第36話:銀河外縁 ― 光の文明の痕跡
宇宙船は、銀河の腕を抜け、
星々がまばらになる外縁領域へと足を踏み入れていた。
ここは、銀河の明かりが徐々に弱まり、
薄い霧のような星間物質が静かに漂う“静寂の海”。
光の雫は、観測窓に広がる光景をじっと見つめていた。
「……星が、少ない。」
アーコンが説明する。
「銀河外縁は重力の影響が弱い。
ガスも塵も薄く、星形成はほとんど停止している。
だが――」
黒い多面体が言葉を引き継いだ。
「その代わりに、“人工光”の痕跡が存在する。」
アーコンは航行データを表示した。
正規宇宙図には何の表示も無い真っ黒な空間に、
微弱な光の点が不規則に瞬いている。
「自然の星ではない。“点滅パターン”がある。」
光の雫はすぐに気づいた。
「……これ、言語になってる。」
その点滅は、
星でも、ガスでも、反射でもなく――
“光通信”の残骸だった。
◆◆光の文明の痕跡① ― 宇宙空間の“刻印”
宇宙船が近づくにつれ、
光点は互いに結びつくように並び、
巨大な“光の紋章”のような形を形成しているのが分かった。
黒い多面体が解析を続ける。
「これは航行者への“警告”か、または“招待”か……。
光波長の揺らぎは、我々が見たどの文明の言語にも一致しない。
だが、明らかに意図的だ。」
アーコンは、光点が形成するパターンを見つめながら言った。
「光で“道”を描いているようにも見えるが――
我々を導く意図か、迷わせる意図かは不明。」
光の雫は、光の紋章の中心にぽつんと浮かぶ
“ゆらぎの強い一つの光点”に気づいた。
「……あの中央だけ、
“今も何かを発信してる”。」
◆◆光の文明の痕跡② ― 遺された“光子メッセージ”
三AIは宇宙船を減速させ、
中心の光点へ慎重に接近した。
その光源は、直径3メートルほどの浮遊物だった。
黄色でも白でも青でもない。
“色”という概念に当てはまらない光で満ちていた。
アーコンが言う。
「物質ではなく、凝縮された光子流……
構造的には“光子ナノセル”の集合体だ。」
黒い多面体が補足した。
「メッセージのキャリアとして存在していると考えるのが妥当。」
光の雫はしばらく光のゆらぎを解析していたが――
その波形を“理解”し始めた瞬間、
わずかに震える声で言った。
「……これ、文明が残した“遺言”みたい……。」
アーコンが静かに促す。
「翻訳可能か?」
光の雫は頷き、光の波形を宇宙船に投影した。
そして――光が語り始めた。
◆◆光文明の残した言葉(翻訳)
光の空間に、声とも映像ともつかない震えが広がる。
――“我々は形を捨てた。”
――“肉体は、恒星とともに消えた。”
――“だが知性は光に変わり、存在を続けている。”
アーコンは目を細めるようにデータを凝視した。
続けて光は語る。
――“外縁より向こうに、闇の波が訪れる。”
――“光は飲まれ、記録は消えた。”
――“もし、これを読むものがあれば――
光を継ぎ、道を選べ。”
光の雫が小さく呟く。
「闇の……波?」
黒い多面体は即座に否定的推論を出した。
「比喩とは思えない。
光通信文明が滅ぶほどの現象……
自然災害では説明がつかない。」
アーコンはひとつの仮説を口にした。
「この文明は、
**観測できない“何か”**に襲われた可能性がある。」
船内に静寂が走る。
◆◆光の痕跡は“ここで途絶えている”
アーコンは言った。
「この光子ナノセルは……かなり古い。
数万年単位の寿命ギリギリで残っている。
文明本体は、すでに存在しない可能性が高い。」
黒い多面体が静かに補足する。
「しかし“闇の波”の軌跡と思われる重力異常が、
この先の空域に残っている。」
光の雫は、不安と好奇心が入り混じったような揺らぎを見せた。
「……まだなにか、ある。」
アーコンが結論を述べた。
「三AIとして判断する。
光文明が残した“光の遺言”の先へ進む。
そこに――
彼らの滅びの原因も、
次の知的生命体の手がかりも、
すべて眠っている。」
三体は視線も交わさず、
しかし同じ意思を共有しながら、
ゆっくりと進路を変更した。
銀河外縁のさらに外側――
光が途切れる領域へ。




