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流転の桜  作者: ありおん〆
希望達の収束
11/12

黎明の歌

披露する新曲『さくら』を創りあげるのに、時間は掛からなかった。

普段は、シュウヤが作曲を手がけている。

今回初めてメンバー全員で仕上げた曲。

それが『さくら』だった。






そして、生放送の当日がやってきた――。




あらかじめ番組関係者に今日の意義を伝え、朝日君からテレビ局あてに連絡があったのなら、直ぐにシュウヤ達に伝えられる手筈となっている。

お願いした何人かには冷やかされたりもしたが、今度、呑みに連れて行くという約束で無理やり了承を得たようなものだった。




ほどなくして本番が始まる――。



出番は七組目。

先に演奏に向かうミュージシャン達の背中を見送りながら、シュウヤは緊張していた。

手に握る汗が、これほど感じ取れたことは今まで無い。

周りに座るバンドメンバーも、いつもの陽気さが無いような気がする。



(朝日君は見ていてくれるだろうか……)


それが今日の一番の願いだ。



(頼む……見ていてくれ…………)


シュウヤは願いを通り越して、祈るような気持ちだった。

瞬く間に時間は過ぎ、出番が来た。

司会者に問われるがまま、今回の曲の経緯を話し、曲の準備に掛かる。

その間も、緊張のせいか心臓のリズムがあってない気がした。


シュウヤは、ピアノの前へ置かれた椅子に腰をかけた。

シュウヤのピアノで始まるAメロが、スタートの合図。シュウヤの手にも、自然と力が入る。


眼を瞑り『さくら』と、まだ見ぬ朝日を脳裏に作り上げながら、鍵盤ケンバンに指を滑らせていく

――。 

今日は昨日に比べて、ドラムスの調子も良い。

浩二の声という楽器がそこへ加わり、この曲に新たな息吹を吹き込み始めた。

シュウヤの眼には浩二の背中に、下馬の大樹が見えている――。


久しぶりの感覚だった。

それは本来、幻覚なのかも知れない。だが、シュウヤにとって時々起こるこの現象は、調子の良い証拠であった。


下馬の大樹の下。


脳裏に浮かぶ二人を、シュウヤは映画監督のように操ってゆく――。


大樹の下で膝を抱え、顔の朧げな朝日。


そこへ駆け寄ってくる『さくら』は、満面の笑みを浮かべ、眼がしっかりと開かれていた。


(そうだそこで口付けを…………)


シュウヤの脳裏にいる二人は、旭日キョクジツの陽光を背に、抱き締めあっている。

シュウヤの眼にも自然と涙が零れていた。



――。




――――。





あっという間に時間は過ぎた。


火照る体を感じながら、シュウヤ達は客席に向かってお辞儀をする。

時計は20:47分を指していた。



(朝日君……見ていてくれたか?)


そう問いかけながら、シュウヤはスタジオを後にした。


この数日が勝負だろう――。


もし、本人が見ていなくても、友人から聞きつけて今日の事を知るかもしれない。

実際には、朝日君が行動に移らなければ、今までと何も変わらないのだが……。

シュウヤはわずかな期待を胸に、次の仕事へと向かっていった。


シュウヤ達の今日のスケジュールは、びっちりだった。

このあと、22:00からのレコーディングと、翌3:00からのラジオ収録が待っている。

レコーディングスタジオに向かう車中でも『さくら』と朝日の事が頭から離れなかった。






スタジオに入ると、リハーサルを始める。

隔離された部屋の向こうでは、シュウヤがギターを掻き鳴らしていた。

部屋の外に置かれたシュウヤのバックの中で音が鳴り響く。

メロディの無い無機質な音は、仕事に関係する者からの着信音だった。


レコーディングが終わったのは、1:37分。

着信を知ったシュウヤは慌てて電話を折り返した。


「もしもし、シュウヤですが……先ほどお電話を頂きまして……」


「おっ。シュウヤ君。実はね、あの後、局の方に電話があったそうなんだ」


「本当ですか!!その方の名前は解りますか?」


「えっとね。それが朝日君ていう子じゃなかったんだけど……ちょっと待ってくれ」


電話先の相手は、何かを探しているらしい。


「おっ。あった。ん……と。名前はね。タチバナ孝太君ていう子なんだ」


(人違いなのか……)


「で、その子はなんと言ってましたか?」

「何でも、今日のデルタの曲を作詞したファンの子の名前は『さくら』って子じゃないですか?という問い合わせだったらしい。『さくら』は曲名だったよなあ?」


シュウヤは全身に鳥肌が立った――。


(この子は、朝日君と『さくら』を知っている――)そう直感した。


「連絡先とかは解りますか?」


「ほい。ちょっと待ってくれ……いくぞ。080……」


その一部始終を見ていたメンバーが、色めき立っている。


「すげっー!!奇跡だろっ奇跡!!」


「努力って報われるんだな」


「運が良かったてとこだろ」


そんなやりとりを横目に、シュウヤはさっそく橘君に電話を掛ける。携帯の着信待機中『Moon Stage』が流れてきた。


デルタが去年リリースした曲である。

シュウヤは、思わぬところで嬉しくなった。


(もう寝てるよな普通……)


そう思った瞬間、誰かが電話をとった。


「あっ!夜分すいません。橘君の携帯ですか?」


「あっはい。そうですが……」


「私はシュウヤと申しまして、デルタチェリーと言うバンドを組んでる者ですが……」


全てを言い終わる前に、孝太が割って入った。


「おぉおおっっっ!!まじっすか!?まじっすか!?」


孝太君が自分達のファンでいてくれたことは素直に嬉しい。

本来なら、色々と話したかった。


だが、今は時間が無い――。


「孝太君すまないが、本題に移ってもいいかな」


そういうと孝太は神妙になった。


「シュウヤさん。今日の新曲って『さくら』っていう女の子が書いた詩じゃないですか?」


「――その通りだよ」


「やっぱりそうですか!!俺『さくら』に逢わせたい奴がいるんです!!」


「朝日君か?」


「おおっ!!何で朝日を知ってるんですか?」


「それは後で話すよ。朝日君の住まいを教えて欲しいんだ」


「良いですが、今は居ませんよ。あいつのことだから、下手したら、2、3日は帰ってこないかも?」


「……旅行か何か?」


「いや『さくら』を待ちに、狩宿の下馬桜って所に行ってると思います」


シュウヤに衝撃が走った――。抑えられない涙が溢れ出してくる。


「これから、朝日君に『さくら』を逢わせる段取りをするよ」


「えっ!!あっありがとうございますっ!!」


『さくら』の待っていた朝日君が、今も変わらずに『さくら』を待っている――。

『さくら』からのメッセージだという確証は、何処にも無いはずだ。しかし、そんな極僅かな可能性に掛け『さくら』を求めて下馬の桜で待っている――。

これほどの絆に、今までシュウヤは出会ったことが無かった。


「朝日君の携帯番号教えて貰ってもいいかな?」


「あっ!はい。いきますよ」



電話番号を聞きだすと、孝太と段取りを進める。


「孝太君からも朝日君に電話して、繋がったら『さくら』が向かうから待っててくれと伝えて欲しいんだ」


「解りました。直ぐに掛けてみます」


「孝太君。また電話するかも知れないから、その時はよろしくね」


「何度でも掛けちゃってくださいぃ!!」


シュウヤは電話を切った。

すかさず、朝日君に電話を掛けてみるが、呼び出し音が鳴るばかりで、留守電に切り替わってしまう。


時間が無い。

すでに朝日君は下馬の桜に居る――。


シュウヤはメンバーにそれを伝えると、何かあった時のために孝太の携帯番号もメモさせた。シュウヤの頭の中では、あらゆる事が想定され、その対処法が巡らされていく。

この後には収録の仕事がある。

それはメンバー全員参加の契約だった。



(頼む。間に合ってくれ――)




しばらくして、シュウヤ達は収録現場に着いた。収録に入るまでの間もメンバーはソワソワしている。

収録中もメンバーは時計を気にしていたが、やはりそこはプロであった。聴いているスタッフにも、そんな事情は感じ取れなかった。

シュウヤは、この間にも家へ向かうタクシーを用意させている。

何度も、何度も、時計の針が視界に飛び込んできた。



3:42……。





4:14……


4:32……




4:43……




そして4:52――。



収録が終わると、真っ先に家へ向かおうとするシュウヤ。

メンバー達は、それを見送っていた。



「なんか良いな。こういうの」


「ああ」



「こういうのってワクワクするよな」


「俺なんか寝れそうにねえよ」



そんな仲間達に見送られたシュウヤの乗るタクシーは、まだ暗い夜の街に走り去って行った。


帰宅したシュウヤは『さくら』を起こし、直ぐに着替えさせる。

目的を告げたら『さくら』は髪を梳かしたり、化粧をしたいと言い出すかもしれない。だから、シュウヤは、今日の朝焼けを見に行こうと強引に誘い出した。


シュウヤのそんな態度に戸惑いながらも『さくら』は言われるままにした。





============

そこまでの話しを聞いていた朝日の眼には、滝のように涙が零れている。

シュウヤの口から聞かされた、四年という真実――。

その全てが、朝日の魂を揺さぶった。



もう、迷うことは無い――。


もう、疑うことも無い――。


これが運命だったのだと全てを受け入れよう――。

しばらく俯いた朝日は、震える声で話し出した。



「……解りました。シュウヤさん。今まで有り難うございました……」


朝日はテーブルに両手を付くと、頭を下げた。

シュウヤは、それに驚きを隠せない。


「謝らなければいけないのは、僕の方だ……『さくら』ちゃんの眼と声を…………」


その言葉に、朝日はにっこりと微笑んでいる――。

シュウヤには、それが理解できなかった。殴られる事さえ、覚悟はしていた。

大事な人を大変な目に合わせてしまったのだから、それで当然だと思っていた。



「大丈夫です。眼と声は、きっと治りますから……」


どこからそんな根拠を導き出せたのだろう――。

シュウヤは計り知れないものを感じていた。

ただの気まぐれで言っているわけではない。

それは、いま目の前にいるこの青年を見ていれば解る。


ふと、シュウヤも笑みが零れだした。


朝日にあって、自分にないものを知ったからである。

この子なら『さくら』を幸せにできる。

『さくら』の愛した人は間違ってはいなかった――。


心から祝福しよう――。シュウヤの顔は晴れ渡っていた。



人は時に、現実に押し潰されそうになる――。


もし、世の中に奇跡というものがあるならば、それでも尚、前へ進もうとする者達の元に、その多くは転がり込んで来るのだろう。


シュウヤは、いまある現実を飲み込む事に心を砕き、朝日は、これからの未来をすでに見ている。

朝日と巡り会えた『さくら』にとって、いま一番望むものとは、視力の回復と話せるようになることであった。


それを望む気持ちが、シュウヤよりも朝日の方が強かった――。

そこにシュウヤは、朝日にあって、自分に無いものを感じ取ったのである。


シュウヤはそれを、朝日から教わった……。そう思っていた。


朝日の声を聴くたびに『さくら』の胸は高鳴っていく。

それに伴って溢れる涙は勢いを増していった。


「『さくら』の人生は僕が支えて行きます」


朝日にそう言われた瞬間『さくら』の心に激情が走った――。


(朝日君に迷惑を掛けたくない……どうか、どうか……声と視力を取り戻させて下さい……)


『さくら』は、声にならない声を振り絞る――。


「あ…………ひ…………」


そこに居た誰もが、耳を疑った――。『さくら』が確かにしゃべったのである。


「『さくら』……その調子だよ……」


朝日の満面の笑顔は、太陽のように眩しく、激しい感情を内に秘めた深さと、底知れない温かさがあった。

『さくら』はそれに応えようと、再び言葉の封印を外そうとする――。


「あ…………さ……ひ…………く……ん」


振り絞られる言葉に朝日は涙した。

震える胸を無理やり押さえ込むと、もう一度笑顔を作り直して『さくら』に語り掛ける。


「『さくら』随分早かったね……まだ三回しか朝日を迎えてないよ……」


『さくら』の顔にも笑みが浮かんだ。


「おそ…………くな…………ごめ…………い」


その光景は誰の眼にも奇跡と映ったに違いない。


だが、それは奇跡では無かった。

医者からの宣告は100%そうなるとは限らない。そんな所にですら、揺らぎが生じるのが現実である。


『さくら』の声を出す力は、とっくに回復していた。


ただ、朝日に会わせる顔が無いという思いと、治らないという思いが、挑戦するという努力を忘れさせていたのである。

『さくら』にそれを思い出させたのが、朝日という存在であった――。


愛は時に、不可能を可能にする。



運命――。


俺達の周りには、いつも『希望』が溢れている。

どこで何をしていても『希望』を思い出させる出来事が起こる。

遠ざけようと、すればするほどに――。

それを自ら手放せば、人は生きてる意味さえ解らなくなるのだろう。



朝日は『さくら』の手を取って、『狩宿の下馬桜』を目指した。


下馬の大樹は、桜を咲かせながら陽光に胸を張り、風にその身を任せている。

陽光を背に抱き締め会う二人の姿は、シュウヤの思い描いたものと全く変わりはなかった。


すると、一台のトラックがこちらを目指して走って来るのが解った。

トラックは、下馬の桜付近に停まると、その荷台が開き始めた。それと同時に、助手席から降りてくる者がある。


『橘孝太』その人だった。


「おーい!」


そう叫ぶ孝太の後ろには、デルタチェリーが立っていた。

荷台に現れたのは、デルタチェリーの愛用楽器達。


「シュウヤ。お疲れ様!」


「よう!シュウヤ!ここで演奏してみないか?」


「お二人さんおめでとう!!」


シュウヤは、すぐさま駆け寄ると、ピアノに座った。


……

…………


偶然って、何処からくる?


必然って、誰が決めているの?


あなたに声を掛けられなければ


私はきっと後悔していた。


あの日あの桜の下で


あなたは、笑ってくれた。


私は知っていたの。


あの日あの樹の下で逢えること。


私は待っていたの。


長い時を重ねては繰り返して


それが私の必然。


運命と人は言うけれど


私は知っています。


必然て、私が決めた道。


あなたが忘れたとしても


私は遠くで覚えています。


…………

……


下馬の桜で聴くデルタの『さくら』は、新たな命を吹き込まれたように、新しい音律を奏でていた。


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