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44.お嬢様は偲びたい



「玲央、明日一緒に行きたい場所があるの......」

「どこへ行くんだ?相変わらず暑いからあんまり外へは......」

「......お墓参りよ」


 あー、たしかにもうすぐお盆だもんな。普段の俺たちにはあまり縁がないけど、美雨にとっては特別なんだよな。


「俺が一緒に行くのか?」

「玲央と一緒がいいの。駄目かしら?」

「......分かったよ」


 そんな寂しそうな目で見られたら断れないじゃねえか。お墓参りってことはおそらく美雨の母親のってことだよな......会ったことも無い俺が行ってもいいのだろうか。まぁ、美雨がそうしたいならいいか。


 



 サラの運転で向かった霊園は緑が多く、墓地というよりは公園といった雰囲気だった。だから霊園なのか。

 3人で奥へと歩いていくが、今日の美雨は笑わないからかいつもと雰囲気が違って“楠”という印象が強かった。

 そして1つのお墓の前で美雨が足を止め、お線香だけお供えしてしばらくの間、しゃがんで手を合わせ続けていた。


「花とかは供えなくていいのか?」


 少し離れたところで美雨を見守っていたサラに尋ねてみる。お墓参りっていうと色々と持って来るイメージだが、美雨はお線香以外持ってきていない。


「ああ、お嬢様は毎年線香だけだ。掃除はここの管理者もやってくれているし、花は奥様の親族が供えるからな」

「美雨だって親族だろ?」

「......旦那様は1度たりとも墓参りに来ていないからな。奥様の実家からは良く思われていないのだ」


 そういうことか。お盆よりもまだ若干早いし、普通ならば父親や親族と一緒に来るだろうにおかしいとは思ったけど、たしかに楠らしいな。美雨の母親すらも子供を産むための道具だってか?その子供も女だから同じように使うことしか考えていないのか。

 ようやく立ち上がった美雨に歩み寄ってみると、その顔には涙の痕が残っていた。


「もういいのか?」

「ええ......いえ、やっぱりもう少しだけ」

「あ、おい......」


 俺の腕を引っ張って再び墓石の前に立った美雨は目を閉じて手を合わせていた。ややして目を開けた美雨は、俺を見て微笑んだ。


「そうやって笑ってた方がお前の母親も安心するんじゃないか?大きなお世話かもしれんが」

「......そうね。次からはそうするわ」


 わざわざお墓参りに来て涙を流すということは母親の方は美雨にとって悪い関係ではなかったということだ。ならば楠の仮面ではなく、素の美雨を見せた方がいいはずだ。


「さ、暑いしそろそろ行くぞ」

「ええ!帰りましょ!」


 美雨はすっかり元気になって飛びついて来る。マジで暑いからほどほどにしてくれ。


「ねぇ玲央、お母様のこと聞いてくれる?」

「好きにしろよ」

「......私のお母様はね、とても綺麗で優しくて、いつでも私の憧れだったの。お母様が病気で入院してからも、会いに行くといつも褒めてくれた。そんなお母様みたいになりたくてたくさん努力したわ」


 きっと、当時の美雨にとって母親は心の拠り所だったのだろう。その頃の美雨はまだ普通に笑うことも出来たのだろうか。

 たしか、美雨の母親が亡くなったのは10年前......美雨が7歳の頃だったはず。それから美雨はずっとひとりぼっちだったのか。楠の仮面というのは、ただ周囲に対して楠を演じる為というだけでなく、自分の心を守るという意味もあったのかもしれない。


「お前は今でも十分頑張ってるだろ」

「ふふ、ありがとう。去年まではここへ来るたびに懐かしくて、寂しくて、ずっと泣いていたわ。だけど今年は違うって......もう大丈夫だよってお母様に報告したかったの」


 だからわざわざ俺まで連れてきたってか。

 10年間。その長い年月を美雨は独りでただ耐えてきた。小中学生なんてまだまだ甘えたい年ごろなのに。どれだけ努力してもそれが当たり前と思われて、もう褒めてくれる人もいない。それはどんな地獄だっただろう。

 あの日、俺と関わらなければこれからもずっとそのままだったのか。そう考えると恐ろしくも感じる。

 俺は美雨の母親の代わりにはなれない。だけど、俺なりのやり方で美雨に寄り添おう。美雨が俺のことを特別だと思っているように、俺にとっての美雨もまた“特別”なのだから。


「おっし、どっかで飯食って帰るか。何食いたい?」

「うーん......玲央に任せるわ!」

「そうだなぁ。寿司なんてどうだ?回転寿司なんて行ったことないだろ?」

「いいわね、行きましょ!楽しみだわ!」


 すっかり元通りの美雨に腕を取られて引っ張られる。やっぱり元気なほうがいいよ、美雨は。





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