元禄繚乱
どこをどう走ったもんやら、時は元禄いざ吉原へ。
「ぬしさんいっぷくお吸いなんし」
「こりゃ素晴らしい。インドの向こうのそのまた向こうは本当に楽しい所だ」
と、カエサルは、すっかり軽薄になった。
「来た・見た・勝った。なんてまるで野蛮人だ。来た・見た・買った。これが正しい」
と上機嫌だ。
花魁見習いのアポロニアも、満更でもない様子だ。
着物姿を鏡に映して悦に入っている。
アポロニアを〝かたに入れて〟カエサルと遊んでいる、極楽とんぼの友和であった。
トーガも短衣も、花のお江戸じゃ野暮天野郎だ。
長いお召しを着て、長キセルで一服吸い付けているカエサルを見ていると、ともかく使命を果たしたような充実感が湧きあがる。
何が使命であるのか、はたして使命というものが有るのか無いのか?
いつものように何も解らない特異点友和なのだが、田村屋敷から逃げ出した前日の夜、つまりテレポテーションで「刃傷松の廊下」に出現した日の夜の事、友和の頭の中で、あのパラドックス警報が鳴ったのだ。
コスモス・メッセージが鳴った後では、程なくして時空艦フェロモン号が迎えに来るに違いないのだ。
考えるに、本来が即日切腹であった筈の浅野内匠頭が、この面妖な事件の取り調べの為に、とりあえず延命した事により、パラドックスが発生したという事なのだろうか?
とにかく、そんな事は解るわけが無い。例によって混沌と関係してるって事なのだろう。
だから今のうちに、思う存分遊んでおこう。と考える友和なのである。
そこは並の下クラスの見世であった。
屋号を「我利屋」といった。
あるじの名は徳兵衛といって、一昨年に女将であった嬶あを無くした四十路の中背小太りの、女郎屋のあるじのくせに何故だか人の良さそうな男であった。
さて、アポロニアをかたに、金を借り続けて遊び呆けている訳なのだが、このあたりで一工夫しなければ。徳兵衛の顔も険しくなってきている。
友和はさっそく徳兵衛に入れ智恵をした。
滅多にない紅毛人の上玉娘であるアポロニアを、いっその事、高値で売り付けようという魂胆なのだ。
そこで噂を流す事にする。
紅毛美女、亜保呂大夫である。
さっそくかわら版屋を呼び、書いて貰う。
──さあさ、この亜保呂大夫なる紅毛人の、美女の中の美女をご存知か?
飼猿王なる紅毛国のお大名が家老の裏切りに遭い、船旅にて天竺へ逃げる途中、大嵐に遭い難波してしまった。
そうして種子島へ流れ着き、鉄砲伝来の順路を辿って花のお江戸へやってきた。
父上の飼猿王が御家再興にかかる金子は百万両は下らない。
さあさ、ぽんと出せるか、お大名にお旗本。
御家再興はご無理でも、この父娘を千両箱で面倒をみる豪気なお方は、何処のお大尽だあ! ──
「原案はこんなもんでいいだろう」
「エモーリ、飼猿王はちょっと酷くないか?」
「まあまあ俺もカエサルも、此処ではスッカンピンのただのオッサンなんだ。早くパトロンを見つけなけりゃ干上がっちまう」
元禄時代は町人文化花盛り。
千両箱の一つや二つで大名や旗本に負けてたまるかってんで、豪商達が集まってきて、日夜大宴会が繰り広げられる。
旗本達も、俺達こそが主役とばかり大宴会を繰り広げる。
その結果、見世のあるじの徳兵衛も友和もえびす顔になった。
「徳兵衛、亜保呂大夫を絶対引かせちゃ(身請け)駄目だぞ。客も絶対取らせるんじゃないぞ。そこいらの野郎とつっ転がる安女郎たあ、モノが違うんだ。だから値打ちがあるんだよ」
「分かってやすよ江守のダンナ。この有様が狙いだったんでやしょ? お陰で見世も大繁盛。江守のダンナに、ご不自由かけたら罰が当たりやす。いつまでも遊んでって下さいまし」
「頭のいいやつだ。下手に商人風情が身請けでもしてみろ、旗本衆のねたみは恐ろしいぞ。徳兵衛、欲こいちゃ駄目だぞ。細く長くだ、忘れるな」
「へい、肝に銘じやす。だけど江守のダンナ、困った事に紀文のダンナがねえ」
「まったく困ったもんだ。あれだけ大きなドラ声じゃ、誰彼なく聞こえちまう。男、紀伊国屋文左衛門、たとえ十万両でも身請けしてみせるって、冗談じゃない」
「ホラですよ。ホラに決まってやすって」
「蜜柑でも売り歩けってんだ。徳兵衛、あんな奴に係わり合ったら、いずれ老中の耳に入って、質素倹約の心がけを踏みにじる不届き者ってんで、三尺高い木の上か、運が良くって遠島だあ」
「ふわあ、くわばらくわばら、鶴亀鶴亀」
首筋を撫でくりまわす徳兵衛である。
「ほら徳兵衛、噂をすればなんとやらだ」
「お~い亭主! 私だよ、紀文だよ。亜保呂大夫は達者かえ?」
土産に蕎麦を一包み持っている。
襖を開けたカエサルが、馴染みの女と一緒に布団から顔を出して、首を伸ばして言った。
「なんだ土産はあれだけか? エモーリ、紀文って案外ケチな男だな」
女もけたけたと笑う。
「くそっ有名な話なんだ。近郷近在の蕎麦を全部買い占めているんだよ。土産の蕎麦には千金の値打ちがあるんだってね。まったく、自分勝手な奴だ! ありゃ、元祖エコノミックアニマルだよな」