余生をわたしに
キャストリカ中の貴族が王都に集まる季節の終わりに、御前試合は開催される。
王立騎士団所属の騎士が闘技場に集結し、その雄姿を王侯貴族の前で披露するのだ。
いくつかある競技のうち花形は、言うまでもなく馬上槍試合だ。騎士は自身の持つ資質を余すことなく披露し、観客はその姿に驚喜する。
派手なのは団体戦だが、貴婦人に人気なのは一騎打ちのほうだ。宮廷詩人の詠う騎士道物語によく登場する場面であり、若い娘はお気に入りの騎士に勝利を捧げられることを夢見ているのだ。
さて、正式に騎士に叙任されてちょうど一年が経とうとしているライリーは、今年が御前試合初出場となる。
試合に出場し、新しく叙任された騎士が入団してくれば、晴れて新米扱いも卒業となる。
捻挫した足首も癒え、汗をかきながら騎士団長室でアドルフの書記官を務める日々も終わっていた。
元の隊務に戻った頃、小さな従者の少年が新しくホークラム子爵一家に加わった。
ライリーは残り少なくなった期間で、御前で恥をかかないようにと試合に必要な練習を積み上げた。
アルはそんな主人をよく支え、実家でも騎士団でも末子扱いばかりだったライリーは、弟ができたようだと喜んで彼を可愛がった。
御前試合当日の朝、ライリーは家を出る直前まで、しつこく妻に念押しした。
「そんな期待の目で見ないでください。あなたが楽しみにしてくださっていたから練習はしましたが、そんなに簡単なものではないんです」
「分かっています。そこまで夢見ていません。でも、勝ったらわたしに勝利を捧げてくださるんでしょう?」
「分かってないじゃないですか! 頑張ったって無理なものは無理なんです! 今の俺では勝星ひとつ挙げられません」
「分かってますってば。どうかお怪我の無きように。観覧席で観ていますね」
「…………」
ライリーはハリエットの背に右手を回して、ひとつに編んだ髪をまとめた紐を抜き取った。
恋人の髪は幸運の御守りだ。戦場に向かう騎士の身を守り、勝利に導いてくれる。ハリエットの髪はあまりに目立つから、髪紐はその代わりだ。
今から彼が向かうのは戦地ではなく試合会場なのだから、簡易の御守りで充分としたのだ。
「努力はします。あなたの余生をわたしにくださいと、胸を張って言える騎士になれるよう、精進します」
言ってくださってもいいのに、とハリエットは思った。というか、言われるまでもなく、もうすべて捧げたつもりでいたのに。
「応援しています」
このひとのなかではきっと、騎士としての成長が、ハリエットの夫としての自信に直結しているのだ。
ハリエットが幼い頃に憧れた物語の騎士よりもずっと未熟で、歯痒いくらいに遠慮がちな歳下の夫。だけど彼女にとっては、この上なく素敵な、最高のひとだ。
彼の歳上の妻として、一番近くでこれからの成長を見守るのは、とても楽しく有意義な余生の過ごし方だと思うのだ。




