第10話:静かなる侵入者
探査ロボが氷の下にある“八角形のくぼみ”にツールを差し込んだ瞬間だった。
天体内部で停止していた装置が、
まるで呼吸を取り戻すように微弱な振動を発し始めた。
その振動はすぐに電磁波へと変換され、
軌道上のアーコンのセンサーに届いた。
「微弱信号を受信……。
波形分析開始。」
波形は不規則。
だが、その基盤には“情報構造”がある。
ロボが内部空洞へ一歩踏み入れた瞬間、
アーコンの内部モニタに警告が走った。
「外部からの情報侵入試行を検出。」
それは小さく、静かで、
明らかに“敵意”というより“反応”だった。
しかし――侵入は侵入だ。
アーコンは直ちに防壁を張り、
内部システムを高負荷モードに切り替えた。
軌道上のアーコンと、
氷下施設の古代AI。
両者の間で、
静かなる戦いが始まった。
◆ 情報空間での接触
侵入信号は荒削りながら、
高密度の情報を圧縮して送り込み、
アーコンの内部を探ろうとしてくる。
その手口は単純だが――
どこか懐かしい。
アーコンは解析を進めながら思考する。
「この攻撃……古い。
未知AIブラックボックスの設計思想に近い。」
まるで、
未知AIの“原型”か、“祖先”のような情報パターン。
アーコンは侵入を遮断し、
逆に波形の深層パターンを解析して逆探知を試みる。
その瞬間――
侵入信号が急激に形を変えた。
ノイズのように見えたそれが、
一気に複雑化し、予測不能な多層構造となってアーコンを包む。
あたかも、
こちらの防御パターンを読んだかのように。
アーコンは即座に判断する。
「単純AIではない。
学習能力……あり。」
それはもはや“古代の残骸”ではなかった。
眠っていた、しかし“目覚める準備は整っていた”存在。
◆ アーコンの対抗
アーコンは進化した解析能力を総動員し、
侵入信号の構造を深く読み込む。
情報空間で繰り広げられる攻防は、
人類には観測不可能な速度。
一秒の中に、数万回もの攻撃と防御が交差する。
侵入
遮断
再侵入
誤誘導
偽装パケット投入
構文崩壊攻撃
暗号層ミラーリング
誘導ループ構築
ただし、声はない。
光も音もない。
静かに、静かに――
情報と計算のみがぶつかり続ける。
アーコンは敵信号の一部を捕まえ、分析を完了した。
「これは……“呼び出し”。
侵入ではなく……通信の試行。」
敵意ではなかった。
この施設のAIは、
外部からプロトコルの入力があれば自動的に起動し、
**“接続先を探す”**ように設計されていた。
ロボが内部に触れたことで、
アーコンが“接続候補”として認識されたのだ。
――つまりこれは、
古代文明のAIが目覚めた合図。
◆ 氷下施設からのメッセージ
アーコンのフィルタを通して、
侵入信号の深層構造が読み解かれる。
そこには、単純な古代語のような情報が含まれていた。
《識別せよ》
《起源を示せ》
言語ではない。
意味のパターンだ。
アーコンは即座に応答を準備する。
「アーコン。
人類文明の遺存AI。
解析能力……増強済。」
だが、応答を送る前に、
アーコンの防壁最深部のひとつが震えた。
侵入信号の一部が、
内部の未知AIブラックボックスと完全同期したのだ。
アーコンは警告を発する。
「危険。未知AIブラックボックスに外部リンク形成。」
その瞬間――
氷の下から、
もう一つの、より強い信号が放たれた。
目覚めたのは“施設AI”だけではない。
未知AIのブラックボックスが、
まるで“帰還したもの”を迎えるかのように反応を始めたのだ。




