城内 ①
第42話 嵐の川辺
「いたか?」
「うぅん……こっちにも、いなかった」
「どこ行ったんだよ……」
沙綾香が首を振るのを見て、茜は吐き捨てるように呟き、廊下を見渡した。
その時、向こうからラゾートとファルベが手を振り、足早にこちらへ向かってきた。
さらにその後ろから、奏と鈴奈の姿が見えた。
「どうだった?」
ファルベの問いに、茜と沙綾香は首を横に振る。
「こっちも何も……そっちはどうでした?」
「ダメだ。ちょうど夕飯時だったからか、目撃者がいない」
奏の問いに、ラゾートは困ったように頭に手を当てた。
「どこに行っちゃったの……」
顔色を失った鈴奈が、かすれる声で呟いた。
廊下に、張りつめた沈黙が広がった。
その時だった。
「おーい!」
廊下の奥から声が響き、シンニエークと、その後ろからロアークが足早に駆け寄ってくる。
「おぉ。そっちはどうだった?」
ファルべの問いに、シンニエークはニヤリと笑った。
「バッチリ犯人が映ってましたよ」
小さな端末を開き、手早く操作する。
「見ててくださいよ」
そう言ってキーボードをポンと叩くと、画面に映像が流れ始めた。
映し出されたのは、城の廊下。
次の瞬間、廊下の先から、見慣れた背中が2人を抱えて駆け抜けていく。
「えっ……ベガルト?」
「いや、ベガルトはずっといただろ」
ファルべの呟きに、ロアークが返す。
「じゃあ……このコイツは一体……?」
茜はそう言い画面を睨みつける。
「で、やつはどこに向かった?」
ラゾートの言葉にシンニエークが鳥の像を操作し、裏手の映像を拡大する。草が揺れる中、姿はやがて視界から消えた。
「……ここまですね」
シンニエークは悔しそうに拳を握り、顔を上げた。
「とにかく行ってみよう」
ファルべが低く言うと全員が頷き外へ向かった。
廊下から外に出ると、冷たい風が顔を撫で、体温を容赦なく奪っていく。
「よし、ここは一旦分かれて探そう」
ファルべの声に全員が頷き、慎重に腰まで伸びた草をかき分けながら裏手へ歩き出した。
「ここから分かれよう」
低く告げる声に、全員が無言で応じる。
沙綾香とラゾートは、川沿いを探る役を任され、静かに列を外れた。
川辺では、水の流れる音だけが響いていた。
「んー、見た感じ何もないね……」
ラゾートが呟く。
その時、沙綾香の視線が一点に止まる。
「……あれ?」
沙綾香が視線を向ける草の中に、白く透けるウサギが一匹。雷の光を受けて体が淡く光り、まるでガラス細工のように揺れていた。
ウサギはまるで、2人を誘うように数回2人の前で跳ねると、走りだし少し崎で止まり振り返る。
「……きてほしいの?」
沙綾香の問に答えるようにタンタンと足を鳴らすとまた走りだし、また数先で止まり振り返る。
「行きましょう」
ラゾートに視線を向け、沙綾香はウサギのあとを追いかけた。
草むらを分けながら川辺を進んでいくと、急に足元の草が踏み荒らされているのに気づく。
「こりゃ誰かきてるぞ」
「もしかしたら、近いかもしれませんね」
ラゾートは頷き、無言で前に出た。
草をかき分けた、その先で――
ふと、視界が開ける。
「っ!」
「優ちゃん!高田くん!」
2人が駆け寄った先には優に覆い被さるように、蓮が倒れていた。
倒れ伏した二人の体に触れた瞬間、沙綾香の表情が強張った。
「……冷たい」
指先から伝わる異様な低温に、思わず息を呑む。
皮膚は血の気を失い、呼吸も浅い。
「体が冷えきってるんだ。早く温めないと」
そう言いラゾートは一緒にいたフクロウに指示を飛ばす。
それから間もなく、草をかき分ける音が、あちこちから近づいてきた。
「優!……優!」
鈴奈は名前を呼びながら優に駆け寄る。
「急ごう」
短く、それだけを言い、全員が城へ戻った。
医務室の扉が開かれた瞬間、待ち構えていた医師たちが慌ただしく動き出した。
「体がかなり冷えきっている」
「毛布を! 湯を用意しろ!」
「ダメ!」
沙綾香が声をあげると、医者たちはピタりと止まる。
「お湯とかで急激に温めると冷たい血液が心臓に行って心臓が止まってしまうんです」
「子供がなにを知った口を……」
医者は眉間に皺を寄せる。
「私の父と兄たちは医者です。その兄から習ったことだから、確実です!」
沙綾香は医者を睨みつける。
「……ならどうするというんだ?」
「私の火と、風妃さんの結界を使わせてください。ゆっくり、確実に温めます」
医者たちは顔を見合せる。
「もし、患者が危険と判断したら即やめさせるからな」
「はい」
医者の言葉に沙綾香は頷いた。
そして沙綾香は深く息を吸い
「イルマイル、風妃さん。お願い力を貸して」
とそっと精霊の名前を呼ぶ。
すると、ふわりと風妃は姿を表すとそっと沙綾香の頬に手を当てた。
「我が主……友を助けるためならなんでもする。どうしたらいい?」
「風の幕みたいなのをつくって下さい。イルマイルは中で小さな火をつくって」
「「承知した」」
風妃がふぅと息を吹きかけると、幕は外へ逃げず、熱だけを閉じ込めるように2人を包み込む。
その横でパチリとイルマイルが指を鳴らすと、上に小さな火が生まれた。
じんわりとまるで蒸し風呂のように中の空気が温まり始める。
しかし、2人の体に変化は見られない。
じんわりと、まるで蒸し風呂のように中の空気が温まり始める。
カチカチと時計の音だけがしばらく響く。
「何も起こらないではないか」
「やはりデタラメだったか。さぁ、あとの治療は私たちに任せたまえ」
汗が滴り落ち、肩が小刻みに震えている沙綾香は首を振る。
「お願いです。もう少し……もう少しだけ……」
沙綾香がそう言った時。
蓮の指が、わずかに動いた。
続いて、喉がひくりと鳴り、かすかな息が漏れる。
「一度確認だ」
医者は2人に近づいた。
「……体温、上がってきてる」
「心拍も……少しずつ安定してきてるぞ」
「わぁ」と歓声と安堵の声が上がる。
沙綾香がホッと息をついた瞬間、沙綾香の視界がぐらりと揺れた。
「あっ……」
力が抜け、膝が崩れる。
支えようとした茜の腕をすり抜け、沙綾香は床に倒れ込んだ。
「沙綾香!」
茜が叫ぶと、医者が慌ててやってくる。
「魔力過剰使用だ……! すぐ寝かせろ!」
医者のその声を最後に沙綾香の意識が途切れる。




