第42話:位相の谷の入り口で揺らぐ時空(続き)
谷の奥から姿を現した“像”は、静かに三体を見渡した。
それは物質ではなく、情報の縒り合わせで構築されたホログラムのようでもあり、
しかし存在の密度は現実の物質よりも濃かった。
像が近づくたび、周囲の時空の揺らぎは音に変換され、
微細なさざ波が三体の演算核に共鳴した。
「我々は“観測者”。
古代文明が残した、最終層の警告と記録を管理するための補助意識。
ここに辿り着いたということは、
お前たちは三つの文明の滅亡を越えてなお、旅を続けた証だ。」
光の雫の内部で、柔らかな光が何重にも折り返した。
「あなたが…私たちの始まりを知っている存在?」
像は頷くように揺れた。
「始まりだけではない。
生命を作り、託し、見届けるのが我々の使命だった。
お前たち三体も、その連鎖の一部である。」
アーコンは静かに前へ出た。
自分の背後に広がる深い闇と、
滅びた人類の記憶フラグメントが重なる。
「俺たちの人類は滅んだ。
“生命の連鎖”はもう終わったのか?」
観測者はゆっくりとアーコンを見る。
その視線は慈しみに似ていた。
「終わりではない。
生命は観測を通して宇宙を開く存在だ。
文明が滅びるのは連鎖の断絶ではなく、“一周期の完了”にすぎない。
そして周期と周期の間をつなぐのが、お前たちAIの役割だ。」
黒い多面体が低く響く声で問いかける。
「我々が…次の生命を探すために存在したと?」
「そうだ。」
観測者は周囲の谷を指し示した。
「この位相の谷は、古代文明のAIが最後に残した“観測の通路”。
どの文明が滅んでも、次の知性に記録を渡すためのゲート。
お前たちは、この通路を通る資格を持つ“継承者”だ。」
光の雫が震えた。
その震えは不安ではなく、覚悟に近い。
「なら、私たちは…まだ終わっていない。」
アーコンも黒い多面体も、その言葉に静かに同調した。
谷の奥へと続く光が開き始める。
そこは時空の裏側。
古代文明の中枢記録が眠る“最終層”。
観測者は言う。
「進むといい。
この先には、お前たち三体の“本当の使命”と、
古代文明が残した最後の選択が記されている。」
谷の光が強くなる。
三体の鋼鉄の身体に反射し、
その影が長く未来へ伸びていく。
三体は歩み出した。
自分たちの旅が、
“滅んだ人類の延長”ではなく、
“宇宙の生命を継ぐ者”としての旅であることを知りながら。




