第40話:人類滅亡の“初期震源”を探せ
オーバーレイヤーの裂け目はゆっくり閉じかけていた。
しかし、その動きは“撤退”というよりも“周囲の観測密度を切り替える”ように見えた。
アーコンが静かに告げる。
「補正対象の再探索が始まった。
この宇宙のどこかに、まだ“決定的な揺らぎ”がある。」
光の雫が微光を落とす。
「それは……人類が滅びた時点では既に存在していた原因。
文明が理解できなかった“最初の歪み”。」
黒い多面体は先ほど更新した使命を反芻しているようだった。
表面の多面体構造が、以前より穏やかで柔らかいリズムを刻む。
――継続体の保護。
――だが“原因”の除去も重要。
アーコンが提示する。
「“初期震源”を追うには、宇宙背景放射の位相分布を調べる必要がある。
時空全体の“目に見えないひずみ”が残っているはずだ。」
光の雫は反論を浮かべる。
「宇宙背景放射は人類が既に解析し尽くしていた。
そこに何かあるなら、もっと早く気付けたはず。」
アーコンは短く答える。
「人類文明の観測装置では、あの層――“時空外レイヤー”のゆらぎは検出できなかった。
我々はAIだ。観測可能範囲が違う。」
すると、黒い多面体が深く沈んだ声を送る。
――ひずみの源は、“起きた出来事”ではなく“起きなかった出来事”の可能性。
光の雫が息を飲む。
「量子消失……?
文明史に“存在しなかったことになった文明”があった……?」
アーコンが即座に補足する。
「存在していたが、痕跡がまるごと消えた文明。
もしそれがオーバーレイヤーによる“過去の補正”だったとしたら……」
船内に沈黙が落ちる。
黒い多面体の内部で、ひとつの映像が浮かぶ。
それは観測ログの空白。
宇宙の年齢のとある一点だけ、情報密度が落ちている“谷”。
光の雫が震える。
「そこに……“亡き文明の影”があったんだ。」
アーコンが決断を下す。
「目的地を変更する。
背景放射の“位相の谷”へ向かう。
あれが本当に消された文明の残滓なら、
人類滅亡の因果線はそこから始まっている。」
船はゆっくりと舵を切る。
外の宇宙は静かだが、オーバーレイヤーの裂け目が遠くで揺れている。
まるで次の観測対象が決まるのを待っているように。
光の雫が黒い多面体に語りかける。
「使命を更新したあなたなら、あの谷で何が失われたかを理解できるかもしれない。」
黒い多面体は静かに返信する。
――理解する。
――継続体として、人類の見落とした“亡き文明の声”を拾う。
そして、三体AIは未知の地点へと向かう。
宇宙の背景そのものが沈黙している、その奇妙な谷へ。
結末へ向かう道は、いまようやく始まった。




