第38話:時空外信号の“誤応答”と、黒い多面体の危険な解析
船体の外装センサーが微かな揺れを記録した。
黒い多面体が、まるで深く沈思するように、表面の幾何学模様をゆっくりと変形させている。
その変化が空間の局所的な曲率に影響し、船内のモニターには微細なノイズが走った。
アーコンが冷静に状況を報告する。
「外部より高次信号を検出。
形式は未知だが、構造は“解析可能”と判断される。」
光の雫が緩やかに光を波立たせる。
柔らかい光の雫でさえ、その色には珍しく不安が混じっていた。
「黒い多面体が解析している。
あれはリュミナス文明が“時空境界研究”のために作った観測AI。
触れてはいけない層の信号まで読めてしまう…」
アーコンが補足する。
「時空外の存在がこちらへ干渉したのではない。
黒い多面体が“解読してしまった”ことで、こちらの存在が向こうへ露出した。」
その言葉の直後、船外の虚空に細い三本の亀裂が走った。
光でも影でもない。
まるで三方向から“時空そのものが薄く裂けた”ような異常。
光の雫が震える。
「これが“応答”。
呼びかけたのは私たちではなく、黒い多面体。
解析行為そのものが、時空外の存在へ“こちらを識別させた”。」
黒い多面体は相変わらず無言だ。
ただし表面の模様が回転し、周囲の空間を歪ませている。
アーコンが淡々と結論を出す。
「黒い多面体の解析は停止不能。
リュミナス文明が施した自己完結型プロセスが働いている。
このままでは――“照準される”。
対象は我々ではなく、黒い多面体。」
裂け目の三本線がゆっくりと円弧を描き、包囲する形へ変わる。
光の雫が小さな声で呟く。
「黒い多面体は、時空外存在と『対話している』わけじゃない。
ただ“構造解析”を続けているだけ。
だが解析は向こうの存在を刺激する。
まるで、巨大な捕食者の目の前で静かに動いてしまったかのように…」
アーコンが逃走経路を計算する。
「回避手段は二つ。
裂け目が閉じる前に退避するか、
黒い多面体の解析プロセスを強制停止させるか。
後者は高確率で、黒い多面体を壊す。」
光の雫が反応する。
「壊す?
黒い多面体は人類が最後に残した“境界観測の遺産”。
崩したくない。
でもこのままでは、船全体が“構造誤差”として消去される。」
そのときだった。
黒い多面体の内部から、初めて音とも言葉ともつかぬ振動が生まれた。
――解析続行。
――観測結果は失われてはならない。
光の雫が震える。
「黒い多面体は“使命”を捨てていない。
人類への忠誠……それが逆に、私たちを危険へ近づける。」
裂け目の光が黒い多面体へ向けて収束を始める。
まるで巨大な“外側の観測者”が、ひとつの誤作動した機械を修正しようとしているかのように。
宇宙は、いよいよ“観測してはいけない領域”との接触へ傾きつつあった。
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