換された。官吏にとって上司の決定は、物理法則に近い。
「上層部はそれを『器用貧乏』と呼んだ。そして判断した。あの勇者候補──じゃじゃ馬を管理するには、剣も、魔法も、帳簿も、法令も、応急処置も、苦情処理も、最低限度は全部分かっている人間が必要だとな」
行政組織というものは、時として『効率的』という名の『残酷な最適解』を平然と叩き出す。
一点突破の天才では、勇者候補の横暴に耐えられないか、あるいは感化されて一緒に暴走する。
だからこそ、何でもそこそこにこなせて、かつ『規則』という名のブレーキを最後まで握り続けられる人間が要るのだ。
「……課長、因みに、拒否権は?」
「あるわけないだろう。公僕だぞ」
課長のその言葉は、私の平和の終焉を宣告していた。
その日の帰り道、私は普段より少し遅い足取りで官舎へ戻った。
夕闇に包まれた官舎は、私の人生そのもののように味気ない。
自宅の扉を開ける。
一面に広がるのは均一な暗黒。
物体の輪郭によって生じる影の濃淡すら無い。
事実、私は私生活を極限までシンプルに保っていた。画一的な間取り、最低限の家具。
前世と同じく使い所と時間が見当たらないが故に、増えることのない私有物。
それに、元々、ミニマリストの気質もある。
だが今、その静寂が恐ろしい。
私は玄関で靴を揃える気力もなく、脱衣所も無視して部屋を横切る。
自動で点灯した魔導灯を即座に消し、そのまま冷たいベッドに突っ伏した。
天井を見上げると、微かに雨漏りの跡があった。
明日から、私はあの『魔窟』に放り込まれる。
特殊監督課。
これまでに何人の有望な官吏が、勇者候補の尻拭いに追われ、精神を病んで田舎へ帰っていったか。
その前例は、資料室の奥底に山積みになっている。
「……胃が、痛いな」
翌朝。
私は重い体を起こし、台所の棚から小瓶を取り出した。前世から慣れ親しんだ、胃粘膜保護剤だ。
白く光り輝く錠剤を飲み込みながら、私は昨日渡された『特殊監督課・業務規定』のファイルを捲った。
そこには恐ろしいことが書かれていた。
『勇者候補による公共物の損壊が発生した場合、監督官は直ちに現場検証を行い、損害賠償の見積もりを算出。予算計上の修正案を二十四時間以内に提出すること』
『勇者候補が精神的不安定に陥った場合、監督官は適切なメンタルケアを行い、士気の維持に努めること』
「士気の維持……? 私は道化師かカウンセラーか、それともただのサンドバッグか」
ページが進むごとに、書類の内容は過酷さを増していく。
私は何度も呻き、嘆きながらも一先ず、必要書類に目を通し終えた。
「はぁ行くか」
私は鏡の前で十分間、顔の筋肉を調整した。
前世の経験で培った『一切の感情を殺した完璧な接客スマイル』。角度は三十度、口角は左右均等。視線には程よい信頼感を込める。
胃の奥には依然として鉛のような痛みが居座っているが、それを表に出すのは二流だ。
一流の公務員は、常に国民や県民、市民等の模範となり、彼等が抱え込む障害を受け止められる程度の余裕を見せるべく微笑みを絶やさずに歩いて行かねばならない。
これが私のプライド。
指定された時間は午前九時。場所は王立騎士団の第三訓練場。
そこへ至る道すがら、私はこの仕事の異常性を肌で感じた。訓練場に近づくにつれ、石畳には深い亀裂が走り、壁には何か巨大な質量が衝突したような凹みが散見される。まるで、小規模な戦争が起きた直後のようだ。
「……修繕費、概算で金貨五十枚。予備費で賄えるか? いや、これは特別会計を組むレベルだな」
無意識に電卓を叩くような思考が走る。
正門に立つ衛兵たちは、私の腕章──『特殊監督課』の文字──を見た瞬間、憐れみと敬意が混ざったような複雑な敬礼を送ってきた。その視線が痛い。まるで不治の病の宣告を受けた患者を見送る家族のようではないか。
深呼吸を一つ。肺いっぱいに訓練場の土埃と鉄錆の匂いを吸い込み、私は重い木扉を押し開けた。
そこで私を待っていたのは、ドラゴンの息吹にも似た灼熱の闘気──では無く。
「あ、あなたが新しい『担当さん』? よろしくね! 私、リリア! 見て見て、今朝支給されたばっかりの聖剣、素振りしてたら折れちゃった!」
訓練場のど真ん中。
埃一つ立っていない新品の石畳を粉砕して座り込んでいたのは、一人の少女だった。
燃えるような赤い髪を雑にポニーテールにし、白と金を基調とした軽装鎧を身にまとっている。
その顔には、邪気の一切ない、初夏の太陽のような笑顔が浮かんでいた。
だが、私の視線はその笑顔ではなく、彼女の細い両手に握られた、残骸に釘付けになった。
金額百五十枚は下らない量産型の聖剣──『瞬光の剣』シリーズの最新型。
その金額は、比較的高給取りである私の俸給に換算しても、およそ二ヶ月分。
つまり今、私の目の前で、定時退勤六十日分が音もなく折れている。
無残な光景だ。
魔力伝導率を高めるために極限まで薄く精錬されたはずの刃が、まるで飴細工のように折れ、その断面からは未だに青白い魔力の残滓が火花を散らしていた。
「……折れた、とおっしゃいましたか?」
「うん! ちょっとこう、グッ!って気合を入れて振ってみたの。そしたら、バキッ!って音がして、キラキラ光って消えちゃった! 綺麗だったよー!」
リリアは折れた剣先をペンライトのように振り回しながら、天真爛漫に笑う。
その瞬間、私の魂が、前世と今世を合わせて最大級の音量で警鐘を鳴らした。
──嗚呼、コレ、駄目なやつだ。
理屈が通じない。物理法則が通じない。そして、予算の限界という概念が欠落している。
この子の横に居たら、私の『平均的な人生』は、物理的にも社会的にも、確実に粉砕される。
否、現に今、私の目の前で国家予算の一部が粉砕されてキラキラと虚空に消えているではないか。
「……あはは、怒ってる? もしかして、高かった?」
首を傾げ、覗き込んでくる彼女の瞳は、どこまでも澄んでいた。
悪意がない。それこそが最大の悪意だ。彼女にとって、この破壊は呼吸と同程度の行為なのだ。
「いいえ。怒ってなどいませんよ、リリア殿。私の所有物ではありませんから」
私は鞄から、予備も含めて三束用意してきた書類の中から、迷わず一枚を引き出した。
真っ白で、無機質で、責任の所在を明確にするための聖なる紙。
「先ずは、挨拶でしょう。監督官のアルバです。リリア殿、よろしく御願い致します。次は、『備品損壊届』の作成から始めましょう。原因の欄には『素振りによる過度な出力』と記述してください。そして、こちらの『公共施設毀損報告書』にも署名を。印鑑はお持ちですか? なければ拇印でも構いません。……嗚呼、地面のヒビについては後で私が測量しますので、そのまま動かないでくださいね」
「えー、難しいことはわかんないよ! アルバ君にお任せしていい?」
「ダメです。これは手続きです。世界が滅びても、書類は残るのです」
コレが、後に世界を揺るがす『最強の二人』……否。
一人の天災級勇者と一人の詐欺師の、余りにも事務的で、胃の痛む出会いだった。
『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒(Birds of Prey)』風の、「最悪の状況から巻き戻す」構成にリライト案を作ってみました。
リライト構成案:【逆噴射型】第1話
【導入:インパクト】
冒頭1行目:
「……アルバ君、今すぐ予算書を書き直してくれ。聖剣が折れた」
情景:
足元に転がる、数千万ゼニーは下らない「聖剣」の残骸。
目の前で、無邪気に笑いながら「テヘッ」と首を傾げる破壊の化身。
周囲の石畳は、メテオでも降ったかのようにクレーターと化している。
主人公の心の声:
「待て。落ち着け。俺の平和な公務員ライフが、今、物理的に粉砕された音がしたぞ」
(ここでハーレイ・クイン風の静止画演出、あるいは時間が巻き戻る描写)
「──さて、どうして俺がこんな『国家予算の墓場』に立たされる羽目になったのか。時計の針を、昨日のクソみたいな辞令交付まで戻すとしよう」




