アナイキ ③
第18話 夢
優は、音も暑さも寒さもないただ、真っ暗な空間が前にも後ろにも果てしなく広がる空間にポツリと立っていた。
(ここは…どこ?)
辺りを見回そうとするが、体は金縛りにあったようにピクリとも動かない。
その時、暗がりからピチャン、ピチャンと音がする。
(ん?水が落ちる音?)
首だけ動かし音の元を探すが、辺りは真っ暗で何も見えない。
「…ロ。…ガ………。…チ…」
暗闇からした話し声に優を一瞬で血が逆流するような恐怖が襲った。
(ダメだ!この声を聞いちゃダメだ!)
耳を塞ぎたくても指1本動かない。
「…チ…。ワ……ニ、……ロ」
(ダメだ!あれは聞いたらダメだ!)
暗闇の中、何度も声が繰り返される。
恐怖に優は目をギュッと閉じた。
「助けて!」
声にならない叫び声で優は飛び起きた。
「夢?」
肩で激しく息をしながらまるで自分に言い聞かせるように呟く。
(前より声…近くなってる気がする。…気のせい?)
優は自分の前髪をグッと掴んだ。
「何なんだよ、もぉ」
吐き出すように言うと再び横になるが、到底寝る気になれず優はこっそり窓に近づいた。そして、窓の外にある木にヒョイとうつり、枝に足をかけながらのぼっていく。
「そんなことをして。落ちたらどうするのだ」
ふわりと姿を見せた風妃が呆れた声で言いながら優に手を伸ばした。
「大丈夫だよ。だってその時は風妃が助けてくれるでしょ」
優はニコッと笑みを浮かべる。
「またそんなことを言って」
困り顔の風妃に微笑むと優は、スルスルと木をのぼり家の屋根の上にあがった。
「うわぁ、星がやばい」
その場に座り空を仰ぎ見ると、銀砂を散りばめたような星夜が空に広がっていた。
「すごくない?風妃」
「そうだな」
無邪気に目を丸くし空を見上げる優の横に風妃は苦笑いを浮かべながら立った。
「ったく。よくこんなとこのぼれんなっ」
その声に驚き振り返ると、茜がひょっこり顔を出した。
「大塚さん?!」
「あぁ?…いいから手をかせ」
大慌ての優に屋根の上に引っ張りあげられた茜は一息をつくと優を見た。
「お前ぇ、まだ熱あるんだろ。こんなとこいたら悪化するぞ」
指さし怒る茜に優は苦笑いを浮かべた。
「あはは。ちょっと気分転換に夜風に当たりに来たの。大つ…茜さんは?もしかして起こしちゃった?ごめ…痛っ!」
ペチンと茜は優のおでこを指で弾くと、ムッとした顔で優を見た。
「ちげぇーよ。勝手に目が覚めたんだよ。謝んな」
「う…うん」
おでこを擦り優は茜の隣に座った。
「あのさぁ」
優はそう言うと一瞬黙り、また口を開いた。
「なんで…白羅さんたちが味方って思うの?もしかしたらまた…」
村のことを思い出し、優は顔を顰めた。
「…信じられないかも知れないが」
そう言い茜は困ったような顔をすると話を続けた。
「夢を…見たんだ」
「夢?」
茜は頭に手を当て一つ頷くと話を続けた。
「なんか草原みたいなとこで、金髪の男に自分たちのせいで怖い思いをさせてしまったから、そのお詫びに私の知り合いを頼るといいって。で、その人たちの体には黒い羽の痣があるって。んで、起きて白羅さんたちに確認したらあった」
「なるほどね。そっかぁ」
軽く答える優にびっくりした顔で茜は優を見つめる。
「信じるのか?俺の話?!」
「だって嘘つく必要ないし」
優は少し困ったように笑う。
「いや、そりゃそーだけど。そもそも夢の男だって信用できるかわからないんだぞ」
「それ言ったらおしまいじゃん。でも、信じないと馬場くんも茜さんもを助けられなかったんだし。結果オーライだよ」
優はニッと茜に笑った。
「いや、まぁそうだけど…ってかお前もな」
茜は優の胸をトンと指でついた。
「だね。…夢かぁ」
笑うと優は空を見上げ呟いた。
「ん?」
「いやね」
優は何とも言えない顔をすると、少し困ったように茜を見た。
「私も変な夢を見ちゃってさ。それで起きちゃった」
えへへと優は頭に手を置く。
「どんな夢だよ?言ったら怖くなくなるかもしんねぇぞ」
茜はいたずらっぽくニヤリと笑う。
「真っ暗な空間で誰かの…話し声がするんだ。はじめは遠くで「なんか聞こえるなぁ」程度だったんだけど…」
「ん?どうした?」
「いや…」
少し、黙ると優はポツリと言った。
「変なこと言うんだけど…近づいてきてる気がするんだよねぇ」
顔を顰め黙ってる茜に優は慌てて手を振った。
「ごめん、変なこと言って。気にしないで」
「いや…」
「誰かいるのか?」
茜の声と被せるように、陽羅の声がした。
「やべっ」
「誰だ?!」
2人は顔を見合せると、コソコソと木をおり部屋に入る。そして顔を見合わせクスクスと笑い出した。
「なぁに?どうした?」
「あ、ごめん。なんでもない」
優は振り返り眠そうに聞いてきた鈴奈に笑いをこらえながら答え、再びクスクスと笑いだした。
「そぉ?早く寝なよ?」
「うん」
優の返答を聞くと鈴奈は、首を傾げ再び掛け布団を被り直した。
はぁと息を吐くと茜は優を見た。
「寝るか」
「だね」
やっと笑いが収まった優は短く言うと微笑んだ。
「んじゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
茜がベッドに潜り込むのを見送り、優もベッドに入った。そして、今度は夢を見ることなく眠りに落ちた。




