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灯火の指輪

 マウロの家には似つかわしくない物が一つある。それは死んだ祖父が戦争から持ち帰ったもので、いつも一点向けて光を放つ指輪だった。マウロは小さい時からその指輪の光が何を指しているのか気になっていたが、他の家族は全く興味を示さなかった。


 マウロが十六歳になった時、父と母が相次いで死んだ。流行病だった。財産は二人の兄とマウロで分けることになったが、上の兄が畑と家を、下の兄が家畜と風車を取り、マウロには何一つ残らなかった。あまりに不憫だと、上の兄が何でも一つ持って行って良いと言うと、マウロはあの指輪が欲しいと言った。指輪に興味の無い兄は喜んで指輪と少しの金と食糧を渡し、弟を家から追い出した。


 マウロは迷わなかった。

 いつか自由とこの指輪を手に入れたら、きっとこの光が差す先を確かめようと決めていたから。



 幾日も幾日も、マウロは歩き続けた。

 何日目かもわからなくなった夜、突然フクロウが話しかけてきた。


「おや、珍しい物を持ってるね」


「こんばんは、これが何だか知ってるかい?」


「よく知らんね。でも似たようなのなら見たことがあるような気がするな。ずいぶん昔に吟遊詩人が着けていたよ」


 言うとフクロウは暗闇の中へ去って行った。

 マウロはまた旅を続けた。


 それからまた、幾日も幾日もマウロは歩き続けた。

 いくつ目の川を越えたかもわからなくなった川原で、突然トカゲが話しかけてきた。


「おや、珍しい物を持っているね」


「こんばんは、これが何だか知ってるかい?」


「よく知らないね。でも似たようなのなら見たことがあるよ。ニンゲンが作ったのには間違いない」


 言うが早いか、トカゲは急降下してきた鳥に連れ去られてしまった。

 マウロはまた旅を続けた。


 それからまた、幾日も幾日もマウロは歩き続けた。

 海岸線を歩き続け、何回潮が満ちたのか分からなくなった朝、突然魚が話しかけてきた。


「おや、珍しい物を持っているね」


「こんばんは、これが何だか知ってるかい?」


「よく知らないね。でも似たようなのなら見たことがあるよ。海の魔女がうっとり眺めてたんだ」


言うが早いか魚は波に乗って行ってしまった。

マウロはまた旅を続けた。


 山を越え、谷を越え、川を渡り、草原を横切り、沼地を歩き、崖を登って、マウロは進み続けた。もう旅が始まって、どのくらいの年月が流れたか分からなくなった頃、とうとうマウロは一軒の家の前にたどり着いた。マウロの行く手を家が遮ったのは初めてだった。


 マウロは恐る恐るドアを叩いた。


「いるよ、お入り」


 すぐに中から老婆の声がした。マウロは恐る恐るドアを開けた。


「今日は早かったじゃないの。――何だい、マーシャじゃないんかい」


 老婆は糸を紡ぐ手を止め、驚いたようにマウロを見た。


「こんにちは、おばあさん」


「何の用だか知らないが、まあいいよ、お入り」


 家に招き入れられ、久しぶりのお茶を御馳走になる。指輪の光はずっと部屋の一点を指していた。老婆は目ざとくマウロの指輪を見つける。


「おや、懐かしい物を持っているね」


「これが何だか知っているのですか?」


「ああ、私も似たような物を持っているよ。遠い昔、友人に作ってもらってね、結婚のお祝いにって……あれに本当に似ているよ」


 初めての有力な情報にマウロの心臓は高鳴った。


「私の夫はね、まあ普通の農夫だったんだけど、農閑期には戦争に行ってね……同じものを着けていたんだよ。私の指輪と」


 老婆は立ち上がり、戸棚の中をガタガタ探した。


「そうそう、これこれ、懐かしいねぇ。あの人が亡くなってから、ずいぶん長い間しまいっぱなしだったけど」


 マウロは自分の指輪を見た。光は真っすぐ光を失っている老婆の指輪を指していた。


「私の指輪、おばあさんのを指しているようですね」


 老婆は黙って指輪をはめる。指先が震えるのは、年のせいだけではないようであった。老婆の細指に収まった指輪は光を放ち、まっすぐにマウロの指輪を指した。老婆は目を見開き、声にならない声をあげ、顔を手で覆った。


「おまえさん、それをどこで」


 しばらくして、絞り出すように老婆が聞いてきた。


「祖父が……。戦争から持ち帰りました。祖父は何も語らないまま、私が小さい時に亡くなりました」


「そうかい、そうかい」


 老婆は目頭を押さえる。


「わかってるよ。おまえさんが悪く思う事じゃないよ。戦争はね、そういうものなんだよ。その指輪は、私と夫が結婚した時、友人が作ってくれた物でね、友人は名の有る指輪職人だったがこれを贈ってくれてね。こんな時代だから、お互いを見失うこともあるだろうって、でもこの指輪があれば、お互いを指し続けて世界中どこでも見つけ出せるからって」


「…………」


「夫が戦死したって連絡を受けた時、指輪がひとりでに抜け落ちたんだ。何度はめても抜け落ちてね。次第に光も弱くなっていったよ。結局、夫も指輪も二度と帰ってこなかった」


「おばあさん、指輪、お返ししますよ」


 マウロはたまらなくなって、指輪を指から引き抜こうとした。しかしどうしても抜けなかった。


「おかしいな、そんなにきつくないはずなのに」


「良いんだよ。指輪がおまえさんを選んだんだ。用がなくなれば抜ける。そういうものさ」


老婆は悲しげに自分の指から指輪を抜いた。



「おばあちゃん、遅くなったわね。あら、お客さん? こんにちは」


 突然ドアが開いて、マウロと同じくらいの年頃の娘が入ってきた。


「おや、いらっしゃい、マーシャ」


 老婆は笑顔を作り、現れた娘を迎え入れる。娘はというと、老婆が机に置いた指輪を目ざとく見つけ、


「あら、素敵な指輪ね。おばあちゃん、こんないい物持っていたの?」


「年頃になったらあげようと思っていたんだよ。ちょうどいい、はめてごらん」


 娘は机の上にあった指輪に手を伸ばすと、あっさりと指にはめてしまった。指輪は指から抜け落ちず、光を紡いだ。


「まあ素敵。おばあちゃん、これ、もらっても良いのかしら」


 少女は手をかざして指輪を眺めた。その先には同じ指輪をした青年がいた。光はお互いを指していた。




 数ヵ月後、マウロとマーシャの婚礼が行われた。マウロの旅は目的地に辿り着いてしまったし、マーシャは近くの村に良い相手もいなかったので、老婆こと、マーシャの祖母ノーナが勧めたのである。

 孫娘の花嫁姿を見てノーナは涙ぐんだ。若かりし頃の友の声が思い出される。


『ノーナ、結婚おめでとう。これ、二人のために作ったの。こんな時代だから、いつ離れ離れになるかわからないでしょ。これがあればお互いを見つけ出せるわ。幸せになってね。』


 ああ、レリシア。私は時代に勝てず、あの人と添い遂げることはできなかった。でも、あなたもこの子たちを見守ってほしい。今度こそ、この指輪たちが添い遂げられますように、と


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