街中 ①
第48話 星降り祭
窓から柔らかい光が差し込み、木の床を淡く照らす廊下を奏は歩いていく。と、曲がり角の向こうで茜と沙綾香が楽しげに話しながら歩いているのを見つけ、奏は思わず視線を逸らしきびすを返す。
「はぁ」
小さく息を吐き額に手を当てる。
「……何やってるんだ」
奏は小さく呟いた。
その時、背後から肩を軽く叩かれ、思わずビクリと肩を揺らして振り返ると、優が立っていた。
「脅かさないでくださいよ。……どうしたんですか?何か用ですか?」
ぶっきらぼうに言う奏を、優はじっと見つめる。
「ん?どうしました?」
首を傾げる奏に、優はじっと目を合わせ、何かを訴えるように見つめた。そして優に腕を取られ、長く伸びる廊下を駆け抜ける。
「ちょっと!そんな急いだら転びますよ」
言い終える間もなく、優は何かにけっつまずいたのか、体制がグラリと前に倒れかかる。
「っ!」
奏が慌てて腕を掴んで支える。
「だから言ったのに」
奏が小さく呟くと、優は舌を出してふざけた表情を見せ、奏の頭を下げると奏の腕を掴み歩き出した。
優はとある部屋の前でようやく足を止めた。
急に止まられ、奏は危うくぶつかりそうになる。
「っと。どうしました?」
奏が優を見ると優はニコニコと笑みを浮かべるだけだった。
その時、廊下が賑やかになり沙綾香と茜に両腕を引かれ、「まぁまぁ」と宥められながら蓮が部屋の前にやってきた。
「おい、何なんです?」
「まぁまぁ。よし!行ってこい」
状況を飲み込めないまま、次の瞬間にはリゾートに背中を押され、奏と蓮はまとめて部屋の中へ押し込まれた。
扉の向こうで待っていたのは、見慣れぬ民族衣装に身を包んだファルべとシンニエークだった。淡いクリーム色の布に、空へ伸びる細い刺繍が揺れている。
「おーいらっしゃぁい」
なぜか両手の指をクネクネさせながらシンニエークが怪しい笑みを浮かべた。
「んな、顔したらこいつらが怖がるだろうが。悪いな。お前らもこれに着替えてくれ」
そう言うと、ファルべは2人にファルべとシンニエークが着ているのと同じの民族衣装をわたした。
奏と蓮が顔を見合せていると、シンニエークが手を打つ。
「さぁ、女性を待たせちゃいけないよ」
シンニエークの言葉に訳も分からぬまま袖を通す。軽い布が肌を撫でた。沈黙に耐えきれず、奏が口を開く。
「……この前は、迷惑をかけて……すみませんでした」
奏の言葉にファルべは肩をすくめる。
「気にすんな。契約してすぐだったから仕方ないさ」
「でも、先輩たちはそんなことなかったのに……」
蓮が手を止め呟く。
「それは精霊によって性格が違うからじゃないかな。僕もよくは知らないけど、精霊も人間と同じように性格があって、たまたま偶然、君たちの契約した精霊の気性が荒かっただけだと思う」
シンニエークの説明にチラリと背後にいる精霊に視線をやると、精霊はニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほど」
その様子にため息混じりに奏は答えた。
「さて、着替え終わったみたいだからな。行くぞ」
そう言い部屋をあとにするファルべとシンニエークのあとに続いて奏と蓮も部屋を出た。
着替えを終えて部屋を出ると、同じ民族衣装に身を包んだ鈴奈が壁にもたれて待っていた。
「おー!いいじゃん。よく似合うね」
鈴奈は2人を頭からつま先まで見るとニコっと笑った。
「先輩も。素敵です」
「ありがとう」
そんな会話をしていた時。
「やだ!俺は普通の服で行く!」
「もー!いつまでも駄々こねてないの!茜!」
そんな押し問答をしながら優と沙綾香に引っ張られている。
「もー。まだ諦めてないの。ほらっ!諦めなって!」
そう言い鈴奈にも腕を引っ張られ部屋から引きずり出された茜は、他の3人と同じ民族衣装を着ていた。その姿はいつもの男の子らしさは影を潜め、年頃の女の子のらしさがあった。
その姿に呆気にとられ、見つめていると茜と目が合った。
「んだよ」
頬を赤らめる茜に、奏は視線を逸らした。
「あ、いえ、よく似合うなと」
すると、茜はツカツカと奏に近づいた。
「嫌味か」
「イデデデ。いあいあうよ!」
両頬をぐいと伸ばされ、情けない声が漏れた。
「よし全員揃ったな。行くぞー!」
リゾートが声を張る。
「行くってどこに?」
蓮が問うと、全員が意味ありげにニヤリと笑った。
街に出ると、色鮮やかな布や灯りで飾られた通りに屋台がずらりと並び、人々の笑い声が溢れ、甘い菓子の香りや焼き物の煙が漂っている。
「すごい綺麗…」
「だろぉ」
目を輝かす沙綾香にリゾートはニヤリと笑う。
「今日は星降り祭って、流れ星にのって帰ってくる亡くなった人たちを盛大に迎える日なんだ」
「へぇー」
奏は短く答えると目を細めた。
「よーし!今日は楽しむぞ!お前らも行くぞ!」
まるで少年のような表情で歩きだすファルべに「勝手に行ったら会えなくなるから!」とロアークがあとをおう。
「僕たちも行きましょう。じゃないと、ホント飛んでった凧みたいにあの人どっか行っちゃいますよ」
シンニエークの言葉に全員が苦笑いを浮かべると慌てて後を追った。
屋台をのぞいては菓子や小物を買い、笑い合いながら歩いていくと、やがて街の広場へ出た。中央では音楽隊が陽気な旋律を奏で、人々が手を取り合って踊っている。
「おっ、今年もやってるな。ほら、お前らも行くぞ」
広場の中央を見てファルべが笑う。次の瞬間、シンニエークと顔を見合わせると、優と沙綾香、鈴奈、茜の手をひょいと掴んだ。抗議の声が上がるより早く、三人はそのまま踊りの輪へ引き込まれる。軽やかな音楽に合わせて足を踏み鳴らし、あっという間に人々の中へ溶け込んでいった。
「君たちは行かないのかい?」
いつの間にか傍らに立っていたロアークに声をかけられ、奏は曖昧に笑った。
「いえ、僕は……」
「俺も……」
蓮が言葉を継いだ、その瞬間。
袖が、くい、と小さく引かれる。
見下ろすと、民族衣装に身を包んだ幼い少女が、いたずらっぽくにっと笑っていた。
「お兄ちゃんも!」
「いや、僕は……」
思わずロアークへ助けを求める視線を向けると、代わりにラゾートが肩をすくめる。
「いやぁ、小さな女性に誘われて断るのはいけないだろ?」
にやりと悪戯っぽく笑う彼に、反論の余地はない。
「お兄さんたちもだよ!」
少女はそう言って、ラゾートとロアーク、そして蓮を順に指さす。
「俺たちも?」
驚いた表情をするラゾートに少女は頷く。
「早く早く!」
次の瞬間、奏と蓮の手はしっかり掴まれ、ぐいぐいと踊りの輪の中へ引き込まれた。
軽快な音楽に合わせて手を打ち、腕を組み、回る。
それを繰り返すうちに、いつしか奏と蓮の頬にも自然な笑みが浮かんでいた。




