ロアケニート⑨
第39話 炎の向こうへ
再び森へ踏み出した瞬間、
すぐ横を熱が裂いた。
「……っ!」
視界の端で、炎をまとった矢が屋根に突き刺さり、乾いた音とともに火が噴き上がる。
「あぁ!あいつ俺が直した屋根に!苦労したんだぞ!」
「君、不器用そうだもんね」
「んだと!」
再び森へ踏み出した瞬間、すぐ横を熱が裂いた。
「……っ!」
視界の端で、炎をまとった矢が屋根に突き刺さり、乾いた音とともに火が噴き上がる。
「あぁ!あいつ俺が直した屋根に!苦労したんだぞ!」
「君、不器用そうだもんね」
「んだと!」
蓮と奏のやりとりに全員がふと笑みを浮かべた。
炎が一つ、また一つと屋根を舐める。
叫び声が重なり、村全体がざわめき始めた。
「この隙に逃げるぞ」
その声に頷き、走り出したその瞬間。
背後で、ひときわ甲高い泣き声が弾けた。
奏は反射的に足を止め、振り返る。
崩れ落ちた柱に行く手を塞がれ、立ち尽くす母親と、その腕の中で泣き叫ぶ赤ん坊が見えた。
それは以前、優が世話をしていた子だ。
「高田くん!早く!」
鈴奈の声に応え、一歩踏み出す。
だが、奏の足はそこで止まった。
「あぁぁぁもー!先輩!手伝ってください!」
奏は迷う暇も与えず、茜の腕を掴んで走り出した。
「なんだぁ!どうしたんだよいきなり?!」
「説明はあとでしますから!先輩、水の膜を作ってください!」
「んだよ⋯イルマイル!頼む」
困ったように片眉を上げ、茜は精霊の名前を呼んだ。
呼ばれた精霊が、そっと腕を振る。
次の瞬間、二人の周りに水の幕が現れた。
奏は茜の腕を掴んだまま、炎の中へ突き進んだ。
熱気が肌を焦がすように襲う。煙が視界を奪い、思わず咳き込んだ。
それでも足を止めず、瓦礫と倒れた梁を選ぶように踏み越えていく
「先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫だけどあっちぃな」
奏は一度、大きく息を吸う。
熱風に体を揺さぶられるたび、茜の腕を強く握った。
二人で炎を切り裂くように進んだ先に、
立ちすくむ母親と、なきじゃくる赤ん坊の姿があった。
「大丈夫ですか?!」
炎の中から現れた2人を母親は驚いたように見た。
「あんた達⋯なんで」
「なんで⋯」
奏はそれ以上言葉を続けられず、
乱れた自分の髪を掴んで、ぎゅっと拳を作った。
「先輩なら⋯月島先輩ならたぶん、考えなしに助けに行ったと思って⋯」
「それは間違いないな」
茜は片頬をあげポンと奏の背中を叩いた。
「ここは危ない。行きましょう」
茜が言うと女性の手を引っ張り膜の中へ引き入れた。
水の膜に守られながら、4人は燃え盛る炎の中を抜け、ようやく仲間の前へと辿り着いた。
「よかった。いきなり飛び込むからどうしたのかと思ったよ」
鈴奈が安堵した表情を浮かべた時。
「いたぞ!」
「捕まえろ!」
その声に振り返ると数人の村人がこちらに走ってきていた。
「逃げるぞ!」
「待って!」
走り出そうとした7人を、女性が呼び止めた。
「森を抜けずに村を抜けれる場所があるの」
その言葉に、全員が一瞬だけ顔を見合わせる。
「このままでは森を抜けられない。大丈夫。私を信じなさい」
女性はニッと笑った。
「……って話だが、どうする?」
リゾートはフクロウを見上げた。
しばらく沈黙が落ちやがて、フクロウから声がした。
「わかりました。どこに行ったらいいですか?」
「水車がある建物のところに」
フクロウにそう伝えると、短く「了解」と返事が返った。
7人は女性と共に走り出した。
女性に案内された水車小屋は、村の外れにあった。
水車小屋の前には、お面をした二人の人物が待っていた。
「みんな!」
手を振ったのは、シンニエークだった。
「お疲れ様。よかった、無事に救出できたみたいだね」
そう言って、もう一人が面を外す。ファルべだった。
「あんた……」
ファルべを見た女性は、短く声を上げて口元を押さえた。
ファルべはちらりと彼女を一瞥し、抑揚を抑えた声で尋ねる。
「で? ここからどうすればいいんですか?」
女性ははっと我に返ると、
「……こっちよ」
と言って、十人を水車小屋の中へと案内した。
水車小屋の扉が閉まると、ようやく全員が息をついた。
それでも、誰もまだ完全には気を抜いていなかった。
炎に照らされた村の気配が、扉の向こうに残っていたからだ。
女性は水車小屋の隅へと歩み寄り、地面にある取っ手を引き上げた。
すると、地下へ続く入口がぽっかりと口を開けた。
「ここを抜ければ、森を通らずに村を出ることができるよ。
昔、子供を逃がしたご夫婦が、そうしたようにね」
女性はファルべに視線を向けた。
ファルべは、下に広がる闇を見つめながら、きゅっと口を結んだ。
「信用できるのか?」
シンニエークが低く言い、女性をきっと睨んだ。
「……行くぞ」
ファルべは短く告げると、暗い穴の中をしばらく見つめ、ためらいなく中へ降りた。
「ペンさん?!」
シンニエークが素っ頓狂な声を上げる。
「なんだよ」
穴の中から顔を覗かせたファルべが、明らかに不機嫌な声で返した。
「いや、そんな不機嫌にならなくても」
「うるさいなぁ」
「あー、はいはい。帰るよー。ありがとうございます」
リゾートは女性に軽く頭を下げると、シンニエークの背中を押し、続いてファルべの後を促した。
「それじゃぁ、バイバイね」
鈴奈はにこにこと笑いながら、赤ん坊の頬を指でふにふにとつついた。
「……元気になるんだよ」
女性は、蓮の背中に背負われた優の頭をそっと撫でた。
その指に、赤ん坊がぎゅっと小さな手を絡める。




