ヘルレーネス領 ①
第3話 条件付きの再会
知らない白い天井。
目を覚ました優は夢の余韻を残し、ぼーっとした意識で自分が見知らぬ部屋のベッドに寝かされている事に気づいた。
(どこだろう…ここ)
ハンマーで常に殴られているような痛みが走る頭を動かす。
さほど、広くない質素な部屋。
よく見ると少し開いた扉から光が漏れ出している。
フラフラと惹きつけられるように、優は扉に歩いて行く。
「まぁ…しばらく大人しくしててくれ」
ドアの向こうから聞き覚えある声がし、優の心がピリッとする。
(あの声…さっきの筋肉男。…何話してるんだろう)
「誰だ!」
扉のところで聞き耳を立てていた優は扉を勢いよく開けられ、支えをなくした体はそのまま前のめりになった。
「わっ!」
「おっと!」
倒れかかる優を太い腕が支える。
見上げると、男性が少し驚いた顔で優を見下ろしていた。
「悪い、大丈夫か?」
「触るな!」
男を突き飛ばすと、優は荒い息を肩でしながら男を睨みつけ、一歩足を引き拳を前に作った。
「落ち着いて!ラゾートさんは敵じゃないの!」
優の前に誰かが飛び出す。
それは慌てたような困ったような表情をする沙綾香だった。
「どうゆう…ことですか?」
まるで、唸り声をあげる犬のような目で優はラゾートと呼ばれた筋肉質な男を見つめる。
「まぁ、そのままの意味だ。ディーアさん、さっきいたもう一人のやつな。も別にお前を殺そうとは思ってない。」
「でも、あと3人いないですよね?他のみんなは?無事なんですか?というか、ここはどこ?なんであなたがここにいるんです?」
低い声で優は矢継ぎ早に質問を浴びせた。
次から次へと投げられた問にディーアは頭に手を置くと困ったような表情を浮かべる。
「おいおい。そんな次々と質問されても答えられないぞ。まず、ここはヘルレーネス領にあるルミナスって領主の城だ」
知らない国の名前に優は、鈴奈を見た。
鈴奈と沙綾香も「知らない」というように首を横に振る。
「で、俺はここで隊長をしている」
話を続けたラゾートに優は視線を戻した。
「ここの領主は変わっててな、兵士の徴収と言って15歳から20歳ぐらいまでの青年をこの城に集めている。お前たちの友人は、ルミナスに気に入られちまって、同じ城内の別の場所で生活をしている」
「それを証明する物は?」
優は圧をかけるように低く低く声を出す。
「んー。これに関しては信じてくれとしか言いようがないな。他の2人も信じてないようだしな」
チラッとラゾートは鈴奈と沙綾香を見る。
「…逆に、どうしたら信じる?」
「実際に皆が生きているのが確認できたら、信用します」
キッパリ言う沙綾香にラゾートはため息をついた。
~数時間後~
食堂の中はガヤガヤと雑多の声が響いている。
少し伸ばした黒髪を小さなしっぽのように結った優は、お盆に乗った夕飯を手に視線を配らせた。
「優」
服の袖をひき短く名前を呼ばれ、優が視線を向けると、茶髪を後ろで団子にしている鈴奈が一点を指さした。
視線を向けると、そこには無言で食事をする3人の姿があった。
「よかったぁ。みんな無事なんだね」
心底嬉そうに優が言う。
「そうだね。これでラゾートさんが言ってることは正論ってことになるね」
優の言葉に鈴奈は頭を縦に振った。
「うん。とにかく行こう」
2人は人混みをかきわけるように進むと、目的のテーブルの前に立った。
「あの、ここ座っていいですか?」
一生懸命に作った笑顔で優が言う。
振り返った全員が唖然とした表情で2人を見る。
「生きてたのか?!そのかっこ!」
ガタン!と椅子を鳴らし連は立ち上がる。
「シー!声がデカいよ」
優は慌てて口に手をあて、短髪の青年の服を引っ張る。
「あ!すんません」
青年はストンと席に座った。
優もトレーをテーブルに置き席につく。
「ラゾートさんとカッツェさんが助けてくれて、みんなに会わせてくれたんだ」
鈴奈はそう言い優の隣に座る。
「沙綾香は?」
「生きてます。今、安全な部屋にいます」
「よかった…」
鈴奈の言葉に吐息を吐くように言葉をこぼすと茜の険しい顔が解ける。
「沙綾香?」
「あぁ、黒髪ロングの子いただろ。あいつが湯島沙綾香だ」
首を傾げる奏に茜は答えた。
「そういえば、自己紹介してないよね。あたしは、上野鈴奈。学年は2年」
ニコッと鈴奈は笑いかけた。
「私は月島 優。学年は鈴奈と同じ2年です。よろしくお願いします」
優は頭をペコッと下げる。
「俺は大塚 茜。学年はそっちの2人と沙綾香と同じ2年だ」
ぷいっと青年のような容姿の茜は横を向いた。
「なら、僕たちが後輩ですね。僕は高田 奏です。よろしくお願いします、先輩がた」
メガネの青年はニコリと笑みを浮かべた。
「俺は馬場 連。えっと1年だ。よろしく」
連は首だけを小さく前に動かした。
「で、話は戻しますが、そのラゾートさんたちが僕たちを助けた目的はなんでしょう」
「さぁ。でも少なくともルミナスの味方ではないらしいですよ」
信用してないという口振りで優は言う。
「わざわざ合流した理由は?」
茜は難しい顔をする。
「みんなの生存確認」
端的に答えた優に鈴奈は苦笑いをすると補足する。
「あたしたちがいた部屋で会わせてくれるという話もあったけど、あのおかしな術?みたいなので幻術見せられる可能性があったから直接、この目で見たいって言ったら渋々許してくれたよ」
「ただ、今、城内で失踪事件が起きてるんだって。その噂を集めろって条件つけられたけどね」
「失踪事件?」
茜は顔を顰める。
「うん。なんか最近、許可なく人がいなくなってるらしい」
その時、鈴奈と茜の会話を遮るようにパリン!と何かが床に当たり割れる音がした。
音の方向に全員の視線が集中する。
そこには、メガネをかけた気弱そうな青年が、大柄な青年に馬乗りにされ殴られていた。
「やめてください!」
「は?弱者が生意気なんだよ」
その光景に全員が顔を顰める。
「で、これからどうしますか?」
奏が話を続けると、全員が視線を戻した。
チラッ、チラッと殴られている青年に視線を向けていた優の耳を右から左にみんなが離す言葉が通過していく。
「ごめん。ちょっと無視するの無理だわ」
優はやがてそう言い立ち上がると、驚くメンバーに背を向け足早に馬乗りにしている青年に近づき振り上げた腕を掴んだ。
「もうやめたら?」
まるで氷の刃のように優は冷たく言う。
「は?誰だ?お前」
「別に。名乗るほどじゃないし」
「何様だお前。お前も殴られたいのか?」
歯をかみ締めながら忌々しそうな青年を優は涼しい顔で見る。
「そうやって脅したら誰でも言いなりになると思うなよ」
「あぁ?」
青年は優の胸ぐらを掴んだ。
「すみません。怒らせるつもりはなかったんですが」
優はニコッと笑う。
そこからはあっという間だった。
青筋を浮かべた青年の手を優は下から左手で掴んだ。そして右手で掴んでいた左手を挟み込みぐるっと捻る。
何が起きているかわからない青年に優が肘を前のめりになった背中に押しつけると、優の胸ぐらを掴んでいた手が離れた。
そのまま足を払われ青年は腹から地面に落ちた。
「この野郎!舐めやがって!」
近くに落ちていたナイフを手に青年は一気に距離を詰めた。
優は冷静に左手で逸らし相手の肘を掴み捻りながら数歩グルりと回る。ひじを使いナイフを青年の手から奪いとり、その先を青年に向けた。
「またこの人にちょっかい出してみろ。次はその首切り落としてやるからな」
低くドスのきいた声とむけられたナイフに、青年は「ひっ」と小さく声を上げると脱兎のごとく、食堂から走り去って行った。
しばらくの静寂の後、「わぁ」と歓声があがり、優はその場にいた青年たちに取り囲まれ、頭をクシャクシャと撫でまわされたり、背中をポンポンと叩かれたりした。
「ありがとうございます」
「いえ、手当うけてくださいね」
優はメガネの青年に言いニコッと笑みを浮かべた。
スーッと熱い感覚が覚めた時、ゾクゾクという嫌な寒気とめまいがした。ふらつく体を引きずりながら優は仲間の元に戻る。
「ごめん。ちょっと…先に戻るね」
トレイを手に優は席を立つ。
重い足取りで食器を片付けると部屋に戻り、フラフラとベッドに行く。
(ヤバい…熱ぶり返したかも)
ベッドに倒れ込むとそのまま、意識を手放した。
キーと扉が開き、数人の人影が寝息をたてる優に近づいてることに気づかずに……。