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保険室からはじまる異世界転記  作者: 早暁の空
第1章 異世界へようこそ
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ヘルレーネス領 ③

第5話 茜の行方


優は数日ぶりに食堂の扉の前に立っていた。

食堂でのことや、あの部屋でのことがフラッシュバックして息が上がり、一歩下がる。


と、 ポンと背中を叩かれ優はハッとし、後ろを振り向いた。


「大丈夫だ」


茜は、食堂の方を見ながら呟くように言うと優の隣に立つ。

ポンと反対の肩を叩かれ横を見ると鈴奈が隣に立ちニコリと笑う。

スタスタと先輩たちを追い抜き蓮は前に立ちドアを開けた。

背中を押され歩きはじめた茜と鈴奈に挟まれ、その後ろを歩く奏と共に優も食堂に入る。


食器が鳴る音、人の噂をする声、楽しそうな笑い声で騒々しさが空間にひしめいていた。

5人は夕食を受け取りにカウンターに行った。


「よぉ。生きててよかったなぁ」


ニヤニヤと笑いながらカウンターの向こういるナタに優はビクッと肩を振るわす。


「はい、気にしない気にしない。行くよ」


夕飯を持った優の背中を鈴奈が押し優をカウンターから離した。

その時、蓮がヒョイと優のトレイを取り上げる。


「これは俺が食べます。なんか入ってたらやばいんで」

「ならなおさら、私が食べるから!返して。かーえーしーて!」


ぴょんぴょん飛び跳ねるが蓮とは20センチ以上背丈の差がある優には届かない。

席に座ると、蓮は自分がとった分を優の前に置き、優とは遠い席に座り食べはじめる。


「あぁー!」


優は蓮の皿を指さし叫んだ。

しかし、蓮は涼しい顔で食べ続け、それを見た優は渋々、席につき食べ始めた。


「なぁ」


茜のあげた声に奏は食べる手を止めた。


「ん?どうしました?」

「いや…おまえらのとこにこんなコインあるか?」


茜は真ん中に頭を擡げた蛇の絵が描かれた金色のコインを見せる。


「いえ…僕はないみたいですが」


奏は皿や器を持ち上げながら言う。


「あたしもないかな」

「俺もないですね」

「私もないかなぁ。」


鈴奈、蓮、優も続いた。


「あぁ?…あいつらが誰かのと間違えて置いたのか。しゃぁねぇな。あいつらに返すの癪だから、あとでラゾートさんかロアークさんにわたしとくか」


めんどくさそうに頭を掻き、茜は再び食べはじめた。


他愛もない話をしながら食事をし、しばらくすると、茜がコクリコクリと船をこぎ始め、ついには突っ伏して寝息を立てはじめた。


「大塚さん。こんなとこで寝たらダメですよ」


優が茜を揺すると、茜は顔を上げた。


「悪い…なんかすげぇ…眠くなってきた」

「大丈夫ですか?昨日、眠れなかったんですか?」


奏の言葉に優が顔をしかめる。


「いや、昨日はガッツリ寝たから」


優のわかりやすい表情に茜は苦笑いを浮かべ、ポンと優の肩に手を置き、あくびをした。


「片付けとくからもう休む?」

「悪い…そうしていいか?」


茜は謝り再び出た欠伸を噛み殺した。


「もちろん」

「悪ぃ」


優は微笑み答えると、茜は手を前で合わせ立ち上がると歩き出したが、その足取りは酷く覚束無い。


「部屋まで送ります」


見かねた蓮は立ち上がると茜に肩を貸した。


「おやすみなさい。また明日」


優が声をかけると、茜はニカッと笑う。


「おう。また明日な」


茜は手を挙げると蓮と共に食堂をあとにする。


しかし、その言葉は現実にはならなかった。

次の日の朝、茜は待てど暮らせど食堂には現れなかった。


「さすがにおかしくないか?」


蓮は苦い顔をした。


「昨日、具合悪そうだったし。…倒れてないといいけど」

「見に行こう」


鈴奈の言葉に優は勢いよく立ち上がった。つられるように全員が席を立ち茜の部屋に行く。


「大塚さん?いる?」


鈴奈がノックをし声をかけるが、中から返事はない。

鈴奈がドアノブを回すとガチャリとドアが開いた。


「おかしい。俺、先輩が鍵をかけたの確認したんです」


慌てたように蓮が言う。


(風紀。中に私たちを狙う奴らがいないか確認して)

「わかった」


ぶわりと全員の髪が風で揺れる。

そしてすぐに


「大丈夫。いないようじゃ」

(ありがとう)


優は風紀に微笑むと、ツカツカと近づき鈴奈の横からノブに手をかけた。


「ちょっ!中に誰かいたらどうするの?!」


腕を掴む鈴奈に優はニコリと笑う。


「大丈夫」


ドアノブを回し優は部屋の中に入る。

そのあとに続くように全員が部屋に入った。


机とベッドしかない部屋はガランとし、 ベッドは乱暴にひっぺがえされたのか掛け布団が床に落ちている。


「荒らされた形跡はないですね。やはり、自分の意思でどこか行ったんでしょうか」

「靴すら履かないでか?」


奏の言葉をくつがえすように、蓮が指を指す先には茜の物らしき黒いローファーが置いてあった。


「他に靴は支給されてないんだぞ」


蓮は奏を見る。

優はそんな会話を背後で聞きながら机の上を見た。

机の上には、コインがポツンと置いてあった。


(これ、食堂の時の。ん?コイン?…コイン…コイン)


優の頭の中で何かが引っかかる。それを引っ張り出すために優はじーっとコインを見つめる。


「あ!いた!」


振り返ると、ルイが部屋に入ってきたのが見えた。


「探しましたよ。そろそろ訓練の時間なので迎えに来ました」


ルイを見た優は雷を打たれたような衝撃を受けた。


「あぁ!」


優のいきなりあげた声に全員がギョッとし優に視線を向ける。


「なに?!いきなり叫んで」


鈴奈に説明することなく優は部屋の出口まで歩いて行く。背後から鈴奈の「優!」と呼ぶ声がするが、振り返ることなく無言でツカツカと足早に歩いて行く。


(風紀。ナタがどこにいるかわかる?)

「少し待てるか?」


優が頷くと強風が吹く。

あちらこちらから驚いた声が聞こえる。背後から蓮の「うぉっ」という声も聞こえた気もした。


「見つけた。案内するぞ」

(お願い)


風紀のあとについて足早に廊下を歩き訓練をしている中庭に出ると、そこで取り巻きとゲスな笑みを浮かべながら話しているナタがいた。


「おい!大塚さんはどこ?」


優はナタに詰め寄ったが、ナタは怪訝そうにする。


「はぁ?俺が知るわけないだろ」

「ふざけんなよ。」


優はナタの胸ぐらを掴む。


「あんたたちコインがどーのって話してたよな?それはこれのことじゃないのか?」


蛇のコインをナタの顔に近づける。


「知らねぇな」


ニヤリと笑うナタの頬を優は殴りつけ、ナタの胸ぐらを掴む力を強める。


「吐け!」


焦りと怒りで優は頭が真っ白になる。


「吐け!吐け!」


優はナタの頬を拳で何度も何度も殴りつけながら叫んだ。


「先輩!」

「落ち着いてください!殴ってたら話が聞けないです」


蓮は羽交い締めにし優をナタから引き離し、奏がナタと優の間に入った。


「離して!」


ジタバタと暴れる優に鈴奈はスタスタと近づきパン!と派手な音がするぐらいの勢いで優の頬を叩いた。

火照った頬を抑え驚いた顔をして優は鈴奈を見る。


「落ち着いた?」

「う…うん」

「説明」


スパッと言う鈴奈に優はおずおずと説明をはじめた。


「う…うん。こいつらが私に暴行してた時に、次のコインがって話してたから。もしかしたら大塚さんがいなくなったことに、なんか関係あるのかなって。こいつらが当番な時にこのコインが大塚さんのトレイに置かれて、行方不明になってるのは偶然とは思えないし」

「知らねぇよ」


不貞腐れたように言うナタに鈴奈はふっと息を吐くと、ナタを見る。


「言っとくけど、あの子を怒らせたらあれじゃ済まないよ。これ以上痛い目にあいたくないなら話して。なんならあたしが」


冷たく静かな怒りをたたえた声で言うと、鈴奈は近くにあった剣を手に取ると、ガン!と壁に突き立てた。


「あたしがあんたの首、切り裂いてもいいんだよ」


その静かな青い怒りの炎にナタはガタガタと震え出す。


「わかった!話す!話すから!俺たちはただ、ルミナス様に言われてコインを置いてるだけだ。それ以上はなにも知らない!本当だ!」


ブンブンと頷く取り巻きたちに鈴奈はポイと剣を捨てナタに背を向ける。


「行くよ」


蓮、奏、優は先を歩く鈴奈の背中を追った。


中庭から離れた鈴奈は「はぁぁ」と息を吐き俯いた。


「ダメだなぁ。冷静でいようと思ったのに、あいつの言葉で抑えられなくなった」


グシャッと髪を掴み苦笑いを浮かべながら鈴奈は言った。

優は鈴奈の顔を覗き込むと少し困ったように笑う


「いや、あぁやってくれなかったら聞き出せなかったよ。止めてくれてありがとう」

「うん」

「で、これからどうする?」


2人の会話が落ち着いたのを見計らい蓮が声をかけた。


「やることは2つですよね」

「そうだね」


奏の言葉に鈴奈は頭を縦に振り、指で数字を示しながら鈴奈は続けた。


「1つは湯島さんに伝える。2つ目は、ラゾートさんとロアークさんにこのことを報告する」

「ここは2手に分かれますか?」


奏の提案に鈴奈は頷いた。


「そうだね。あたしと優で戦力的にわかれよう」

「そしたら、私は説明苦手だからそーゆーの上手い人が来て欲しい」


優が申し訳なさそうに言うと、奏は手を挙げた。


「なら僕が行きます」

「わかった。それじゃぁどっちに行く?」


優は首をかしげながら少し唸る。


「私がコインを持ってるから、私たちがラゾートさんたちの方に行くよ」

「わかった。頼んだ」


鈴奈に優と奏は頷くと、足早に歩いて行った。

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