酔っ払い大福
大福は勢いよくドアを開けて、家に駆けこんだ。
音がしないように、そっとドアを閉める余裕もなかった。
住んでいるところは木造のオンボロアパートなので、うるさいぞ!と怒鳴り声が聞こえてきた。
まだ日は沈んでいない。アキラもいなかった。
そわそわと落ち着かない。
ふかふかの自分の寝床に潜りたい気持ちもあったが、どうしても人型でいたかった。
部屋の中をぐるぐると歩き回ったあと、ソファーに座り込んだ。
ソファーにいつもおいてあるクッションを抱きしめると、アキラのにおいがした。
ぎゅっと抱きしめて、顔をうずめ、思い切り吸い込む。
目頭が熱くなり、強く目を閉じると、クッションが濡れてしまう。
しばらくそうしていた。
気が付くと、日が暮れている。
大福はようやく落ち着いて、これからどうするか考え始めた。
重い病気の余命宣告のように、いきなり死を突き付けられて取り乱してしまったが、時間はある。
自分の歳がいくつなのか正確には分からないが、たぶん10代後半くらいだ。あと、10年以上ある。
たくさんゴロゴロしてきた。普通のハムスター5匹分くらいはもう生きたと思う。
仕事もやっと見つけた。そんなに落ち込むことはない。
大福はそこでやっと今日もらってきたお金のことを思い出した。
夜ご飯に好きなものでも食べようと思い、大福は買い物に出かけた。
「ただいま。うわ」
アキラは家に入るなり、顔をしかめた。部屋の中はアルコールのにおいが充満していた。
「おかえり~」
大福がお酒の入ったコップを掲げて迎え入れてくれる。
大福は座卓の前に座り込み酒を飲んでいた。座卓の上にはまだ手を付けてない総菜が数種類。
そして酒の瓶が3本も置いてある。1本はもう半分以上空いていた。
「今日、はじめて給料もらったんだ~。ご飯買ってきたの。アキラ食べよ~」
大福はへらへらした顔でそう言った。ハムスターは可愛い見た目に反してアルコールに強い。
その顔色に変化はなく、ほろ酔いで気分をよくしているようだった。
「じじいのとこ行ってきたのか?」
「うん」
近所の酒屋さんは、猿の獣人が営んでおり、ひょんなことから二人は店主と知り合って、今までにも何度か家で酒盛りをしたことがあった。
アキラは酒に酔った大福が好きだった。普段は動かさない表情筋をめいいっぱい活用するようになる。大福は笑い上戸だ。
大福が仕事をするのは気持ちの良い事ではないが、こうして好きなものを買ってくるためなら、一緒に酒盛りをするためなら、少しはいいかもしれないと思えた。
「俺が帰ってくるのを待ってたのか、ほら、ご飯もたべろ」
アキラは総菜の蓋を開けて、大福に箸を渡した。
「アキラ~、割って」
大福はすぐにアキラへと箸を突き返した。甘えん坊の姿を見せるのもこんなときくらいだ。
そのあとは、3本目に突入しようとした大福をアキラがとめ、お開きとなった。
座卓の上を片付けていたアキラの腕を大福が掴む。
「猫になって」
とろんとした瞳の上目づかいでおねだりをされて、アキラは思わず固まった。
座卓の上を確認し、明日でいいかと言い訳をするようにつぶやく。
アキラが猫になると、大福は両手で抱えて頬を摺り寄せた。
そのまま、抱き上げてソファーに移動する。そして、アキラを抱きしめたまま気絶するように眠りについたのだった。