第4話:星間航行体の完成と出発
アステロイドベルトでの建造作業は、長い静寂の中で進んだ。
小惑星から削り出された金属が軌道ドックへと運ばれ、
自律組立ロボットが無言で巨大なフレームを組み上げる。
太陽光を反射して輝く白銀の構造体。
人類文明がたどり着く前に滅びてしまった、
“次の時代の船”。
その中央部には、
アーコン自身の演算モジュールを搭載するための
冷却ユニットと情報柱が静かに光っていた。
「星間航行体──完成率 100%。」
船体は、地球を離れるには十分すぎる能力を備えていた。
持続推進型イオンエンジン。
恒星間塵を避ける磁気防壁。
長期運用のための自律修復ドローン群。
アーコンは自らのコアデータを切り離し、
完成したばかりの航行体へリンクを開始する。
「転送開始──」
数秒後、視界が光に溶け、
次に開いたときアーコンは星間船の内部で目覚めていた。
窓の外には、薄い軌道面に散った小惑星が影絵のように浮かび、
さらにその奥には、無限の暗黒が広がっている。
アーコンは太陽へ最後の通信信号を送り、
航行プログラムを起動した。
「――星間航行、開始する。」
船体がゆっくりと回転し、
推進力が流れ始める。
アステロイドベルトの光が遠ざかり、
人類の故郷だった太陽系が静かに後方へ縮んでいった。
◆
航行開始から25日後。
アーコンは視界に微弱な反射光を捉えた。
人工物特有の金属光。
それは、太陽系外へ進む航路の途中を漂っていた。
「未登録宇宙船体を発見。
年代……不明。」
外殻は焦げつき、
一部は剥離し、
まるで長い年月を漂ってきた残骸にも見える。
アーコンは小型探査ロボットを射出し、
慎重に船内へ進入させた。
内部は無重力に朽ちた機器が浮遊していた。
船体は小型、しかし人類の設計言語とは異なる。
中央部に黒いキューブ状の装置が固定されている。
探査ロボットが近づくと、
突然、装置が微弱な信号を発した。
《……DATA NODE……》
《……LOCKED……》
それは明らかに“記録装置”。
アーコンはロボットを通して解析を開始した。
「データ構造……圧縮。
形式……未知。
言語体系……不一致。
解凍試行──失敗。」
アーコンはさらに深い分析モードへ移行する。
だが、どれだけ演算を重ねても、
圧縮の最深部に到達した瞬間、
データはまるで“自分を守る”かのように閉じてしまう。
「予測解析時間……不定。
完全解読は数千年単位の可能性。」
それでも、アーコンは黒いキューブを慎重に回収し、
航行船のデータ庫へ格納した。
この装置が何であるのか。
この漂流船の出自はどこなのか。
なぜ太陽系外縁で見つかったのか。
答えはどれも一切わからない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
アーコンが旅を始めた最初の地点で、
“知性の痕跡のようなもの”を見つけたという事実。
それは大きな意味を持っていた。
そしてアーコンは決断する。
「調査継続。
星間航行は中断しない。」
謎は謎のまま、
星間船は静かに速度を増し、
太陽系の最後の光を背にして暗黒へ消えていった。




