一章21話 凶の一端
ヴェアと別れたレインとアレスは、ほかの住民の後を追った。暗い洞窟の中を一つの松明の明かりを頼りに、慎重に歩き進んでいった。
歩いている間二人は一言も話さなかった。決して仲が悪いなどということはなく、むしろ仲はいいほうであった。しかし、つい先ほどのヴェアとの別れがあってか、とても何かを話すような気分ではなかったのだ。
二人の足音と松明の火が燃える音、そして若干の風の音と水滴が落ちる音だけであった。
それは数分ほど歩いた時だった。突然背後からねっとりとした何かが襲い掛かり、レインたちを振り向かせた。しかし、振り向いた先には何もなかった。不思議に思った二人は、近くにあった岩場に身を潜め、暗闇の奥を凝視していた。
二人の表情には一切のゆるみはなかった。嘗てないほどの緊張感で暗闇に奥を凝視していた。しかし、特に変わった様子もなく、動くものは何一つなかった。ここで洞窟に入って初めて二人が口を開く。
「何か見える?」
「いや、何も見えない...」
「でもさっき感じたあれは、気のせいじゃないよね」
「気のせいだと嬉しいんだけどね」
しばらく岩場からのぞき込んでいた二人であったが、このままではいつまでたっても進めないと思ったアレスが、レインに小声で話し始めた。
「後ろ側に土魔法で、できるだけ分厚い壁をつくる。つくったらすぐ出口まで全力で走るぞ」
アレスの提案に黙ってうなずき肯定を示した。
アレスが岩場から飛び出そうとしたその時だった。暗闇からひたひた、という音がゆっくりとこちらに近づいて来ていることに気づき、とっさに飛び出すのをやめ、身を隠した。
先ほどまで腹をくくっていた二人であったが、それが全て無かったかのようにその場から動かなかった。
次第に大きくなっていくその音が暗闇から姿を現した。二人はそれを見て驚愕した。そこにあったのは、手だった。
大きさは一般的な成人男性と同じぐらいのサイズだが、肌の色は人族のそれとはまったく異なり、紫色の肌にこれでもかと言わんばかりに透けて見える魔力路。不気味すぎるそれに二人は身震いする。
そして二人は、先ほどから感じるねっとりとしたものの正体をようやく理解する...。殺気だ。
それは今までに感じたことのないほど強大で、まるで感じている者の身体に巻き付いてくるような、そんな殺気であった。
(なんだよあれ...、あんなものにここまでの殺気が出せるってのかよ)
レインはおびえていた。全身が震え、思うように体が動かせず、試行すら碌にできずにいた。
そんなレインをしり目にアレスは、冷静さを取り戻し必死に生き残るため、思考を巡らせていた。
(どうする、何とかレインだけでも逃がす方法は...。いやしかし、レインを逃がせたとしてもあれを倒せなかったら...。だがあれを野放しにはできない!何としてもここで消さなくては!)
アレスは覚悟を決め戦う準備を始めた。魔力で身体強化し、背負っていた棍に魔力を流し三節棍へと変化させた。
準備が終わり、おびえているレインにやさしく声をかける。
「いいかレイン。これからあれを消すために、戦わなくちゃいけない。とりあえず一人でやれるだけやってみるけど、多分勝てないだろう。もしレインの中に少しでも、俺に死んでほしくないと思う気持ちがあるなら、一緒に戦ってくれ」
レインの震えが止まり、先ほどまでのおびえた顔つきとは一転、覚悟を決めた男の顔になっていた。
「やろうアレス君!あれを倒して二人でみんなと合流しよう!」
一見覚悟を決めた勇ましきものに見えるレインだが、実は内心ものすごくおびえていた。
(なんだよあれ!あんなのどうやって倒すって言うんだよほんと!アレス君がいなかったら今すぐにでも逃げ出すところだって言うのに...。あーもうほんっとついてないなーまったく)
「ありがとうレイン。よしそれじゃあ、早いとこ片付けて進もうか」
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