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流転の桜  作者: ありおん〆
見えなかった真実
8/12

知れない運命

時刻は8:18を指している。 もう、母親は帰っている頃だろう。

俺が居ないこと知って、また俺を見る眼が変わるかもしれない。

何かを得ようとし、別の何かを失っていく。そうやって、母親からの信頼も捨ててきた気がする。


孝太からも、あれきり連絡がない。今頃どうしているだろうか……。

孝太に電話を掛けようと、不意にポケットを探ってみるが携帯が見当たらなかった。

慌て過ぎて忘れて来たのだろう。


朝日は、やり切れない思いを、窓の外にぶつけていた。

すると、遠くのほうから、この場所へ向けて走ってくる一台の車が見えた。


近づいて来ると、黒塗りの高級車であることが解る。

その車が、下馬桜から少し離れた場所へ停まると、後部座席から人が降りた。

長いコートに身を包んだ姿は、男であった。黒い大きなサングラスをしている。

男も、車も大きかった。

次に降りてきた人は、とても小柄な人であった。

小柄な人は、深く帽子を被っていて、ジーパンを穿いている。ここからでは性別が判断しづらい。

そんな事を冷静に見ている間も、朝日の心臓は高鳴っていた。それは、サングラスの男を眼にした時からだった――。

朝日は、建物を出ると歩き出した。吸い込まれるように、歩を進める足は下馬桜の下の二人に向けられている。

一歩一歩近付くたびに、前へ出す足が速くなる。


あと数十歩というところで、朝日の思いは確信に変わった。


(『さくら』だ!!)


帽子で隠れた部分を除いた顔の輪郭と、その色の白さ。そして口元にある小さなホクロには、見覚えがある。

『さくら』へ一気に近づこうとした時、サングラスの男が割って入った。


「君は……?」


そう語る男の声は太く、透き通るようだった。

朝日は、あのときの感情が内側から噴き出してくる。


「あなたこそ……?」


その言葉を聞くと男はサングラスを外した。



朝日は驚嘆した――。


これほどの驚きは、今まで経験したことが無い。

それを余所目に、サングラスを外した男は自らを名乗った。


「私は、黒澤康介という者です。仕事では、シュウヤと名乗っていますが……」


(間違いない!!デルタチェリーのリーダーだっ!!)


朝日は動揺を隠せない。今にでも握手を求めたい気持ちが湧いてきながら、それを押し留める思いがある。


(なぜ??シュウヤさんが、『さくら』と?? この人がそうなのか……これじゃ…………)


それが、一瞬で朝日の頭の中をめぐった。それと同時にシュウヤが問いかける。


「君は……藤原くん?」


朝日は、何故か名乗るのが躊躇われた。

もし、シュウヤが『さくら』の運命人であったなら、関わりの一切を捨てて、姿を消した方が二人の為に良い。そう思ったからだ。だが、シュウヤは自分が尊敬してきた人物。答えたい気持ちも持ち合わせていた。


「藤原朝日と申します。デルタチェリーのファンでもあります。

シュウヤさんにこんな所で会えるとは、思いもしませんでした……」


すると突然、シュウヤは俯き、その肩が震えだした。


(……怒ってるのか?)


ぶん殴られるのかも知れない――。そんな事さえ頭をよぎる。

シュウヤはゆっくりと顔を上げた。

その眼は涙で溢れている――。

シュウヤの後ろからも、微かな嗚咽が漏れていた。その華奢で透き通るような泣き声に、朝日の眼にも涙が溢れ出す。


すると突然――。


本当に突然だ。


シュウヤはそこへ正座し、両手と頭を地面へ付けた。

その姿は土下座に見える。

混乱する朝日の頭は、何をするべきかの答えも出せない。


「どうなさったんですか??」


「朝日君……本当に申し訳ない…………。本当に申し訳なかった……」


その言葉は、さらに朝日を混乱させた。


横取りしたと言いたいのだろうか……。それにしては、何か違和感がある。朝日は、何に対しての申し訳なのかさっぱり解らなかった。


黙ったまま頭を下げ、震え続けるシュウヤに戸惑いながらも、朝日はその後ろに控えた『さくら』に話しかけた。


「久しぶりだね……。元気だった?」


それに答えることも無く『さくら』は、閉じられた眼から大粒の涙を零している。

その声は微かに、本当に微かにしか聞こえてこない。その一部始終を見ていたあの老人が、そこへ割って入った。


「外は寒いじゃろうから、こちらへ入ってゆっくり話すとええ」


俺達三人は、老人の言葉に従い、その場を離れた。


移動の間、『さくら』の手をシュウヤが握っている。そっと『さくら』の肩に回された手が、朝日の胸を締め付けた――。


部屋はやはり暖かかった。先ほどまで無かったストーブの上には、ヤカンが白い湯気を上げている。俺の隣には老人が座り、対面にはシュウヤさんと『さくら』が並んで座る。

それが、今の俺と『さくら』との距離を思わせた。


(シュウヤさんなら仕方が無い……)


それが今の正直な気持ちだった。


シュウヤの眼はすでに赤かった。何かを考えているような、眼を閉じたままの『さくら』は、まだ泣いている。


「朝日君に話さなければいけないことがあるんだ……」


そう切り出したシュウヤは、言葉を選ぶように語りだした。


「『さくら』ちゃんは、眼が見えないんだ……。口を開いて喋る事も……」


すると、またシュウヤは涙を溢れさせた。


眼が見えない――。


(誰の??……)


話すことも出来ない――。


(誰が??……)


朝日は、『さくら』が他の誰かを好きになったと思った時以上に衝撃を受けた。


「本当にすまない……。そうさせてしまったのは僕だ…………」


シュウヤは、俯いていた。


その姿は深く何かを思索しているようにも見える。

虚ろな眼を朝日に向けると静かに語り始めた――。


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