真実の心。偽りの心。
どれだけの時間、俺はあの時を振り返っていたのだろう。
俺の反応に飽き飽きしていた孝太は、川べりで暇を潰している何処かの女子高生三人組と、楽しそうに話していた。
孝太はこちらに目を向けると、両手で手を振っている。
「朝日もこっち来いよっ!」
その誘いに苦笑いを浮かべながら、俺もその輪へと入っていった。
近づいて行くと、孝太が何やら能書きをたれているのが解かった。
「でさ。狩宿の下馬桜って言うのは、日本最古級の桜なんだ。千年も前から桜咲かせてるんだとさ」
「孝太君て物知りなんだね。見た目頭悪そうだけど?なんて。キャハ」
「キャハハハ。明美!それヒドすぎだから」
明らかにバカにされても、孝太は動じてない。
勉強は出来ないが、それを笑いに変える懐の広さと賢さが、孝太にはあった。
「人は見かけじゃねえってことだよん!勉強になったべ。エヘへ」
「孝太君て面白いからモテるでしょ!」
「そんな事は無いんだなぁこれが……。美沙ちゃんが付き合ってくれるなら、モテるって胸張れるよっ」
そう言って白い歯を見せながら笑う。
やはり、孝太は抜かりが無い。必ずと言っていいほど、被せ技でアピールをする。
それは、今に始ったことではないが、孝太の『恋愛短期症』の原因もそこにある。
なんせ、彼女が出来ても同じことを繰り返す『告り乱射症』も必ず併発するからだ。
孝太がそうなる原因を、俺は知っていた――。
俺と同じなんだ……。
『さくら』を未だ忘れられずにいる。
きっと心のどこかで『さくら』を越えるような出会いを探し続けているんだ……。
だからこそ、俺はそんな孝太を責めることが出来ないでいた。
孝太は巧みな話術で、難なく彼女達のメアドをゲットしている。
数年前『さくら』の前で見せた不器用男は、微塵も感じさせない。
本命の相手を目の前にすると上がってしまう、典型的なタイプだ。
孝太が一通りメアドを交換したあと、そのまま解散となった。帰宅途中。早速のメールを打ちながら、ニヤケ面の孝太が隣にいる。
「なあ朝日。明美ちゃんと美沙ちゃん。どっちが良いと思う?」
「俺に聞くなよ。お前が好きなほうにすればいいだろっ」
「お前はホントにつれないねえ。……まだ『さくら』のこと思ってるのか?」
俺の表情を伺うように覗き込みながら、孝太はさらに続けた。
「彼女は高嶺の花だったんだよ。俺たちに釣り合うはずがない。もう忘れろやっ」
それは、俺に言っているようで、自分に言い聞かせた言葉のようにも聞こえた――。
この時期は、日が沈むと、やはりまだ肌寒い。
そんなことはお構いなしな孝太は、ご機嫌そうに口笛を吹きはじめていたが、ある時突然、思い出したように語りだした。
「おっ!そう言えばよお。校長の話聞きたくないか?」
このテンションは、無視するとふてくされるパターンだ……。
「ん?どんな話しだ?」
「難しい話だったから、正確には言えないけどな」
孝太はそう前置きすると、断片を繋ぐように頭の中を整理しているようだ。眉間には皺がよっている。
「ん~。簡単に言うとな。漢字だけの文。漢文っちゅうの?その書類が倉から見つかったらしくてよ。それの説明。」
「――終わり??それ簡単過ぎだし」
突っ込みを入れたくなるほど要点が無い。
「じゃあ、あとは面倒くせえから、校長にでも聞いてくれっ」
明らかに孝太はすねている。唇がへの字に下がるのはいつもの癖だ。
この調子では、孝太から聞き出したとしても、随分と捻じ曲がった伝言ゲームとなって、正確な内容は解からないだろう。
俺に聞かせたいという校長の話。孝太は、二度もその話題を振ってきた。
流石に内容が気になってくる。
(校長に聞くしかないのか?いや、待て……卒業式ならビデオに撮ってる奴が居てもおかしくない)
現に、今日の卒業式に参加していた家族の中には、ホームビデオを手にした人達が何人かいた。
そう思うと同時に、誰に当たれば良いか大体の目処が付いていた。
時計は18:28分を指している。
明日からはゆったりとしたい春休み。その前に片付けておきたいと思った。
「孝太!わりぃ。先帰ってくれ」
俺はそういうと、踵を返して歩き出した。
後ろからは孝太の声が届けられる。
「校長んとこ行くのか?お前、家知らないだろっ」
俺は後ろ手に手を振ると、止まること無く歩き出した。
どの学校でも、クラスに一人は居る優等生。頭の悪い俺達の学校でも、ずば抜けた奴はいる。
勉強なんて、やる気になれた奴の勝ち。
頭の良い悪いはその気持ちで左右されているに違いない。
高校に上がってから急にやる気を出した奴。
それが、これから向かう先の相手だった。
一軒の家の前に立った。窓からは灯りが漏れている。
一番大きな窓から零れる灯りは、家族との団欒を思わせた。
表札には「結城」の文字。迷うことなく、インターホンを押した。
「はい」
優しそうな女性の声。恐らくは母なのだろう。
「すいません。藤原と言います。拓也君はいらっしゃいますか?」
「少しお待ちくださいね」
そう返事が返ってくると、インターホン越しに拓也を呼ぶ声が聞こえる。暫くすると、ドアが開いた。
その向こうには、膨らんだ頬にある物を、慌てて飲み込もうとする拓也がいる。
「おう!なんだ朝日じゃないか。どうしたあ?」
拓也は、突然の訪問客が朝日であったことに驚いている。
「突然ですまねえけど、今日の卒業式をビデオに撮ってたりしないか?」
「ん?母ちゃんが撮ってたけど……。焼いてほしいのか?」
(そういう手もあったな……)
朝日は、一番それが好都合だと思った。
「そうして貰えると助かる」
「ああ。じゃあ今から焼いてやっから、ついでに見てけよ」
「今から?……急で悪かった。ありがとう」
そんなに急な頼みごとをしようとは思っていなかったが、拓也の好意なのだから受け取っておこう。
朝日は拓也の部屋に通された。
拓也の部屋は、整理が行き届いていた。 テーブルの上、テレビの周り、ベッドの上にも余計なものは無い。中でも、ずらりと並ぶ本の整頓が目に付く。
「飯は食ったのか?」
「いや。まだだけど、家にあるから気にしないでくれ」
「そっか」
そう言うと拓也は部屋から出て行った。
暫くすると、誰かがドアをノックする。
ドアを開けると、拓也のお母さんが、皿におにぎりを乗せて、やってきていた。
「軽くでも食べておいた方が良いですよ」
お母さんはそう言いながら、手にした皿をテーブルに置く。
「すいません。有り難うございます」
「気になさらずに、ゆっくりしていって下さいね」
俺は、拓也とお母さんに気を使わせてしまったことを後悔した。
おにぎりを頬張っていると、拓也がDVDとホームビデオを手にやってきた。そのまま配線作業に入り、数分も待たずに、式の画像が映し出される。
さっそく録画に取り掛かろうとした拓也を、俺は引き止めた。
「拓也。校長の話だけでいいんだ」
「そうなのか?普通全部だろ?」
「いや。時間掛けちゃ悪いし、必要なのは校長の話だけだから」
拓也は、おどけた顔で首を傾げると、画像の早送りを始める。




