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41.お嬢様は特別になりたい



 もう8月か。美雨と関わってからもうすぐ3ヶ月が経つ。常に想像の斜め上をいく美雨だが、そろそろ頃合だろうな。


「怜央!今日も来たわよ!」

「おう。暑いのに今日も元気だな」

「当たり前よ!毎日が楽しいもの!」


 それはなんとも羨ましいことだ。しかし人生はそう甘くないんだ。




 

 昼過ぎ、珍しく涼から着信があったので、念の為に下の階に降りてから応答する。


「もしも〜し、怜央生きてるか〜」

「生きてるかって昨日一緒に祭り行ったろうが。今日部活は無いのか?」

「そ。祭りの翌日はみんな荒れてるやつもいれば胃もたれで動けないやつもいるから休みなんだよ」


 それでいいのか。たしかに涼みたいに彼女持ちはいいがそれ以外はリア充見て荒れてるかもしれんな。胃もたれってそれでヤケ食いってことか?むしろその余ってるエネルギーをバスケにぶつければいいんじゃね?


「ほー。で、なんか用か?」

「用っていうか......麗華がなぁ。お前らがいつ付き合うんだって煩くてさ。昨日の様子じゃだいぶいい雰囲気だったろ?」

「あー、その話か。放っておいてくれるのが1番なんだけど......麗華の性格じゃ仕方ないか。世話にもなってるしな。まぁ、前にも言ったけど、俺は楠美雨と付き合う気はねぇよ」


 まさにそう答えたその瞬間、階段を勢いよく駆け上がっていく足音が聞こえた。あー、聞かれちまったか。ったく、盗み聞きなんてするもんじゃねえぞ。


「つーわけで、忙しいから切るぞ」


 部屋に戻ってみると、美雨はベッドの上で布団を被ってカタツムリになっていた。そこ、俺のベッドなんですけど?


「美雨」


 ベッドに座って出来るだけ優しく声をかけると、ビクッと反応はしたものの殻から出てくることは無い。


「電話、聞いてたんだろ?まぁ、そういうことだ。俺とお前は友達だしな」


 語りかけると、布団から片手だけがにゅっと出てきた。開いて閉じてを繰り返しているので手を乗せてみると、勢いよく布団の中に取り込まれた。濡れた感触が左手に伝わったと思った瞬間——


「いでっ!?」


 こいつ、噛みやがった!かと思えば、噛んだ場所をぺろぺろと舐めている。なんだ?こいつ猫なの?

 手探りで美雨の頬を撫でるとびしょびしょに濡れていた。そんなに泣くほどか。仕方ない......。


「美雨。友達って言っても色々あるんだぞ。俺にとって美雨は、涼や麗華とは違う、特別な友達だ」


 そう告げると、いきなり布団を脱ぎ捨てて突撃してきた。慌てて受け止めようとするが、勢いを殺しきれずに鳩尾に頭突きを食らって悶絶した。無理やてこんなん。

 しかも腰に手を回して力の限り締め付けてくる。余計に頭がめり込んでるって!なんでピンポイントで弱点を突けるんだ......。


「......とくべつ?」

「ああ、そうだ。美雨も俺のこと友達だって言ってたろ?それはただの友達か?」


 勢いよく首を横に振る美雨。あの、どさくさに紛れて鼻水拭いてないよね?

 しがみついて離れない美雨の頭をゆっくりと丁寧に撫でる。今はこんなことしかしてやれない。悪いな美雨。

 しばらくそうしていると、だんだんと美雨がおとなしくなって力も弱まっていった。泣き疲れたのかもしれないけど、この状況で寝れるってのもすごいことだよな。

 

 俺は美雨が笑えるような居場所であろうと振舞ってきたし、おそらくそれは成功したのだろう。だが、それは美雨と付き合うためではない。美雨から好意のようなものは感じてはいるが、今付き合っても待っているのは破滅の未来だ。

 まぁ絶望に叩き落そうと思っていたのに冷徹になれないのは俺の甘さか。俺もすっかり絆されてるなぁ。




 

「美雨、ちょっと出かけようぜ」

「今から?」

「ああ、連れていきたい場所があるんだよ」

 

 美雨がたっぷり寝たからいつもの帰る時間は過ぎているが、サラには連絡しておいたしいいだろう。

 目が赤くなっている美雨に顔を洗わせ、俺も涙と鼻水で汚れたシャツを着替えてから家を出る。


「......美雨、近くね?」

「いいじゃない!特別だもの!」


 美雨は決して離すまいと俺の腕にしがみついている。友達宣言はともかく、特別とまで言ったのは逆効果だったかもなぁ。しかしそんなにくっつかれると、恥ずかしいというより単純に歩きづらいんだが......。

 しばらく歩くと、バカでかい岩山がそびえたっている。設けられた階段を上っていけば頂上では観音様が街を見守っていた。ここに来る人などめったにいないが、だからこそ俺はここが気に入っている。


「すごい......」

「だろ?ここは街全体が見渡せるんだ。ほら、あそこ。ウチがあんなに小さいんだぜ」


 あたりはすっかり暗くなって街には明かりが灯っている。100万ドルとはいかないけど、この景色を見るために何度もここへ足を運んだものだ。


「そろそろだな......」


 時間を確認すると、奇妙な音とともに辺りがパッと照らされた。


「わぁ......!玲央、花火!花火よ!」

「よく見えるだろ?人はいないし、ここは特等席なんだよ」


 たまたまだったけど、花火が今日でよかった。これで少しは気が紛れるだろう。赤い目で笑う美雨を見て、俺も気を引き締めないとな......と思った。


 


 

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