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竜の指輪

 エル・カーナ山に住み着く黒竜は、指輪をひとつ所有している。

 かつてこの山の鉱石を求めて来た指輪職人の女に、山に立ち入ることを許す代わりに指輪を求めた。それが、その指輪だという。

 黒竜は指輪をはめられる指は持たないが、その指輪の持つ力を理解する眼を持っていた。

 高貴の象徴たる金剛石、その中でも希少な、黒い金剛石の指輪。黒竜は一目見ただけで全てを理解した。指輪職人の女の持つ技量の高さと、この指輪の持つ力を。

 故に黒竜はその指輪を喧伝した。指輪が認めたならば、その所有者として貸し与えても良い、と。指輪は強大な力と栄光をもたらす、と。


 村一番の力持ちが指輪を求めてやってきた。黒竜の威圧に震えながらも指輪をはめた彼の指は、根元から腐り落ちた。彼は指輪に認められなかった。

 彼は村に戻り、力持ちではなく、ただの牛飼いとして一生を過ごした。


 剛毅な傭兵が指輪を求めてやってきた。自身の背と同じ長さの剣を振るう剛腕無双の戦士だ。

 彼は指輪に認められ、黒竜もそれを貸し与えることに頷いた。戦士は黒竜の姿に少しも驚く様子を見せず、安い賛辞を嫌う黒竜はそのような態度を好んでいた。

 男は戦場で無数の敵を屠り、血染めの狂戦士として味方からは畏怖され、敵からは恐怖となった。弓矢は当たらず、傷は一瞬で塞がり、疲れ知らず。指輪は凄まじい力を男にもたらした。

 その最期はあまりにもあっけないものだった。情婦として潜り込んだ暗殺者によって毒を盛られた彼は、寝床から二度と起き上がることは無かった。

 指輪は気付くと黒竜の下へ戻っていた。


 街の富豪が指輪を求めてやってきた。数十人もの護衛を引き連れ、黒竜におべっかを使う彼の態度が気に入らず、黒竜は彼を吐息で炭になるまで焼いてしまった。

 護衛たちは一斉に逃げ出し、誰も指輪を求めようとはしなかった。


 皮の鎧を着込んだエルフが指輪を求めてやってきた。使い込まれた弓を担いだ鋭い目の射手だ。

 彼は指輪に認められ、黒竜もそれを貸し与えることに頷いた。射手は黒竜に礼を尽くし、誇り高い黒竜はそのような態度を好んでいた。

 射手は森の守護者として幾多の敵の侵攻を止め、百発百中の狙撃は仲間の信頼を得ていた。鮮明な視界、毒も傷も受けない体。指輪は凄まじい力を射手にもたらした。

 その最期は部族の伝説として語り継がれることになった。悪鬼の如き魔獣との三日三晩の戦いの末、相討ちとなって血だまりに横たわった。

 指輪は気付くと黒竜の下へ戻っていた。


 ゴブリンが指輪を求めてやってきた。仲間から馬鹿にされたことを見返そうとここまで来た彼を黒竜は、ここまで一人で来れたことこそを誇りとせよ、と諭してやった。

 ゴブリンは指輪が自分には必要ないことを理解し、立ち去って行った。


 豪奢な鎧の王族が指輪を求めてやってきた。名高き聖剣を担い、尊き血を受け継ぐ騎士だ。

 彼は指輪に認められ、黒竜もそれを貸し与えることに頷いた。騎士は黒竜の威にも一歩も引かず、強き者を望む黒竜はそのような態度を好んでいた。

 騎士は竜の持つ指輪に認められた者として、王位の後継者に選ばれた。指輪は彼に忠誠を誓う騎士や戦士たち全員に凄まじい力をもたらした。

 その最期は哀しい結末に終わった。王妃の裏切りによって騎士は指輪を奪われ、毒針から娘をかばって死んだ。

 指輪は気付くと黒竜の下へ戻っていた。


 しがないコソ泥が指輪を求めてやってきた。彼は指輪を盗もうとして、黒竜に頭から喰われた。

 しがないコソ泥はしがないまま死んだ。



 年老いた気配を漂わせる賢者が指輪を求めてやってきた。果てしない叡智を求めて旅をする魔術師だ。

 彼は指輪に認められ、黒竜もそれを貸し与えることに頷いた。魔術師は素晴らしい知恵によって黒竜を説得し、賢き者に興味を持つ黒竜はそのような態度を好んでいた。

 魔術師は各地で多くの魔術師たちと交流を持ち、多くの魔術師と敵対し、多くの魔術師の研究を手伝った。不思議と指輪は力をもたらさず、代わりに魔術師にささやかなひらめきを与えた。

 その最期は謀殺によって閉じた。彼の最大の研究の成果が出ようとした時、その成果を邪悪な魔術師にかすめ取られて殺された。

 指輪は気付くと黒竜の下へ戻っていた。

 とあるドワーフの職人が指輪を求めてやってきた。彼は名高き竜の指輪を一目見たいとわざわざここまでやってきたのだという。

 黒竜は指輪を見せてやった。ドワーフはその指輪を決して指にはめようとせず、一日中見つめ続け、黒竜に礼を言って満足そうに帰っていった。


 燃え盛る激情を秘めた剣士が指輪を求めてやってきた。己の友を裏切り、その命を奪った宿敵を追う復讐者だ。

 彼は指輪に認められ、黒竜もそれを貸し与えることに頷いた。復讐者は煮えたぎる感情を抑えるように涙を流しながら指輪を借りることを嘆願し、激情の先を見たい黒竜は小さく頷いた。

 復讐者は仇敵へと立ち向かった。あらゆる傷も、矢も、毒も、呪いも、何もかも彼に触れることは出来なくなった。指輪は凄まじい力を復讐者にもたらした。

 その最期はしかし、仇敵のおそるべき力によって指輪の効力を失い、無念のままに倒れた。

 指輪は気付くと黒竜の下へ戻っていた。



 エル・カーナ山から動こうとしない黒竜は、指輪をひとつ所有している。

 黒竜はその指輪を喧伝し、これを借り受けようとする者が来るのを待っている。

 指輪が所有者を選んだならば、黒竜は喜んでそれを貸し与える。指輪は所有者に力と栄光をもたらす。

 そして指輪の所有者はその名を刻みつける。畏怖を人々に。信頼を家族に。忠誠を配下に。羨望を同輩に。そして絶望を所有者自身に。

 黒竜は待っている。指輪の力を得ようとする者を。それは鮮烈な輝きを持つ者でなければならない。

 黒竜は待っている。この指輪のもたらす結末を。


 一人の少女が指輪を求めてやってきた。質素だが高貴な雰囲気を持つ鎧を纏う、強い意志を瞳に宿す娘だ。

 彼女は言った。父の仇を取りたい、と。

 黒竜は問うた。仇は何者か、と。彼女は答えた。

「王を裏切り、国を自らのものとして独裁を始め、民を苦しめる王妃。邪悪な力を振るい、悪鬼の如き魔獣を使役する魔女。

 ……私の、母です」

 少女は、腰に差した剣の柄を握る。その手は震えを隠すように、強く。

「いいだろう」

 竜は、指輪を少女に渡す。

「試してみるがいい。指輪が選んだならば、その指は腐らずに済む。そして貴様に力を与えるだろう。────貴様が想像する以上の力を」

 少女は指輪に指を通す。一瞬だけためらって、しかしぴたりとはまった黒金剛石の指輪は、その指を腐り落とさなかった。

 指輪から流れ出る力にとまどう少女。竜は笑みを堪えて言う。

「指輪は貴様を選んだか。ならばその指輪は、貴様の命が枯れ落ちるその時まで貴様のものとなるだろう」

 そう。その鮮烈な物語の結末を迎えるまでは。

 幕の引き方は決まっている。何故なら、指輪の真の所有者は、黒竜なのだから。

 指輪はすさまじい力を与える。そう、竜に匹敵するような。

「母を打ち倒し、父の仇をとったその時は、この指輪をお返しします」

 少女はそう告げて、踵を返す。その背中を眺め、竜は笑う。この娘は知らないのだ。

 己が竜から生まれた、半竜の娘だということを。

 そしてその指輪は物語の幕引きに彼女を裏切り、結末を迎えるのだろう。指輪のもたらす力を失った英雄は無残にも倒れ朽ち果てるのだ。

 竜は嘲笑う。エル・カーナ山の頂上に横たわりながら。王妃として国の玉座に坐しながら。

 さぁ、見せてみろ、貴様の物語を。私はそれを喰らいつくし、楽しむのだ。この長い永い生のいとまを潰すために。

 黒竜はそう心の中で呟いて、一度振り返った娘を眺める。


 ここから少女の旅が始まる。その指から、黒金剛石の指輪から、莫大な力が流れ込むのを感じながら。

 少女は一度振り返る。黒竜はいまだにこちらを見ている。竜は知らないのだろう、血の繋がりというものの確かさを。

 ────いずれ、あなたを打ち倒しましょう、黒竜。私の母よ。その骸の上にこの指輪を返してやる。

 今度こそ山を下りていく少女の背中を、黒竜はいつまでも見続けていた。


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