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 騎士団長の出席ですら稀な出来事なのに、そこに侯爵家出身の貴婦人が加わるという、前代未聞の宴会がお開きになった直後の話である。

 責任感の強い小隊長は、子爵一家が一夜の宿にと仕方なしに選んだ仮眠室の周辺を見廻った。久しぶりに限界近くまで飲んだせいで、ときどき足取りが怪しくなっている。

 彼は建物の外側を見て、廊下に戻ったところでげんなりした。

 見廻って正解だった。

「おい、さすがに寝所を覗くのはやめろよ。相手は侯爵家のお姫さまだ」

 酔っ払った男三人を乱暴に押しのけると、小声の文句が返ってくる。

「よく言うぜ。そのお姫さまを連れ込もうとしやがったくせに」

「してないだろう。結局負けてやったんだから」

「……いや、エベラルドおまえ、途中から本気だったろ。負け惜しみはみっともないぞ」

「仕方ないだろう。ありゃあどんなカラクリだったんだ! あの細い身体にあんだけの酒が入るわけがない」

「さすが、ライリー様信奉会だかなんだかができる奴の奥方だわ」

「その信奉会ってのは、スミスの娘が作った例のやつか。結局まだライリーには言えてないって頭抱えてたぞ」

「貴族のご令嬢方が子爵夫妻を見守る会を作ったとも聞いたぞ」

「あんなガキのどこがいいんだよ」

「下々のもんからしたら、あれが優しくて上品に見えるんだろ。で、上の方々から見れば、逞しくて素敵、になるらしい」

 貴族階級には、ライリーより品の良い貴公子はたくさんいる。騎士団の大半は彼よりも鍛えた肉体を持つ騎士で構成されている。

 だが、その逆となるとほとんど存在しないのもまた、事実ではある。

「あの野郎、美味しいとこ取りじゃねえか」

「平和だな。いいことだ」

 危うい均衡ではあっても、キャストリカでは大規模な戦のない年が続いている。ライリーのような新米は、まだ本格的な戦場を経験していないのだ。

 エべラルドの早い出世は、戦功を挙げたわけではなく、ただその武技と勤務態度とを評価された結果だ。

 今回のライリーの中隊長副官就任の決定にしても、実戦を模した訓練での成果に過ぎない。

「……平和か。いつまで続くだろうな」




 建国以来最年少でキャストリカ王国王立騎士団を束ねることになる、ライリー・ホークラムが騎士団の表舞台に初めて登場したのは、御前馬上槍試合(トーナメント)でのことだった。

 前年の試合が終わった後に騎士の叙任式を受けた彼は、同期の騎士と共に初めて会場入りしたのだ。

 彼は一試合目で辛くも勝利を手にして、その勝利を愛する妻に捧げた。

 後に笑い種になるその場面は、しかしいつまでも人々の心に温かく残り続けた。

 彼は一騎打ち(ジョスト)の相手を破ったあと、自身も落馬し、動けなくなった。作法通りなら、意中の女性か主君の妻に勝利を捧げ、祝福のキスを受ける場面である。

 彼は仕方無しにその目線と指差しだけで、勝利を捧げる相手を指名した。

 会場が笑いに包まれ、仲間の騎士が彼を運び出そうと、神聖な試合場に足を踏み入れようとした。

 そのとき、指名を受けた彼の妻が観覧席から降りてきたのだ。

 彼女は一直線に夫の元に歩み寄り、地に伏した彼の前で跪いた。

 そして微笑んだ彼女は、夫に祝福を授けた。

 元より名の知れた妻と、騎士団だけに留まらず国内にその存在を示しつつあった夫を、会場中の人間が拍手と決勝戦用の花弁を撒くことで祝福した。

 婚礼からはじまった彼らの恋の行方を、多くのひとが温かく見守った。

 そんな視線にはひとつも気づかず、彼は騎士修行に励み、実力をつけていった。

 少ない余暇には妻の心に寄り添い、そのほとんどの時間を笑って過ごした。

 そうして心を栄養で満たしたら、再び剣を握るのだ。

 彼は畏れられることなく、周囲に愛される奇異とも言える騎士団長になった。

 若き騎士団長は生家の力だけでなく、自身の実力でもって武官の最高峰にまで登りつめたのだ。

 歴代の騎士団長のような頭抜けた武勇は持たなかったが、彼にしか持ち得ないその実力は、みなが認めたものだった。

 そんな彼の守る国も、永くは続かなかった。

 彼の力は、巨大な波の前では微小なものでしかなかった。

 祖国の運命を受け入れたあと、彼は新しい国のために再び立ち上がった。

 彼の愛するひとは、新しい国に在る。

 ならば彼のすべきことは、それまでと変わらない。





 彼は、生涯にわたって剣を手放すことはなく、この世で最後の息を吐くその瞬間まで、妻の騎士で在り続けた。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。


2022.04.15 番外編集『王国挿話』始めました。

2022.07.25 完結編『余生をあなたに』始めました。

引き続きお読みいただけましたら幸いです。

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