アナイキ ⑮
第51話 門が開く時
「おーい! ガデイータ! 幽霊が来たぞ!」
その言葉に、奥の方からがたんと椅子を引くような音がした。続いて、重たい足音が近づいてくる。
「幽霊だぁ?」
低く、どこか面倒くさそうな声が奥から聞こえた。
「お前、まだ昨日の酒が抜けて――」
言いながら、男が店の奥から姿を現す。無精ひげに、少しだるそうな目つき。だがその目が、店に立つ一行を見た瞬間、ぴたりと止まった。
鈴奈が一歩前に出る。
「お久しぶりです。ガイータさん」
柔らかな笑みを浮かべてそう言う。
ガイータは目を丸くした。信じられないものを見るように、鈴奈の顔をじっと見つめ、それから後ろに並ぶ面々へと視線を移す。
「……お前ら!」
思わず声が大きくなる。
「生きてたのか!」
店の中に驚きが響いた。
「うるせぇよ」
「悪い悪い」
耳を塞いでいた手を下ろすと男は、眉間に皺を寄せガイータを見た。ガイータは申し訳なさそうに頭に手を置き鈴奈に視線を向ける。
鈴奈は小さく頷く。
「はい。おかげさまで」
ガイータはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて大きく息を吐いた。
「そりゃよかった」
腕を組みながら、肩の力を抜く。
「死んだって話はあったが、死体は見つかってねぇって聞いてな。だから、もしかしたらとは思ってたが……」
そう言って、改めて一人一人の顔を見回す。生きていることを確かめるように、ゆっくりと視線を動かしていく。
茜が小さく笑い、片頬を上げた。
「さすが情報屋ですね」
その言葉に、ガイータは鼻で笑う。
「まぁな」
短く答えたあと、ふと視線が動く。
その先にいたのは、優だった。
ガイータの視線に気づいた瞬間、優はびくりと肩を揺らし、すっと鈴奈の後ろへ隠れる。
まるで盾にするように、ぴたりと背中にくっついた。
その様子を見て、ガイータはわずかに目を細める。
「……で」
ゆっくりと口を開く。
「無事に約束は果たせたんだな」
声の調子は先ほどより少し柔らかくなっていた。
鈴奈は優の背中に手を伸ばす。安心させるように、軽くぽんぽんと叩いた。
「はい」
鈴奈は短く、けれどはっきりと答える。
ガイータは腕を組み、椅子にもたれながら一行を見回した。
「で? まさか、それを知らせるためだけに今日は来たのか?」
鈴奈は少し慌てたように首を振る。
「あ、いえ。実は欲しい情報があって」
そう言いながら、隣にいるファルべへ視線を向けた。
その視線を受けて、ファルべがゆっくりと口を開く。
「世界中で何かおかしなことが起きてないか、情報が欲しいんだ」
ガイータは眉をひそめ、肩をすくめた。
「おかしなこと? また難しいことを聞くな」
「なんでもいい。今までとは違うことはないか?」
ファルべの言葉に、ガイータは顎に手を当て、少し考え込む。
「違うこと……そうだな」
やがて思い出したように口を開いた。
「キミガル国が何やらきな臭くてな。武器やら資材やらを色々と買い込んでるって話がある。新しい兵器でも造ってるんじゃないかって噂だ」
その言葉に、シンニエークが少し驚いた表情を浮かべた。
「おっとぉ。なんだか別の情報が出てきましたね」
そう言うとファルべを見た。
「他に何かあるか?」
ファルべの言葉にガイータは「んー」と唸りながら頭をかいた。
「異変って言っていいかは分からねぇが……」
そう言って、男はファルべの顔を見る。
「ラグナディア砂漠で赤い光が上がったって話がある。そのあと、大量のゴブリンが現れたらしい」
「ゴブリン……」
小さく呟くと奏と蓮は目を逸らす。
その様子に茜は苦笑いをすると2人に近づくと頭をワシャワシャと掻き回した。
「わっ!」
「なんっすか」
奏は驚いたように目を丸くし、蓮も困ったような顔で茜を見上げた。
「すみません。続けてください」
茜が言うと男は頷くと頭に手を当て、眉をひそめる。
「それを伝承と同じだ、世界が滅ぶって騒ぐ奴らもでてな……新しい教団までできたらしいな」
「伝承?」
とロアークが呟く。
「俺も詳しくは知らねぇがな。この世には四つの門があるとかなんとか……」
指を折りながら思い出すように言う。
「まず、異界につながる空の門が開く。次に赤き光と共に地の扉が開き……それから蒼き光と共に二つ目の門が――」
そこで男は言葉を止めた。
「あぁ、なんだっけ?」
その時、後ろにいた沙綾香が口を開いた。
「もしかして、そのあとに禍々しい光と共に最後の門が現れる、ですか?」
男は目を見開き、ぱちんと指を鳴らした。
「そう、それだ!」
そのやり取りを聞いていた茜が、じっと沙綾香を見る。
「なんで沙綾香が知ってるんだ?」
少し眉を上げる。
「まさか……記憶がある、とか言わないよな」
沙綾香はすぐに首を振った。
「言わないわよ」
呆れたように息を吐く。
「ほら、はじめてラゾートさんたちに会った町あったじゃない。あそこの図書室で、優ちゃんと一緒に調べものした時に読んだ本の中にそんな内容があったの」
ラゾートが腕を組みながら頷く。
「なるほどな」
少し考えたあと、言った。
「あそこの図書室にあったなら、大図書館にもあるだろう。行ってみるか」
シンニエークも軽く頷く。
「そうですね」
ファルべは小さく息を吐くと、ガイータへ視線を向けた。
「ありがとう。有意義な情報だったよ」
そう言って、袋に入った銀貨を差し出す。
男はそれを受け取り、軽く振った。
「まいど」
そしてにやりと笑う。
「また顔見せな」
ガイータのその言葉に、沙綾香、茜、鈴奈が微笑んだ。
鈴奈が小さく頷く。
「はい」
一行は席を立ち、店の扉へ向かう。
鈴の音が小さく鳴り、彼らはそのまま店をあとにした。




