ロアケニート⑧
第38話 救援の手と松明の追跡者たち
男の声に応じて、死んだはずの巨大なオオカミが蘇り、低い唸り声をあげ身を沈め、6人へ跳びかかろうとした。
その時。
コロコロ……。
緊迫とは不釣り合いな軽い音が転がってきた。
5人が足元に視線を向けると小さな球が転がり抜け、皆の前で止まる。
「えっ……?」
鈴奈が小さく呟いた瞬間、球がパカンと割れ、白い煙が一気に噴き出した。
全員が顔を見合わせていると、ゆらゆらと揺れる煙の奥から二つの人影がゆっくりと姿を現した。
ひとりは黒いタートルネックの袖口から腕だけを覗かせ、黒い面に鮮やかな緑で目と口が描かれた男。
もうひとりも同じ黒いタートルネックに身を包み、黒い面には冷たい青で目と口が描かれている。その二人は、煙を押し分けるようにして静かに前へ進み出た。
「動けるようになってるはずだ、立て!逃げるぞ」
煙の奥から歪んだ加工音声が響くと同時に、魔法の気配がふわりと体を包み込み、そっと5人を立ち上がらせた。
「誰だ」
蓮は低く声を押し殺す。
煙の帳から現れた二つの影は、互いにごくわずかにうなずき合うと、慎重に仮面へ手を伸ばし静かに、面を外す。
現れた素顔を目にした瞬間、場にいた全員が思わず息を呑み、重なるように「……あっ」と声を漏らした。
そこに立っていたのは、まぎれもなくラゾートとロアークだった。
「えっ?でも⋯なぜ」
「理由はあとだ。逃げるぞ」
ラゾートが声を上げた瞬間、彼の隣を飛んでいた機械型のフクロウから声がした。
「トラ、クロさん右から5秒後に狼」
「うぇっ?!」
「えっ」
2人の声とは裏腹に「3⋯2⋯1」とカウントダウンがはじまり0になった瞬間、狼が霧から飛び出してきた。
ラゾートは腕にしていたガントレットで狼の口を塞いだ。と同時に、ロアークがコンと地面を杖でついた。すると、狼は見えない巨大な岩に押しつぶされたかのように地面にひれ伏した。
「剣を貸せ!」
ラゾートが短く叫ぶ。
その声に蓮はハッと顔を上げ、腰の鞘へ手を伸ばした。
次の瞬間、刀を引き抜き、迷いなくラゾートへと投げ放つ。
宙を走る刃は、銀の軌跡を引いて一直線に飛ぶ。
ラゾートは片手でそれを確かに掴み取ると、押し伏せた狼へそのまま一息で、剣を脳天へ振り下ろす。
刃が肉を貫いた瞬間、巨体がびくりと震え黒い煙を噴き上げ、霧のように崩れ落ちながら跡形もなく消え去った。
パタパタと羽ばたきながら、機械フクロウが冷えた声で告げた。
「それは本物じゃないから、またくるぞ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、白い煙がスッ…と左右へ割れ、視界が開ける。
そこには地を這うように低く身を沈め、牙をむき出しにした 無数の 狼たちが、一斉にこちらを睨みつけていた。
「かまえろ!来るぞ」
ラゾートが叫び剣を蓮にわたしたと同時に無数の狼が7人に襲いかかった。
「イルマイル!」
茜の声が鋭く響く。
主の横に立つイルマイルはスッと横へ手を振った。その動きに呼応するように、地面の影から水音が膨れ上がり、巨大な水の壁が“盛り上がる”ように立ちあがる。
次の瞬間。
その壁はまるで生き物のように前方へ倒れ込み、轟音とともに狼たちを丸ごと押し流した。
水飛沫が月光を反射し、狼たちの悲鳴とともに白い霧が舞い上がり狼は黒い霧に変わった。
「沙綾香、落ちないでよ!」
鈴奈が叫んだ瞬間、沙綾香の足元の地面がググッと盛り上がり、まるで手のひらで支えるように彼女の体を押し上げた。
「ありがとう、鈴ちゃん! いくよ、フレーミア!」
沙綾香が片手を高く掲げる。
その指先に呼応するように、空の色が一瞬だけ赤く染まった。
次の瞬間。
ゴォォォッ!と空の裂け目から、灼熱の炎弾がまばゆい光を引きずりながら一直線に狼たちへむかって落ちていった。
ドゥンッ!!
着弾と同時に狼の群れが爆発的な火柱に呑まれ、燃え上がる影が苦悶の声も上げられぬまま黒に溶け、やがて煙となって霧散していった。
焦げた匂いと熱が押し寄せた。
「あっち! 気をつけろ! 俺たちまで燃える!」
「あ、ごめーん」
沙綾香は頭に手を当て、ぺろっと舌を出して笑った。
その隙にも、鈴奈はすでに動いていた。
勢いそのまま、倒れている優のそばへ滑り込む。
「タナージュ!」
名を呼んだ瞬間、ふっとタナージュが姿を現す。
「仰せのままに」
仰々しくお辞儀をしてから、タナージュはニヤリと笑い、指をパチンと鳴らした。
ドンッ!
地面が跳ねるように盛り上がり、優を囲む土の壁が一気に立ち上がる。
迫りくる狼たちの爪がガリガリガリッと壁を削り、土片が火花のように散ったが壁はびくりともしなかった。
土壁に爪を立てていた狼の一体が、鈴奈たちを諦めて蓮へと跳びかかった。
「来いよ」
蓮は低く吐き一歩踏み込むと、横に剣を振るった。
次の瞬間、狼は黒い霧となって崩れ落ちた。
だが休む間もなく、さらに二体が左右から襲いかかる。
蓮がそちらへ刃を向けようとした瞬間、背後で“バキィッ!”と乾いた音がした。
「っ!」
狼の影が蓮の背中に飛びつくように迫る。
その時。
「よそ見するなんて余裕だね」
軽やかな声とともに奏の槍が狼の胸を貫き、その勢いのまま柄を返し
もう一体も薙ぎ払った。
黒い霧が爆ぜて消えると、奏はくるりと槍を回し、蓮の横に立つ。
少し息を弾ませながらも、目だけは笑っていた。
「ほら、背中空いてたよ?」
蓮は舌打ちしそうな顔で、剣を下ろす。
「……助かった。次からは言えよ」
「はいはい」
ニコニコする奏に蓮は苦い顔をした。
「よし」
ラゾートは大きく息を吐き全員を見た。
「このまま森まで走るぞ。シリ、ペン、そこで合流だ」
「「了解」」
フクロウのくぐもった声が二重に返る。
その瞬間だった。
ドォォォッ!!
地面が揺れたような錯覚とともに、
背後からいくつもの怒号が巻き起こった。
「え……?」
鈴奈が振り返った瞬間、闇の向こうで赤い火点がいくつも跳ねた。
松明·····いや、“行列”だ。
「見つけたぞッ!!逃がすなァ!」
「村の秘密を守れ!!」
激しい叫びとともに、怒りに歪んだ村人たちが松明を掲げて雪崩れ込むように迫ってくる。
「行こう!!」
ロアークが鋭く叫ぶと、全員が頷き、再び暗い森へ向かって一斉に駆け出した。




