一章3話 予兆
生き延びる方を選んだ魔族は、ヴェアに切られた足をくっつけ修復し走り去っていった。
(なんなんだあの耳長族は、化け物なんて生やさしい表現じゃ例えられねぇ、やばすぎる。とにかくこのことを仲間に知らせねえと。くそっ、焼き切られた腕がなかなか治らねぇ、本当なんなんだよあいつは)
ヴェアは、逃げていく魔族を追うことなく、逆に少し離れるようにして、本来の目的地である支配区画へと向かうのであった。
生き延びた魔族は、仲間の元に着くや否や舞台のリーダーらしき魔族の元へ行き報告した。
自分が見たもの体験したものを、逃がしてもらったこと以外、ありのまま全てを報告したのであった。がしかし、リーダーらしき魔族は冗談だろと笑うのだった。その笑い声を聞き、他の魔族たちも続々と集まってきた。
「笑い事じゃねぇ、本気であれはやばっかったんだって。もしかしたら魔王様の側近にも匹敵し得る化け物」
「おいおい冗談だろ、もしそれが本当なら、お前が逃げられたことに説明がつかねえよ」
「いや、逃げられたと言うより、逃がしてもらったと言う方が正しい」
それを聞きリーダーらしき魔族は、訝しげな表情を浮かべる。
(わざと逃がした?なんの目的があってそんなことをしたと言うのだ、こいつの話を聞く限り、その耳長族が聖人様って訳でもなさそうだし、何か別の目的があった…、ん?)
「おい、その腹の光はなんだ」
「ん?何を言って…、ってなんだこりゃ」
生き延びた魔族が気がつくのと同時にヴェアが腹に仕込んでいた時限式の魔力爆弾が爆発した。
半径50メートルほどの大爆発が魔族たちを一瞬にして灰に変えたのであった。
ヴェアが、遠くの方で爆発が起こったのを確認する。
「少し派手にやりすぎたかな」
(よし、ここらで擬態しとくか。必要なものは、人族の区画だけで揃いそうだな)
メモをしまい、スキル【擬態】を使用し人族の姿へと姿を変えた。
それから一時間程走ったところで、人族の支配区画の出入り口の近くに到着した。
支配区画と言っても、中はどこにでもあるような普通の街と大して変わらない見た目をしている。上の方にある魔族に大きく貢献したものや、商売に成功したものが住む富裕層の街と、下の方にある先祖が魔族に刃向かったものや、力のないものが住む貧困層の街に分かれている。
ヴェアは透明化魔法を使い、門を飛び越え支配区画貧困層の街へと侵入し、物陰に隠れる。それから数秒して透明化魔法が解けてしまう。
「この魔法、姿も気配も消せて便利だけど効果時間が30秒しかない上に、一回使うとそこから一日たたないと使えないのがネックなんだよな」
ぶつぶつと文句を言いながら目的の品を揃えに貧困層の街の市場へと向かう。
市場に着くなりヴェアは少しの笑みをこぼす。
「ここは前来た時となんも変わんないねぇ」
市場は支配されていることを忘れさせるほどの、はたまた嫌なことを忘れようと必死なのか、理由はわからないがとにかく活気に満ち溢れていた。
ヴェアはメモを見ながら市場を回り頼まれていた物や目についた自分が欲しいものを一通り揃える。
「よし、こんなところかな。ん?なんだいこれ?」
街の掲示板のど真ん中に貼られた手配書を見つけてヴェアの足が止まる。
そこには魔王城より逃げ出した女と赤子の人相書きと特徴などが書かれていた。
「へー、なかなか綺麗な顔してんだねー。んー?どっかで見たことある顔だね…、まっ、こんだけ生きてりゃ似た顔の一つや二つ珍しくもないか」
そう言うと、ヴェアは掲示板を後にし、入る時に飛び越えた門の方に向かっていく。
門の前には二人の魔族が立っていた。それをヴェアが目視で確認すると、持っていた荷物を収納魔法にしまう。スキル【擬態】を使用し魔族の姿へと変え、門の前に立っている魔族に向かって走り出した。
何かがすごい勢いで近づいてくることに気づいた魔族が持っていた槍を構え警告する。
「と、止ま…」
しかし警告の途中で、自分の体が視界から遠ざかるのが見えたところで二人の魔族は絶命した。ヴェアは二人の魔族の首を手に持ったまま門に体当たりしぶち破りそのまま森の中へと進んで行った。
「ふう、久々に運動したけど少し鈍ったかな。あ、一緒に持ってきちゃったよ」
一緒に持ってきた魔物の首を捨て、地図を取り出し現在地を確認する。
「あらら、思ったよりルート外れちゃったな。えーっと、予定のルートはこっちの方か…、なんだいあれは」
ルートを確認していたヴェアが、少し離れたところに三人の魔族が、どこかで見たような人族の女と赤子を追い詰めつつあるのが見えた。
「ありゃ手配書の女と赤ん坊じゃないか…。はぁー、面倒ごとに首突っ込みたくはなかったんだが、見ちまったもんは仕方ないね」
言い終わるのと同時にヴェアは、素早く魔族たちの背後に回り込み、気配に気づいた魔族たちが振り返るのと同時に重力操作魔法を使い、二人の魔族を地面に這いつくばらせ、もう一人の魔族はヴェアのいる方に重力の向きを変え、ヴェアに引き寄せられるように飛んで行く。飛んできた魔族の頭を掴み、まるで紙風船を潰すように握りつぶし、そのままヴェアの後ろ方向に飛んでいった。
「何者だ貴様、我らを魔王様の側近直属の配下と知っての狼藉か」
ヴェアの重力操作魔法に潰されながらも強気に話す魔族。それを見て笑いながら近づくヴェア。
「知らないよそんなの、あんたよくこの状況でそんな強気でいられたもんだね」
そんなことを言いながら、ヴェアは軽く飛び上がり二人の魔族の頭を踏みつけ絶命させる。そのまま人族の女と赤子に近づき女の傷が思っっていた以上に酷いことに気がつく。
女はヴェアが近づいてきたことに気づくと赤子を差し出し最後の力を振り絞るように必死に訴える。
「どなたかは存じ上げませんが、助けていただきありがとうございました。おそらく私はもう長くはありません、厚かましいとは思いますが、どうかこの子をお願いできないでしょうか。この子は———なのです。どうか私の代わりに育てていただけませんでしょうか」
ヴェアはそれを聞き顔を手で覆い大きなため息をひとつつく。
「わかった任された、だからあんたはゆっくり休むといい」
それを聞き女は微笑みながら静かに息を引き取った。
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