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保険室からはじまる異世界転記  作者: 早暁の空
第2章 風のゆくえ
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ロアケニート⑦

第37話 再会と襲撃

 

部屋の内部は狭く、灯りひとつない闇と、むせ返る埃の臭いが淀んでいた。


扉が開いた瞬間、月光が細く差し込み、淡い銀色が空間を照らす。

その光に浮かび上がった光景に、全員の息が凍りつく。

そこには、痩せ細った体は骨の輪郭が浮き、枯れ枝のような腕には重い枷をつけた優が力なく地面に横たわっていた。


「優っ!」


鈴奈は悲鳴に近い声を漏らし、駆け寄ると優を抱き起こす。

触れた体は驚くほど熱く、かすかに上下する胸が、まだ生きているという事実をかろうじて示していた。


「ごめん……ごめんね……遅くなっちゃって……」


涙が、ぽたぽたと優の肩に落ちる。

鈴奈は火照った優の体を抱きしめ、震える腕で必死に支えた。


「行きましょう。ここにいたら危険です」


奏の言葉に全員が頷く。


「タナージュ、外の様子を⋯あれ? タナージュ?」


優の頭を膝に置いたまま、鈴奈はきょろきょろと周囲を見回した。


「どうかしたのか?」

「タナージュが……見たあらなくて。いつも呼べばすぐ来るのに」


茜が眉を寄せ、沙綾香と顔を見合わせる。


「フレーミア?」

「イルマイル」


2人も名を呼ぶが、精霊たちの姿は一向に現れなかった。


「どういうことだ?」


茜は顔をしかめる。


その時、奏がふと思い至ったように顔を上げた。


「月島先輩も、魔法が使えましたよね?」


沙綾香、茜、鈴奈は顔を見合わせ、静かに頷いた。


「だとしたら⋯逃げ出せないように魔法を封じたんじゃないですか」

「そっか、だから優ちゃん逃げられなかったのね⋯」


沙綾香の目に涙が滲む。


「それだけじゃないよ。優、あたし達がここの人に少しでも目をつけられるのが遅くなるように逃げなかったって言ってた……」

「ったく。バカかお前は…」


そう言い茜は優の頭を撫で泣くのを堪えるようにキュッと口を噤む。


「とにかく鍵を外そう。……外が騒がしい」


蓮は外へ視線を向け緊迫した声を漏らした。


「先輩、鍵!」


鈴奈が鍵束を蓮に向かって放る。

蓮は受け取り、一つずつ試していく⋯が、なかなか合わない。


その時。


「お前たち、何をしている」


背後から低い声が落ちた。


振り返ると、胸元に十字架の紋を刻んだ青い長衣の男が立っていた。


「なにって」


鈴奈は仮面の下で片頬を上げ、挑発するように言い放つ。


「アンタが隠してた者を取り返しに来たの」


鈴奈の軽口に、男の額に青筋が浮かぶ。そして男は杖で「コン」と床を叩いた。


その瞬間、床が盛り上がり、形を変え、それは複数のオオカミへと変わっていった。

牙を剥いたオオカミは低く唸り、五人へ一気に飛びかかった。

奏と蓮が前へ躍り出ると、奏は迫る一匹の喉元へ槍を突き立て、その勢いのまま大地へと縫いとめる。砕けた土が槍先から弾け飛んだ。その横で蓮の剣に食らいつく。蓮は蹴り飛ばし、その頭を一閃で断ち切った。

砕けた体は土へと還る。


だが次の瞬間、さらなる一体が沙綾香を狙い、地を蹴って突進してきた。


「フレーミア」


沙綾香が呼ぶと、矢の先が赤く灯り、沙綾香はそのまま静かに矢から手を放した。

放たれた矢は一直線に獣の胸へ突き刺さり、内部で火が弾け土狼の体が赤く輝き、ひび割れ、ガラスが砕けるような音を立てて崩れ落ちる。


「てめぇだけが魔法を使えるわけじゃねぇんだよ」


茜が不敵に笑い、叫ぶ。


「イルマイル!」


大気が揺れ、頭上に巨大な波が現れた。

その水の壁はオオカミを飲み込み、家の外壁へ叩きつけ悲鳴をあげることなく泥の塊にした。


すると、一体のオオカミが仲間の泥を⋯むしゃりと食い始めた。


「うぇ……」


鈴奈が顔をしかめる。


仲間を食べたオオカミはこちらへゆっくり向き直り、低く唸り声をあげた。


「タナージュ!」


鈴奈が鋭く呼ぶと、どこからともなく指を鳴らす音が響き、五人を囲むように土壁が立ち上がった。


「これからどうする……?」


揺れる矢の火が照らす不安げな沙綾香の横顔を奏は見る。


「先輩……大きな火の球、作れますか?」


沙綾香は驚いたように瞬きし、フレーミアへ視線を向ける。


「そんなもの造作ない」

「造作もないって」


沙綾香は小さく笑い、頷いた。

奏は短く息を吸い、計画を告げる。


「僕と蓮で注意を引きます。GOの合図で……湯島先輩の炎の玉に大塚先輩の水をぶつけて視界を悪くさせます。その隙に月島先輩を連れて部屋から出ましょう」

「わかった」

「了解」

 

二人の返事に合わせ蓮と鈴奈も頷く。


「中でコソコソ話とは。気に食わないねぇ。」


男の足音がざくりと近づく。

五人は互いに目を合わせ、頷くと、鈴奈は壁を外した。


奏の槍と蓮の剣が閃き、男へ向かって弾丸のように飛ぶ。

男は地を蹴って後方へ跳び、空中で杖を振る。

土が渦を巻き、竜巻のような障壁が攻撃を受け止めた。

その時。土の中から巨大な犬が現れ、低く唸ると蓮と奏に襲いかかった。

しかし奏の槍は顎を貫き、蓮の剣が頭蓋を割る。

犬は悲鳴を上げる間もなく土へ戻った。


「へっ。俺たちもお忘れなく」


蓮は軽口を叩くと男にニヤリと笑う。

その瞬間。


「GO!」


奏が叫んだ。


「イルマイル!」


「フレーミア!」


大気が震え、空中に巨大な火球が生まれる。

直後、茜が放った水が轟音とともに火球へ叩きつけられ、白い霧が爆ぜるように広がった。


「……煙幕か。逃げるつもりか?」


男の冷たい声を背に、五人は優を抱えて出口へ駆けた。


外へ飛び出した瞬間、闇に潜んでいた無数の矢が雨のように降り注ぐ。


「タナージェ!」


鈴奈の叫びに応じ、タナージュがニヤリと笑い指を鳴らす。


土の壁が咄嗟に立ち上がり、五人を包み込んだ。


だが。


「それで防げたと思ったか?」


男が杖で地を「コン」と叩いた瞬間、

五人の体は一斉に硬直し、そのまま床へ崩れ落ちた。


「ふっ。厄介な連中め。⋯やれ」


男の声に応じて、死んだはずの巨大なオオカミが蘇り、低い唸り声をあげながら5人へ飛びかかる。

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