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保険室からはじまる異世界転記  作者: 早暁の空
第2章 風のゆくえ
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街中②

第49話 赤い尾を引く夜


音楽がゆるやかに速度を落とし、最後の旋律が夜空に溶けていく。


大きな輪になっていた踊り手たちは、名残惜しそうに手を離した。回り続けていた足が止まり、笑い声と荒い息が混ざり合う。誰かが手を振り、誰かが肩を叩き合う。

拍手が起こり、それが波のように広がった。


灯りに照らされた広場は、まだ熱を帯びている。

頬を上気させた人々が、口々に感想を言い合いながら輪をほどいていく。


やがて、甘い香りが風に乗って漂ってきて、鈴奈はぴくりと肩を震わせた。

 

「見て優!こっちに美味しそうなリンゴ飴あるよ」


そう言うと鈴奈は優の腕を引っ張った。

顔を向けた先には、赤く艶めくリンゴ飴がずらりと並ぶ屋台。提灯の灯りを映して、宝石のように光っている。

 

「おっ。こっちには美味そうなイカ焼きあるぞ」


二人の裾を引いた茜は、屋台を指さした。

鉄板の上でイカがじゅうじゅうと音を立て、甘辛いタレの香りがあたりに広がっている。焦げ目のついた身が、提灯の灯りを受けてつやりと光っていた。

それを横目に、ラゾートが肩をすくめる。

 

「あんま食べすぎんなよ腹壊すぞー」


そんな姿にラゾートは苦笑いを浮かべ、その横でファルべが小さく肩をすくめた。


広場には屋台や人々の賑わいがまだ残り、楽しげな声があちこちで響いている。

 

 

「おっ、こっちに景品撃ち落とすやつあるぞ。レン!勝負しよーぜ」


ニヤリとファルべが連を見る。


「いいっすけど、かなうはずないじゃないっすかぁ」


頭に手を当てるとファルべと共に店に歩いていく。


「あっ!こっちに可愛いアクセサリーあるよ」


沙綾香が一人で歩いていこうとする

 

「ちょっと!勝手にどっか行くと迷子になりますよ」


そう言いながらシンニエークは沙綾香のあとについて行く。


「みんな楽しそうだね」


ニコニコとしながら言うノアークに奏は少し困ったような表情をする。


「ですね。皆さん、月島先輩の救出のために気を張ってましたからね。……あのノアークさん」

「なんだい?」


ノアークは奏を見た。


「あの……村にいましたよね」

「……なんでそう思うんだい?」


ニコニコとノアークは言う。


「森で見た光とか……鍵のありかの会話とか……決定打は村長の家で、中の人たちがみんな気を失ってたことです」

「あれは……ベガルトがやり過ぎだったんだよ」


そう言いノアークは苦笑いを浮かべた。


その時だった。

 ――バチン。


乾いた音とともに、街の灯りが一斉に落ちる。屋台の明かりも、家々の窓も、通りを縁取っていた灯も、すべてが吸い込まれるように闇へ沈んだ。さっきまで色と熱に満ちていた世界が、嘘のように静まり返る。


「なに?」

「停電?!」


慌てる沙綾香と鈴奈の背を、ラゾートが軽く叩き、にやりと笑った。


「落ち着け。クライマックスだ」


低く抑えた声が、不思議と闇の中でよく響く。そう言って彼は空を指さした。つられるように六人は顔を上げる。最初はただ、深く沈んだ夜があるだけだった。けれど次第に、黒は黒のままではなくなっていく。目が慣れ、闇の奥に無数の粒が浮かび上がりはじめる。


次の瞬間――


「わぁ……」


思わず零れた声とともに、視界がひらけた。


夜空いっぱいに、星が敷き詰められている。ひと筋、またひと筋と光が走る。尾を引きながら滑るそれは、ひとつでは終わらない。瞬きひとつする間に数を増し、やがて流れるというより、降り注ぐように夜を染めあげていく。白く細い光が幾重にも重なり、夜の天蓋を裂きながら音もなく滑っていった。


広場を包んでいたざわめきは、いつの間にか消えている。屋台の主も、踊っていた人々も、誰もが動きを止めていた。言葉を失い、ただ空を見上げている。

流れ星がひと筋、長く尾を引いて消える。


「……すごいですね」


鈴奈が小さく笑う。

ラゾートは肩をすくめる。


「年に一度の自慢だからな」


またひとつ、白い光が走る。

その時だった。


「あっ」


沙綾香が声を上げ、空の一方を指さす。


「なんだ?」


茜は怪訝そうな顔で沙綾香を見た。


「どーした?変な声出して」



夜空は深い藍色に染まり、星の光がきらきらと瞬いている。風に揺れる街灯や屋台の明かりも、ほんのりと星の輝きを映していた。

 

「赤い流れ星が流れるのよ」

「赤?」


鈴奈が空に視線を向けた、その瞬間。

ひと筋の光が、遅れて夜を横切った。

白ではなく、滲むような赤が、細く尾を引いて流れていく――その異様な光景に、思わず息を呑む。


「なんだ……ありゃ」

 

ラゾートは目を見開き、声も震えていた。

 

 

「流れ星は、毎年見られるものじゃないんですか?」

「いや……あんなのは、流れない」

 

ファルべも驚いた表情のまま赤い流れ星を見つめる。


「なんかの……前兆でしょうか」

「お前、やめろよ。そうゆうこと言うのさぁ」


呆れたように言うファルべにシンニエークは「ごめんごめん」と苦笑いを浮かべ頭に手を置いた。


 だが、その視線はすぐに空へ戻る。


赤い光は、もう流れていない。

それでも誰も、さっきまでのようには笑えなかった。


星の雨だけが、何事もなかったかのように降り続いている。

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