アナイキ⑬
第29話 朝日の中の道
「我と契約しないか?」
「契約?」
「そうだ。お前の名前とお前の一部を差し出し、我の名前を呼べ。そうすればお前たちを助けよう」
鈴奈は片頬をあげ腕を抑えながら立ち上がる 。
「片腕とか心臓とかわたせって?」
「いや、血の一滴、髪でいい」
その時、沙綾香の横から蔦人間の蔦がのびる。
「危ない!」
鈴奈と沙綾香の目の前に蔦が迫った時、土の壁が現れそのそばには1人の黄土色に蔦が描かれたローブを羽織った青年が立っていた。
「さぁどうする?二度は助けないぞ」
目を白黒させていた鈴奈は無言で近くにあったランプのガラスの破片で親指を切った。ポタリポタリと血を垂らしながらニヤリと笑みを浮かべ
た。
「タナージェ。上野鈴奈の名のもとに契約よ」
「承知」
タナージェはその場に跪くとニヤリと笑い顔を上げパチンと指を鳴らした。
すると、まるで穴から這い上がるように何もない土からゴーレムが現れた。
タナージェはゴーレムを見るとニヤリと笑い鈴奈を見る。そして手を前に置き仰々しくお辞儀をし鈴奈を見ると不敵な笑みを浮かべた。
「命令を」
「アイツらの排除を」
「承った」
タナージェはパチンと再び指を鳴らすと、ゴーレムはのそりのそりと地面を踏み鳴らしながら近づきその大きな手で蔦人間を掴みあげると、まるで紙を引きちぎるかのように真っ二つにし放り投げると、また別の蔦人間を捕まえ、同じように頭と体を真っ二つに引きちぎった。
「こーゆーのをちぎっちゃ投げって言うんだろなぁ」
鈴奈が呆気にとられていると「っ!」と小さく呻く声がし、体を起こす気配がした。
鈴奈が振り返ると、奏がゆっくりと体を起こし頭に手を当てていた。
「よかった。大丈…夫じゃないか」
腕から血を流す奏を見ると鈴奈は自分の服の袖を破った。
「服まくって」
奏が服の袖をまくると鈴奈は慣れた手つきで奏の腕を止血をした。
「ありがとうございます。…手馴れていますね」
「まぁ、よく木にのぼって落ちるバカの相手をしてたからね」
「あぁ、なるほど」
何かを察した奏は苦笑いをし、スーッと暴れ回っているゴーレムに視線を向けた。
「で、なんです…あれ」
「あー」
そう言い鈴奈も手を止め猛威を振るっているゴーレムに視線を向ける。
「新しい…傭兵?」
奏は何を言ってるんだという表情をすると「はい?」と聞き返した。
「まぁ、あれはほっといて大丈夫だから」
そう言うと鈴奈は苦笑いを浮かべた。
奏はジッとゴーレムを見たあとに鈴奈に視線を戻し
「…先輩が魔法で出したんですか?」
「んーまぁ、正確にはあたしではないけど、まぁそんな感じかな。よし、できた」
「ありがとうございます。そうしたら先輩、みんなを馬車に運ぶの手伝ってください」
奏は立ち上がると倒れている茜に近づき腕を回し立とうとした。
「いいけど、どーすんの?」
鈴奈も茜に肩を貸し馬車に運ぶ。
「どうするって逃げるんですよ」
呆れたような表情を奏は鈴奈にむけた。
「この状況でどうやって?」
「先輩、まだ魔法使えますか?」
「んー」
鈴奈はチラリとタナージェに視線を送る。
「まぁあと数回ならいけるだろう」
「あと数回はいけるって」
鈴奈の返答に奏はホッとしたような表情をした。
「よかった。おっも!お前は起きろよ」
蓮を足で小突く奏に鈴奈は苦笑いをする。
「こーら、蹴らない。で、何か考えがあるの?」
「はい。アイツらの頭上に道つくって突破しようと思ってますが、できますか?」
鈴奈が視線をよこすとタナージェはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「余裕だ」
「行けるって」
「よかったです」
奏はニヤッと笑うと蓮を馬車に乱暴に入れる。
「そんな乱暴に。なんでそんなあんたたちは仲悪いんさ」
沙綾香を馬車の中に寝かせながら少し困ったように尋ねる鈴奈にふんと鼻を鳴らすと奏は手網を手に取る。
「さぁ。あいつが食ってかかるからですよ。そんなのどうでもいいんです。合図したらアイツらの頭上に道をつくってください。いきますよ!」
そう言うと奏は鞭を靡かせた。
馬車はガタガタと荒っぽい音を立てながらスピードをあげ目の前に立ちはだかる蔦人間たちに向かって行った。
蔦人間が迫ったその時
「いまだ!」
「タナージェ!」
鈴奈は奏の合図と同時に精霊の名前を呼んだ。
パチンと音と共に地面が盛り上がり蔦人間の頭上に馬車1台が通れるほどの道ができた。
「よし。捕まっててくださいよ!」
奏が鞭を打つと馬車はスピードを増して行き、蔦人間の頭上を通る道を走って行く。
「よし!」
「やった!」
2人が歓喜した時、パシュンという乾いた音がしガタガタと馬車が揺れた。
驚く鈴奈の目の前で傾いた馬車がズルズルと茜の体を動かす。
「茜!」
「っと!」
鈴奈が悲鳴に似た声をあげた時、外に放り投げられそうだった茜の胸ぐらを蓮が掴みグイッと馬車の中に引き込んだ。
「タナージェ!」
ホッとした鈴奈が叫んだ瞬間、車輪を攻撃されバランスを失いかけた馬車を支えるように土の壁が現れた。
馬車はそのまま地面に着地し走り抜ける。
「まきましたか?」
「いや、まだいる」
後ろの布をめくり外を見た蓮が言うと奏は顔を顰めた。
その時、東の空が薄ら白みはじめた。すると、飛行部隊はクルリと向きを変え北の空に消えていった。
「なんか行ったみたいだぞ」
蓮は空を見上げたまま言った。
「よかった……」
ホッとした瞬間、グランと鈴奈の視界が傾き倒れ込んだ。
「っと。大丈夫っすか?」
蓮が支えた鈴奈の顔を見ると、どこか脂汗を浮かべ苦笑いを浮かべていた。
「大丈夫……って言いたいけどちょっとキツイかな」
「先輩は休んでください」
蓮はそっと鈴奈を席に座らせた。
「…ごめん。ちょっとそう… させてもらおうかな」
そう言うと目を閉じ、しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。
それを確認すると蓮はそっと立ち上がり馬車の前に行き奏の横に座った。
「かわる。お前も休め。文句は受けつけないからな」
奏は何か言いたげに蓮に視線を送るが肩をすくめ立ち上がった。
「……ありがとう」
「ん」
奏は短い蓮の返事を聞くとそのまま後ろに行った。
ズキンと蓮の頭に痛みが走り顔を歪めるが無言で手網を握る蓮をまだ薄い朝日が照らし出す。
太陽が静かに空にのぼった頃に街の門の前に着いた。
「止まれ。入国許可証」
門番の言葉に蓮は顔を顰めた。
「入国許可証…悪いがそんな物はない。でも、俺たちはどっかの部隊にいるロアークさんとラゾートさんって人の知り合いで」
すると門番は驚いた顔をした。
「お前、なぜ隊長の名前を。ならば余計に合わせるわけにいかない」
「頼む!ロアークさんか、ラゾートさんに会わないと行けないんだ」
縋るように蓮は門番にしがみついた時、グラりと視界が回りその場に倒れ込んだ。
「おい!大丈夫か?!おい!」
「頼…む」
その言葉を最後に蓮の目の前に黒い幕がおりるように見えなくなる。




