施設での生活
二人のいた児童養護施設で獣人の子供たちは、優秀なペットになるべく育てられる。
獣人の子供は獣の姿で生まれ、練習することで人型を楽に保てるようになるが、施設では人型になる時間を極力減らし、人型になることはとても疲れることだと教え込まれた。
人間に選んでもらうために人懐っこく、愛嬌があることと、何度も買ってもらうために長寿であることが求められる。
そのため、蝶よ花よと育てられ、健康管理の仕方、脱出方法、危機を察知するための読み書きなどを叩きこまれた。
また、犬や猫は、避妊手術済みのペットとして売られるため、発情を抑える薬の使用方法と、生理用のタンポンの使い方なども、それを外部から手に入れる手段と共に教え込まれる。
狭い世界で生きていくために、世の中のことはあまり知らされない。種族ごとに階を分けて育てられ、他種族と交流する機会もなかった。
子供たちは、身の回りの世話をしてもらい、一日中ごろごろしている者が誰よりも幸せであると、そう言い聞かされて育つ。そのうち、自分たちは働かなくてもいい、選ばれたものたちであると思うようになる。
向上心や興味は、自分の容姿を磨くことだけに注がれる。
本だなに並べられた本も、どうすれば人に好かれるのかが書いてある安っぽい恋愛本のようなものばかりだった。
ペット屋さんで売られれば誰が先に選ばれるのか競争心を燃やすこともあっただろう。しかし、養護施設を卒業したものが戻ってくることはなかった。そのため施設では、子供たちは仲良く過ごしていた。飼い主や労働者と、自分たちとの間に線を引くことで、仲間意識が生まれていたのだろう。
そんな環境にいた大福がアキラと出会ったのは、ある日の昼下がりだった。
いつものようにごろごろしていると、部屋の掃除が始まった。もちろん、掃除するのは施設の職員たちであり、大福は何もしなくてよかったので、ハムスターの姿で綿やおがくずに埋もれてうとうとしていた。
掃除は、寝床の中のハムスターたちを一度別の場所に移し、誰もいないことを確認してから始めらる。しかし今回は、大福が隠れるのが上手すぎたのか、職員が数を数え間違えたかのか、大福が保護されずに掃除が始められてしまった。
気持ちよくごろごろしていたと思ったら、綿やおがくずが取り除かれ、周囲は物が減って、どんどん寂しくなっていく。職員の手つきは乱暴なものではなかったが、いつもと違う様子に驚いた大福は、びっくりして、全力疾走でその場から逃げ出した。
追いかけてくる職員からとにかく逃げた。同じ部屋でずっと過ごしてきた大福にとっては、どこもかしこも知らない場所で、自分でもどこに向かっているのか全く分からなかったが、一番安全で落ち着く場所は物陰と決まっている。
目に入った小さな暗闇に向かって突進した。狭くて固かったらどうしようと心配したが、思いのほか柔らかく温かい。モフモフの小さな洞窟に入り込んだような感じだろうか。さっきまで寝ていた寝床と、どちらが居心地がいいか、ちょっと悩むくらいだった。
右側のモフモフの柱が離れてスース―した。ちょっと広くなったので、さらに奥に進むと、モフモフで満たされて落ち着いた。
職員たちの焦ったような話声が聞こえ、背中の皮をつままれる。引っ張り出された。
負けじと足をバタバタと動かし、職員が手を離したすきに暗闇に戻った。
引っ張り出され、ダッシュで戻り、また引っ張り出され、まだ戻り……。
そうこうしているうちに、モフモフの洞窟の入り口は閉められ、職員は諦め、しばらく大福はそこで落ち着くことができた。
そのモフモフの洞窟こそ、アキラだったのだ。
小さなころから目つきの悪かったアキラは、容姿が何よりのステータスになる施設で、少し浮いていた。その日も一人で部屋の隅に座っていたらしい。そこへ大福が突進してきたというわけだ。
仲間外れにされたことによって、外の世界に興味を持つようになるというのは、よくある話だ。アキラは施設の教育に不信感を持ち、外に出たいと考えるようになっていた。
突然現れた、見たこともないハムスターによって、外への手がかりと、モフモフのぬくもりを初めて感じたアキラは、大福を大事に抱きかかえたのだった。