ヘルレーネス領 ④
第6話 不老不死と月
優と奏はごった返す人混みを掻き分けながらラゾートとロアークを探していると、ロアークの背中を人混みの先に見つけた。
優が駆け寄ろうとした時。
「あ!いた!ユーさん!」
優と奏が振り返ると、ルイがこちらに向かって手を振っている。
「訓練始まりますよ」
ニコッと笑うルイから優が再び視線を前に向けるが、すでにロアークの姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。
「仕方ない、あとで届けよう。行こう」
優はそう言い、ルイに近づくと一緒に訓練所に行った。
5人は訓練で汗を流すと、夕飯を食べ就寝時間になり部屋に戻った。
「もーむりぃー」
優はボブっとベッドにダイブした。そしてすぐに夢と現実をウツラウツラと行き来しはじめる。
「優、ゆーう。ほら、お風呂行くよ」
「んー」
寝起きでまだ気だるい体を起こすと優は鈴奈と共にお風呂に行った。
風呂は、白いタイルを使われ奥には蛇の置物があり、その口からお湯がシンクに注がれていた。
「あのデブのセンス疑うわ」
「…だね」
2人は顔を顰めながら、体を洗いはじめた。
ふと、久しぶりに見た鈴奈の背中には昔と変わらず、丸い火傷の跡がいくつもあり、優は背中をゆっくり撫でた。
「うわぁ!ちょっと!いきなり何すんの!」
身を捩り目を丸くした鈴奈が優を見た。
「あ、いや、背中を洗って上げようかなぁって」
「いや、くすぐったいよ!」
鈴奈も優の背中をスーッと触る。
優は鈴奈と同じように身を捩るとケタケタ笑いながら指をヒラヒラさせながら鈴奈に近づいた。
2人はしばらく、じゃれたり湯船で他愛ない話をし風呂を出た。
部屋へと歩いていると、優は廊下を曲がる光を見つける。
(なんだろ?)
考える前に優はその光を追っていた。
曲がり角を曲がりしばらく光はユラユラ揺れながら歩き、再び、廊下を曲がりガタンと扉が閉まる音がした。
優も光を追い角を曲がり、扉の前で足を止めた。
「ちょっと……急にどーしたの?」
やっと追いついた鈴奈は息を切らしながら聞き扉を見た。
「ん?図書室?」
「うん。今、誰か入っていった」
「えっ?こんな時間に?」
等に就寝時間は過ぎ、この時間に歩き回っているのを見られれば、許可されている優と鈴奈以外は、ラゾートからのお説教と刑罰はま逃れない。
扉に目を向けた鈴奈の横で優は扉を開け中に入った。
「ちょっと!」
そう言い鈴奈は優に続いて図書室に入た。
暗い部屋中をユラヨラと光が揺れている。
2人は本棚の影に隠れてしばらくすると、2人が隠れた棚の近くの机で光は止まり、その光が顔をホワリと浮かび上がらせる。
「あっ!」
優が小さな声を上げた。
「あっ!」
続けざまに鈴奈も声をあげ、2人は顔を見合わせた。
そして、席で本を読むその背中に近づくと、優は肩をポンポンと叩いた。
「きゃっ!」
悲鳴をあげ、飛び上がり勢いよく振り返る沙綾香に優はヒラヒラと手を振る。
「月島さん!上野さん!どうしたのこんな時間に?」
「うちらはお風呂の時間だったから」
鈴奈はニコニコと笑みを浮かべる。
「湯島さんはなんでここに?」
沙綾香は苦い笑みを微かに頬に含ませる。
「なんか寝れなくて。でも何かしてないと…怖いこと考えちゃうから…」
「そっか…」
短く鈴奈は答えた。
「ねぇ」
優は俯いていた顔を上げ、沈黙を破った。
「私、探すの手伝っていい?」
「でも、訓練とかで疲れてるでしょ?」
申し訳なさそうにしている沙綾香に優はニコリと笑う。
「大丈夫!こう見えて体力はあるから」
優は腕を曲げ力こぶを作る真似をした。
「ならあたしも手伝うよ。人手が多いほうがいいでしょ」
鈴奈もふわりと笑う。
「ありがとう」
沙綾香はニコリと笑みを浮かべた。
「なら、なにを調べる?」
優の質問に沙綾香は首を傾げた。
「んー。まずはこの国の事を知っておこうかなって思って。もしかしたら、それで何かわかるかもしれないから」
「なるほどね。ならあたしは、この城について調べてみるよ」
鈴奈はそう言い、カンテラを持ち上げ立ち上がる。
「なら私は…このコインついて調べてみる」
優もカンテラを手に立ち上がった。
3人は本を探しに行き数冊の本を持ってくると席についた。
優がふと沙綾香が持ってきた本に目を向けると、山のような本の中に関係なさそうなタイトルも混じっていた。
『異人の勇者伝説』という本をジッと見ていると、沙綾香が苦笑いを浮かべ本を手にした。
「なんだか面白そうなタイトルだなぁって」
「たしかに面白そうだよね」
「でしょ。優ちゃんも…あっ」
沙綾香は口に手を当てる。
優は嬉しさの反動で反射的に微笑んだ。
「優でいいですよ」
「嬉しい。なら優ちゃんって呼んでいい?」
「優ちゃん…優ちゃん」
優は嬉しそうに噛み締めるように呟く。
「めちゃくちゃ嬉しいです」
「よかった」
ホッとした表情で沙綾香は微笑んだ。
鈴奈は横でそんな会話を聞きながら笑みを浮かべ本に目を落とす。
3人は本をいくつか読んでいくがなかなかめぼしい内容にたどり着けなかった。
優はふぅとため息をつくと、手に持っていた本を横にある本のタワーの上に置くと、新しい本を読みはじめる。パラパラとめくっていると、あるページでハタッと手が止まった。
「あっ!これ!」
ページをめくる音しかしなかった空間に優の声が響く。
「ねぇ、これ!」
優は顔を上げた2人の前に、持っていた本を広げて置いた。
そこには、見覚えのあるコインの絵と説明が書かれていた。
「ほら」
優はポケットからコインを取り出して2人に見せた。
「あんた、それ持って歩いてるのの?」
どこか呆れたような鈴奈に、優はキョトンとした表情で返した。
「うん。ラゾートさんたちに会ったらすぐにわたせるように持ち歩いてる」
「なくさないでよ?優、昔からすぐ物をなくすんだから」
「えへへ」
優は頭に手を置き舌をペロリと出す。
「優ちゃんと鈴……」
沙綾香はちらっと鈴奈を見る。
「鈴奈でも鈴でも」
鈴奈はニコッと沙綾香に笑いかける。
「なら、鈴ちゃん。…鈴ちゃんと優ちゃんは知り合いなの?」
沙綾香の問に優と鈴奈は顔を見合わせた。
「私たちは同じ施設で育ったんだ」
「施設…」
少し申し訳なさそうに呟く沙綾香に優は微笑むと続ける。
「うん。私、両親を火事で亡くしてるんだ。で、身寄りがないから施設で生活してたんだ。」
「あたしも…まぁそんな感じ」
「そうなのね。なんだかごめんなさいね。聞いてしまって」
優は首を横に振る。
「大丈夫。で…なんだっけ…そう。コイン」
「んー。このコインは「アドゥべルーン」?っていう組織が秘密裏に作った物で、組織の一員を現すコインらしいよ。」
鈴奈は本に目を落とした。
「ア…アドゥ…。そのアドゥなんとかって組織はどんな組織なの?」
「それならたしか…ここに」
沙綾香は何冊か本をペラペラめくると、手を止めた。
「ほら、ここ」
開いて見せた本の一文を指さした。
「元々は永遠って意味で、不老不死の儀式をしていたって。一時期、この国でも信仰されてたみたいだけど、前公爵が断絶させたみたい。その公爵もそれからしばらくして、病気で亡くなって、今の公爵が国を治めてるみたい」
「あいつ王様とかじゃないんだ」
「なんだ」と思いながら優が言うと沙綾香は頷き話を続けた。
「そうね、ここは公爵が治める公国だから」
「ほぇ。ということは、なんだっけあのデブ。あのデブもそのアドゥ…アドゥなんとかの1人で儀式をやろうとしているってことだよね」
優の話に鈴奈は同意を示すように頷いた。
その横で唇を噛む沙綾香の背中をそっと優は撫でた。
その時、本を読んでいた鈴奈がガバッと顔を上げ、図書室にある窓に近づき空を見上げる。
「急いだほうがいいかも。儀式は満月に行うみたい」
2人もバタバタと窓に近づき窓から空を見上げると、薄ら白み始めた空にのぼる月はもうすでに膨らみはじめていた。
「こりゃすぐにラゾートさんのところに行ったほうがいいかもね」
「私が片付けておくから2人はラゾートさんのところに行って」
沙綾香は優に言うと、本をまとめはじめた。
その様子を優は苦い顔をして見ていた。
「どうしたの?」
不思議そうな沙綾香に泣きそうな顔を見られないように優は俯いた。
「大塚さんとわかれた時に…同じことを言ったから…なんか今度は湯島さんがいなくなるんじゃないかって怖くって」
不安そうな優の頬を両手で包むと沙綾香は微笑みを浮かべた。
「私は城内ではいないも同然なんだから、アドゥべルーンの人たちも私のことはわからないはず。だから大丈夫、いなくなったりしないわ」
苦笑いに似た笑みがグッと優に近づく。
「ねっ」
「…うん」
鈴奈は優の手を引いた。
「行こう」
「うん」
優は頷くと踵を返して出口に向かった。
2人はまだ薄暗い廊下を、足早に歩いていた。
「ユーさん」
その時、背後から声をかけられ2人が振り返ると、そこにはニコニコと笑みを浮かべたルイが立っていた。
「おはようございます。こんな時間にどうしたんです?」
鈴奈が少し低いトーンで尋ねると、ルイは笑みを崩さぬまま答えた。
「いえ、ちょっとロアーク隊長が呼んでいたので呼びに来ました。行きましょう」
ルイに続いて歩こうとした優の腕を鈴奈は掴み、足を止める。
「ルイさん。一つ聞いてもいいですか?」
ルイはニコリと微笑んだ。
「はい?なんでしょう」
「…ロアークさんにコインのことについて聞きたいから探して来て欲しいって言われたんですよね?」
鈴奈の問の意図がわからないというようにルイはキョトンとしている。
「はい。それが何か?」
「うちらはまだコインのことは誰にも話してないのに、なぜ知っているんですか?」
「あっ!」
呟く優を鈴奈は呆れたように見た。
「気づかないままなら痛い目を見ずにすんだのに」
ルイの顔からスーッと笑顔が消えると、トンと足踏みをした。すると、どこからか杖が現れた。そして杖で
コンと地面をつくと、緑にヒカリ輝く魔法陣が現れた。
その瞬間、まるで強力な磁石に吸いつけられたかのように、地面にひれ伏し動けなくなる。
「また…これ…」
「申し訳ないですが、秘密を知った皆さんには消えてもらいますね」
睨みつける優にルイはニコリと微笑む。
(風紀…。みんなを守って!)
「しかし!それではお主が!」
優はニヤリと笑う。
(風紀ならすぐに助けに行って私たちを助けに戻って来てくれるでしょ?)
「努力はする」
(待ってる)
ニカッと笑う優を不安そうに一瞥すると、風妃は去ろうとした。しかし、その目の前に地面から壁が現れ風妃を囲もうとした。
(風妃!)
叫びそうになるが、風妃は壁をスルりと通り抜け消えていく。
「ほぉ。まさか精霊と契約しているとは。これはますます、生かしておけませんね」
ルイが壁をガンと叩くと、床が抜け、2人はそのまま落下した。




