話したい相手
小さな雑貨屋の2階、応接室のソファーに優し気な中年男性と若い男の子が向き合って座っている。
テーブルに置かれた、お茶と書類と編みぐるみを挟んで二人は話をしていた。
茶髪の中年男性は雑貨屋の店主だ。反対側に座っている男の子の面接をしていた。
黒髪に眼鏡をかけた小柄な男の子は、とても真面目そうに見える。持参した編みぐるみも出来も素晴らしいものだった。少々自信なさげでおどおどしているが、接客を任せるわけではないので問題ないだろう。
決心したように店主は男の子に言った。
「うん、いいね、ぜひ君にお願いしようかな。仕事の進め方や品ぞろえについて詳しく話したいんだけど、明日、また来てくれるかな?」
「はい!ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
男の子は今までで一番大きな声で返事をした。
面接に受かった男の子は何度もおじきをして帰って行った。
顔にはあまり現れていなかったが、男の子はとても喜んでいた。
誰かに言いたくてしょうがなかった。気軽に話しかけられる相手は限られている。
同居人の顔が頭に浮かんだ。
外では話しかけるなと言われているし、いつもどこで何をしているのかよく知らない。
家に帰ってからこの喜びを報告するべきだろう。でも今日は待ちきれなかった。
同居人は夜遅くに帰ってくるのだ。会えるのは明日の朝になるかもしれないし、もしかしたら夜になるかもしれない。
唯一の特技である編み物で雇ってくれないかと町中の雑貨屋にお願いしたが、今まで全て断られてきた。今、信じられないくらい幸せなことも、時間が経てば慣れて当たり前のことになってしまう。
どうしても、今、伝えたかった。
二人暮らしをしているアパートに向かっていた足をとめ、路地に入る。
雑多に干してある洗濯物の下を通り、細い階段を上った。レストランの裏口や、昼寝をするのにぴったりな日向、猫がいそうな場所に目を配りながら歩みを進めていく。
シャーーー
マーーオ
猫の喧嘩している鳴き声が聞こえた。角を曲がると、弓なりの姿勢で威嚇し合っている猫が数匹いた。その中にお目当ての相手を見つける。
一匹がこちらに気づいて逃げ出した。他の猫もそれに続いて四方に散らばって行く。
「アキラ!」
男の子は一匹残った猫の名前を呼んだ。全身灰色で緑の瞳の、若いオス猫だ。少々目つきが悪い。
アキラは体の力を抜いて男の子をにらんだ。いや、ただ見上げただけなのかもしれない。
少なからず機嫌は悪そうだが、男の子は構わず、猫を抱き上げる。
そして嬉しそうに話し始めるのだった。