限界
「おい、何を隠しているのか、そろそろ話してくれないか」
大福が人型で生活し続けて5日目の朝、しびれを切らしたアキラがため息まじりにそう言った。
アキラに座るよう言われて、大福は座卓を挟んでアキラと向き合うようにして座っている。
大福は、まだ気持ちの整理がついていなかった。
作品作りに没頭し、むしろ考えないようにしていた。
現実を受け入れるどころか、人型をたもって抗うことしかできていなかった。そうでもしないと、どうにかなりそうだった。アキラに八つ当たりしそうで怖かった。
大福が返事をしないでいると、アキラが近づいてきて、大福の額に手のひらを当てた。
「お前、もう限界だろ。熱あるんじゃねえのか」
「いいから、ほっといてよ」
大福はアキラの手を払いのけた。自分で思ったよりずっと力が入っておらず、攻撃力はほぼ0に近い。
実際限界だった。施設でも、自分たちで生活し始めてからも、人型になることは少なく、これほど長い間ハムスターにならなかったことなんかなかったのだ。
疲労で体はフラフラで、無理矢理動かしてるために、全身熱っぽかった。
あぐらの姿勢で座り、ひざの上に手を置いていたが、頭が重い。背中をまっすぐ保つのも辛い。視界がグラグラ揺れるのを感じ、アキラに名前を呼ばれたのが聞こえた。
大福の体が前後に揺れはじめ、アキラはあわててその体を支えようとした。しかし、大福の姿は一瞬で消え、洋服の山だけが残された。
洋服を一枚ずつかきわけていくと、ぐったりとした様子のジャンガリアンハムスターが横たわっていた。
アキラはそっと両手ですくいあげると、ハムスターの寝床に運んだ。朝ごはんはさっき食べた。寝かせておくしかないだろう。
なぜ大福はあんなに意地を張っていたのだろう。
アキラはため息をつきながら、大福の服を片付けはじめる。すると、ズボンのポケットから紙切れが落ちたのが見えた。拾い上げると、それは名刺のようだった。
大福が名刺をもらう機会など、バイト先くらいだろうが、どうやらそれとは関係なさそうだ。
アキラは大福が自分の知らないところで、知らないやつと会っていることが気にくわなかった。それになにより大福が体調崩した原因が他に思い当たらなかった。
その日の夕方、大福の体調が少し良くなったのを確認して、アキラは出かけていった。