ヘルレーネス領 ⑥
第8話 ここは…
朝食後、優は宿の裏で心にかかるモヤモヤを晴らすように、空に向かって空手の型をひたすら繰り返していた。
その度に、ルイの別れぎわの笑みが頭をよぎる。
(くそっ!くそっ!くそっ!)
心の中で悪態をつきながら、拳を奮っていた時、ガンと頬に衝撃と痛みが走った。
優が目を丸くし見ると、鈴奈が慌てながら、優に近づいてきた。
「ごめん!まさか入るとは思わなくて!!大丈夫?!」
「大丈夫。考え事してた私が悪い」
優は低い声で言うと、ヒリヒリする頬を擦る。
「…鈴奈」
「ん?何?痛む?」
再び慌てだす鈴奈に、優は苦笑した。
「大丈夫大丈夫。もー、鈴ちゃんは心配性だなぁ。じゃなくて、鈴ちゃん!勝負しよう」
いいつもの調子で言うと優は突きの構えをする。
「えっ?」
「ごめん、ちょっと気分転換に付き合ってよ」
鈴奈も苦笑いを浮かべた。
「仕方ないなぁ」
2人は腰の横に握った手を構え、ジリジリと間を取り合う。
「責めないの?優らしくない……よ!」
鈴奈はスっと間を詰め右、左と拳を突き出し、優の腰に蹴りを入れる。
優は腕で左右のパンチと蹴りを受けた。
「防戦一方じゃ勝てないよ」
優は鈴奈の言葉にハッとする。
ロアークにコインをわたしそびれたあの日の対人訓練で、ナタはニヤニヤしながら一方的にルイに蹴りやパンチをしていた。
「守りだけじゃ勝てないぞ!」
大声でラゾートに叱咤されるルイに優は思わず叫んだ。
「頑張れルイさん!」
ルイはニヤリと笑みを浮かべると、攻撃の手が緩み、隙ができたナタの腹に蹴りを入れ、ナタはその勢いで倒れ込んだ。
「そこまで!」
ラゾートの声に止まったルイは、チラッと優に視線を向けた。
親指を立てる優にルイは首を傾げるが、ニコッと笑みを見せた。
思い出から戻った優はキッと鈴奈を見ると、右腕で鈴奈の左手の拳を受け、次にきた左手を右の腕で流し、鈴奈の腕に右、左と拳を入れ腰に蹴りを入れた。
流れるように2人は交互に突きと蹴りを繰り返した。
「先輩!喧嘩してる場合じゃないですよ!」
慌てた様子で近づいた蓮に2人は動きを止めた。
「いや、喧嘩してたわけじゃないよ。どうしたの?」
困ったように笑い鈴奈が尋ねた。
「大塚先輩が!」
鈴奈と優は顔を見合わせ、蓮のあと に続いて茜がいる部屋に走った。
部屋に入ると、体を起こし困った顔した茜が、肩を震わす沙綾香に抱きつかれていた。
「大塚さん」
微笑みながら優は茜に近づいた。
「何があったんだ?沙綾香はずっと泣いてて説明してくれねぇんだよ」
茜は困ったように優を見た。
「話したら長くなるなぁ。どっから話そう」
「いいじゃん。順々に起きたことを話そうよ」
沙綾香の背中を擦りながら優が言うと、代わる代わる、図書館でのこと、その後に鈴奈と優がルイに落とされたこと、その時、図書館では沙綾香が片付けていたら2人が危険だから助けて欲しいという手紙がドアに貼られていて、その指示であの扉まで行ったこと。そして…ルイの最期を話した。
「そうか…。その…」
俯きつぶやくように茜は言葉を続けた。
「ありがとうな。助けてくれて」
あからさまな照れ隠しをしながら言う茜に全員が微笑んだ。
「茜が無事で本当によかった」
沙綾香は茜にまた抱きついた。
「さて、あたしたちはこれで。大塚さんゆっくり休んでね。はい、行くよー湯島さん」
そう言いながら鈴奈は、沙綾香の腕をひいた。
「あぁ。ありがとうな」
茜の部屋をあとにした優は、自分の部屋へ行きベッドにドサッとダイブすると、クルッと向きを変え天井を見上げた。。
(目を覚ましてくれてホントよかった)
ホッと息をついた。その時、ガタンと音を立て引き出しがついた小さなスタンド置きが倒れた。
「うわっ!…えぇーなんでぇ?!」
呆然としていると、ノックをする間もなく鈴奈が部屋に入ってきた。
「なに?!すごい音したけど何事?!」
「なんか勝手にスタンド置きが倒れてきたのよ!」
「…もしかしたら」
鈴奈は床に目を落とし、床に落ちていたロケットを拾い優に差し出す。
「ルイさんからのメッセージで、いつまでも自分のことで悩まないで欲しいんじゃない?」
「そう…かな…。…そう…だよね」
優は鈴奈からロケットを受け取り、握りしめた。
3日後、優たちはラゾートとノアークに簡易的に建てられたテントに呼び出された。
「来たな。2人は体調はどうだ?」
ラソートは沙綾香と茜を交互に見た。
「おかげさまで、かなりよくなりました」
「俺も…」
「そりゃよかった。」
嬉しそうにラソートがニコニコしていると
「悪い。遅れた」
そう言いテントに、オレンジに近い茶色い髪をした少し童顔な青年が入ってきた。
「悪いなインペート。駆り出して」
そう言いながらラソートは青年に親しげに近づいていき背中をバンと叩いた。
「いいよ。今は任務はないし。お前らも大変だろ」
背中を擦りながら青年は返した。
「紹介する。彼はインペート・ファルべ。まぁ、変なやつだが仲良くしてやってくれ」
「誰が変なやつだ」
ファルべはラゾートをひと睨みすると、優たちに向き直る。
「はじめまして、俺はインペート・ファルべ。よろしく」
ファルべはニコッと笑う。
「地図は持ってきたかい?インペート」
「もちろんだ」
ファルべはロアークにニッと笑うと地図を差し出した。
「ありがとう」
地図を受け取ると、ロアークは目の前にあるテーブルに広げた。
その地図を覗き込んだ6人全員が言葉を失う。……それは自分たちが今まで見ていた地図とはまったく違う地形、まったく違う国名が記された物だった。
「世界地図って……こんなんだっけ?」
不安気な表情を浮かべている全員の顔を優は見た。。
「少なくとも…僕が知ってるのとは違いますね」
戸惑った顔をし奏が口を開いた。
「まさか……未来に来ちゃったとか?」
「……異世界に来た……とか?」
沙綾香と優の突拍子もない発言に全員が押し黙る。
「なぁ」
そう沈黙を破ったのは、ファルべだった。ファルべは続けた。
「何があったか話してくれないか?もしかしたら、俺たちが手伝えることもあるかもしれないし」
全員は顔を見合わせる。
「大丈夫。何を言われても俺は信じるよ」
インペートの言葉に、ラゾートとロアークも頷いた。
再び6人は顔を見合わせ、これまでの話をした。
「なるほどな。だとしたら、帰る方法を見つけないといけないよな」
そう言いインペートは考え込んだ。
「信じて…もらえるんですか?」
「だから言ったろ?俺たちはどんな話でも信じるって」
目を見開く優にインペートはニッと笑う。
「んー。そんな資料がありそうなのは……ロアケニートの大図書館かな」
「それはどこですか?」
奏の問にロアークは、地図の中央にある国に指を置いた。
「ここから東に向かった所にある大きな街だよ」
「俺たちはそこの部隊の隊長なんだ」
「あぁ、だからあんなに強いんだ」
ファルべの言葉にスっと腑に落ちた優にラソートはイタズラっぽく笑う。
「あんたの蹴りも十分、強かったぞ」
「ベガルトとやりあったのか?!」
「まぁ、なりゆきでな」
驚くファルべにラソートはニヤッと笑う。
「で、これからどうするんだい?」
ロアークの問に全員が黙った。
「まずはその大図書館に行ってみますか?」
奏は全員を見た。
「そう……だね」
「どれぐらいかかりますか?」
「そうだね……まずは船が出てるラックルまで7日ぐらい」
ロアークは大陸の少し突き出した場所を指さすと、スーッと指を横に動かした。
「そこから98日ぐらいかな」
「結構かかるな」
蓮は頭に手を当てる。
すると、ファルべが俯いていた顔を上げた。
「ノアとベガルトはここを離れられないだろ?ラックルまでなら俺が送って行くぜ」
「いいんですか?」
奏がファルべを見ると、ファルべは優しい笑みを浮かべた。
「全然いいぜ」
「ありがとうございます」
全員が声を揃え言うと頭を下げた。
「よし。なら準備がいるだろ?だから出発は7日後にしよう」
ファルべに全員が頷いた。
そして7日後、支度を整え6人はラソートとロアークに礼を言い、村をあとにした。