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エヴェリーナ商会の指輪たち(Amateria/じょーもん)  作者: じょーもん


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架空の指輪

 エヴェリーナ商会がこの世に送り出した指輪は、どれもこれも不思議な出来事を引き起こす指輪だったが、その中でも長年その存在が架空の物と呼ばれている指輪があった。


 ルチア・アンニカ・エヴェリーナ。エヴェリーナ姉妹の妹が最初期に作り出した傑作と謳われる指輪である。


 -第三次旧デイフロスト村発掘調査報告会資料より-

 本項においては、B区土坑群の35号土坑より発掘された10号人骨とその副葬品についての報告と考察を行う。

 B区は村の北側に位置し、調査区南側からは教会跡も発掘されていることからこの土坑群は村の墓地と考えられる。35号土坑は土坑群のほぼ中央に位置する。残念ながら上部構造は残存していなかった。

 被葬者である10号人骨はあまり保存状態は良くないものの、成人女性で死亡時は40~50歳であったことが分析から明らかになった。身長は当時の女性としては平均的な数値である。妊娠・出産の形跡はない。頭・肩・腰、脚部の骨に刀剣による切傷があり、胸部からは鉄鏃も出土している。このことからこの女性は戦闘による犠牲者と考えられる。また、切傷に治癒の痕跡が認められる事から、負傷後数日から数週間生存していたことが窺える。

 副葬品は金と象牙製の竪琴、金で装飾された長弓、左手薬指に草製の指輪を装着した状態で埋葬されていた。

 木棺の残存部と思われる木片から、放射性炭素年代測定を行ったところ、七十年戦争の頃であり、副葬品の長弓とも形式年代が一致した。

 副葬品の竪琴には金の象嵌でクレイ王国の国王「ランベルトⅡ世」の名が刻まれている。

 指輪は草製で、有機遺物の残存状況の良くない中で驚異的な保存状態にある。現在も常温の空気中での保存が可能で、みずみずしい色を留めているだけでなく、小さいながらも新たな花を咲かせ始めている。

 少ない手掛かりではあるものの、これらの副葬品から被葬者の候補として歴史上の人物を一人、候補としてあげることができる。

 七十年戦争の初期に活躍し、長らく架空の人物ではないかと言われていた、「マリー・フェイデン」。通称「春の魔女」である。

 「春の魔女」の名はヴェンツェル・L・トゥーナの『七十年戦争』に見ることができ、本書の中でも「春の魔女」は人気のある登場人物の一人である。春の魔女はクレイ王国の城下の出身で、その才を見出したのはランベルトⅡ世とある。また彼女は草で編んだ指輪を常に着け、指輪は常に春をもたらした。この指輪は、伝承ではエヴェリーナ商会のルチア・エヴェリーナの作と伝えられているが、『七十年戦争』には指輪を得る描写はないため真偽は不明である。戦争に身を投じた後は長弓の名手として名を馳せた。

 彼女が致命傷を負った戦いは、七十年戦争初期最大の戦い、「アンメルヒルの戦い」である。両軍の死者は1万人を超え、多くの英雄も命を落とした。彼女は戦場でこそ命を落とさなかったものの、重傷で近くの村に運び込まれ、数日後に息を引き取ったという。

 長らく運び込まれた村や、彼女の墓、所持していた指輪や竪琴の行方が分からなかったため、彼女はトゥーナの創作した架空の英雄だと思われていた。

 デイフロスト村がアンメルヒルから数キロしか離れていない事、被葬者の性別、年齢、切傷、副葬品、全てがこの人物が「春の魔女」である事を示しているのではないだろうか。



 フローラ・カー准教授はキーボードを打つ手を止めて、伸びをした。

 この発表は、おそらく学会のみならず、世界中の歴史ファンに衝撃を与えるだろう。あの「春の魔女」が実在の人物で、彼女が持っていた有名な物品たちが、彼女の遺骨と一緒に出てきたのだ。しかも、その中にはかの有名なエヴェリーナ商会最高傑作のひとつ、架空の指輪こと春の指輪もあり、しかも魔法は健在であるのだ。

 フローラはちらりと、保存ケースの中にある指輪を見た。枯れもせずに咲き誇る草の指輪は静かに、けれども確かに息づいていた。

 この指輪が、私に地位を、名声を、全てをもたらしてくれるだろう。それ以上に、小さい時から憧れていた春の魔女と、その指輪が目の前にある。


 指輪をはめてみたい。


 フローラの心にそんな誘惑がよぎった。


 でも、指輪は大切な史料。考古学者としてそんなことは許されない。それに、エヴェリーナ商会の指輪の中には、一度はめたら外れないと言われる指輪も多数ある。


 けれども、手を伸ばせばなんだか指輪が呼んでいる気がする。そっと保存ケースを開けて、とうとう指輪を手に取って、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少女の声が聞こえた気がして、フローラはハッと我に戻った。激しく頭を振って、指輪を元のケースに戻す。


 今の声はなに? マリーって? まさか。フローラは大きく息を吸って、吐いた。寝ぼけていたのだろうか。



 私じゃない。指輪の力が必要なのではなく、指輪の存在が必要なのだ。




 水を一杯飲みほして、またパソコンの前に戻る。そしてフローラは先ほどの文章を締めくくった。



 ほどなく、春の指輪や遺品は地元の博物館で公開され、すぐに国立の大きな博物館に移管された。エヴェリーナ商会の指輪は、存在するもののほとんどが個人蔵で非公開だったからか、たくさんの人々が世界中から指輪を一目見ようと押し寄せた。人々が訪れれば訪れるほど、指輪は豪奢に変化を遂げ、見た者の心にルチア・エヴェリーナの名を刻みつける。

 もう誰も、ルチアを()()()()


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