アナイキ ②
第17話 帰る方法
次の日
「本当に一人で大丈夫?」
沙綾香は優の両手をギュッと握り心配そうに見つめる。
「だーいじょうぶ、大丈夫だから。 白羅さんもいるし」
優は苦笑いを浮かべると、優しく沙綾香の手をポンポンと叩いた。
「オイラも診察が終わったらすぐに戻るから」
申し訳なさそうに優を見ながら白羅は言った。
「やっぱりあたしが残ろうか?」
「情報屋と図書館に行くならそんな人数いらねぇだろ。なら俺が残るよ」
鈴奈と茜のやりとりに優は困ったように笑みを浮かべた。
「もー!みんな過保護!だいじょーぶ!ほら、行った行った!」
優はみんなの背中を代わる代わる玄関まで押して行った。
「んじゃぁ、おとなしくしてろ!いいな!」
「もー!わかったから」
腰に手を当て言う茜に優は苦く笑う。
後ろ髪引かれるように振り返り振り返り歩いて行く沙綾香に手を振る。
(久しぶりだなぁ。こんな心配してもらうの)
「最後に心配されたのはいつだっけ」などと思いを巡らせながら優は家の中に入った。
「といってもなぁ、ゆっくりしてるのもなんか申し訳ないんだよなぁ」
優は呟くと頭に手を当てた。
「…洗い物とかするかな」
優は台所に行くと腕まくりをし、洗い物をはじめた。
カタンカタンと食器が軽く当たる音と鼻歌が混じる。
その時、ドクン!とまたあの時のように心臓が高鳴る。そして、締めつけるような痛みが襲い優はその場にしゃがみ込んだ。
(こんな時に!)
10分…数十時間にも感じた痛みが去ると優は、シンクに背を預けた。
(やっと…終わった)
そう思いながら浅く早く息をしそのまま意識を手放した。
真っ暗な空間に優は立っていた。
遠くからコソコソと話し声が聞こえてくる。
(なんだろ…)
その声に優が集中した時、言いようもない恐怖を覚えた。
(ダメだ!あれはダメだ!)
逃げようと体を捻るが、まるで何かの術にかけられたように体が動かない。
(動いて!動いて!)
足掻いていると優の前から声がした。
「…ぱい!先輩!」
重い瞼を上げると、蓮がいつものようにクールな表情ではなく、焦ったような表情を浮かべ優を覗きこんでいた。
(そうだった。家にいるの…私1人じゃなかった)
そう思いながら優はゆっくり体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「うん…大丈…夫。もう大丈夫」
心配そうな蓮から床に視線を落とした。
「あーあ、コップ割っちゃった」
そう言い優は破片を拾いはじめた。
「あのさぁ」
優は無言で手伝いはじめた蓮におもむろに話しかけた。
「私が倒れたこと、内緒にしてくれる?」
「なんで?」
拾いながら蓮は質問の意図を図りかねぬように短く返した。
「だってみんなに心配かけちゃうじゃん」
優はまた苦笑いを浮かべたが、すぐに真顔になった。
(違う。話して足でまといって思われるのが…それで捨てられるのが怖い…)
優がくっと唇を噛み締めた時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまぁ」
「あっ、おかえりー」
鈴奈の声に返事をすると視線を割れたコップに向ける。
「ヤバッ、証拠隠滅できてない」
そう小声で言うと蓮を見て笑う。
「いや、コップが1つ減ってる時点でバレますよ」
「だよねぇ。白羅さんに謝らないと。いるかな」
フラフラと立ち上がると優はズキンと痛む頭に手を当て、キッチンを出た。
「おかえりーみんな。白羅さん、すみません洗い物してたら手を滑らせてコップ、あっ、えっと水を飲む器割っちゃっいました」
何事もなかったように白羅に近づき優は申し訳なさそうに言った。
「それは全然かまわないけど、怪我はしてないかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「怪我がないならよかった」
優が小さな声で「ごめんなさい」と謝った時、蓮がキッチンから出てくる。
「一応、欠片は調理台の上にのせておきましたから」
その声に白羅と優は振り返った。
「あっ、ありがとう」
「ごめんね、残りやらせちゃって」
「いや」と短く言うと蓮は、テーブルの横にあった椅子にドカッと座った。
「よし。全員揃っているなら情報共有をしよう」
優を寝室まで運んでくれた男性がパンと手を叩くと、全員が適当な場所に腰を落ち着かせる。
「まず寝ていた馬場くんに説明するなら、情報屋からうちらが帰る方法がないか、もしくは知ってそうな人はいないか聞く班と、この街にある図書館で何か手がかりがないか調べる班に分かれて探っていたのよ」
鈴奈が説明すると「なるほどな」と言い、うなづいた。
「で、情報屋では何も情報はなかったな」
茜は頭に手をあて申し訳なさそうに言った。
「それなら図書館もかなぁ。それっぽい絵本や小説?は見つけたけど、文献みたいなのはなかったわ。もっと詳しい物が欲しいなら聖都の図書館に行かないとないとは思うって司書さんが。…ただ」
「ただ?」
鈴奈は首を傾げた。
「司書さんが、もしかしたらバッジャーって方なら何かわかるかもって仰ってました」
「何者なんだ?そのバッ…ジャーって」
少年が不思議そうに聞いた。
「なんでも、そうゆう非現実的な話を集めている方らしくて」
「非現実的ねぇ」
苦虫を噛み潰したような顔をする蓮に優は苦笑いし、「まぁまぁ」
と手をパタパタと振った。
「で、そのバッジャーさんはどこにいらっしゃるんですか?」
奏の問に沙綾香は首を横に傾げた。
「それが聖都にいるってことしかわからないらしくて」
「なら、図書館にいかないといけないし丁度いいな。聖都で聞いてみるか」
パチンと茜は指を鳴らした。
「よし、方針は決まったね。ただ、ちょっと仕事が入ってしまったから、行くのはそれが済んでからでもいいかい?」
そう言うと大人たちは顔を見合わせた。
「わかりました。みんなもいい?」
鈴奈に問われ5人はコクリと頭を下げた。
その時、グーとどこからか情けない音がした。
「てか、今日は走り回ったから腹減った。陽羅、なんか作ってくれよぉ」
少年はお腹を抑え、陽羅と呼ばれた男性を見た。
「お前は図書館でほぼ寝てただろ」
呆れたように言う陽羅と何か言おうとする少年の間に青年が割って入った。
「まぁまぁ。だとしてもお腹は空きましたね。お願いできませんか?」
「はぁ」とため息をつくと陽羅は腕をまくった。
「仕方ない。白羅、台所借りるぞ」
「うん」
「朔羅、手伝ってくれるか?」
「はい」
朔羅と呼ばれた青年と共に陽羅はキッチンに歩いて行った。
ズキンと頭の芯が半鐘のようになる。
「ごめん、ちょっと頭の中整理するため部屋にいていい?」
「もちろん」
微笑む沙綾香に優はぎこちなく笑う。
「ごめん。何か手伝うことがあったら呼んで」
立ち上がろうとして一瞬、目の前が回り、体が傾きそうになる。
壁に手をつきどうにか堪え、平然を装いながら上がる息で優は、またあの寒気と体を燃やすような暑さに襲われながら部屋に向かった。
部屋に入りベッドに倒れこむと優はそのまま意識を失うように眠った。




