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警備の仕事

 その日、ライリーは急病の騎士の代わりに、久しぶりに警備の任に就いた。普段の担当とは違う場所だが、やることは同じだ。とりあえず立っていればいい。

 甲冑を着込んで槍を構えて立っていれば、それだけで抑止力になる。

 もちろん周囲への警戒も怠らないが、人通りの少ない場所だったため、欠伸を噛み殺す羽目になった。

 そこへ飛び出してきたのが、従者の少年だ。制服を着ていたため、一目でそうと分かった。

 走ってきた勢いのまま建物内に入ろうとするので、ライリーは任務を遂行した。即ち、足を引っ掛けて転がした。

 そのまま地面に激突するのを見守ってから、両脇の下を掴んで起こしてやる。従者になったのであれば十三にはなっているはずだが、ずいぶん軽い。

「勝手に建物に入るな。下手をすれば処刑されるぞ」

 ライリーは少年の顔を覗き込んだ。見覚えがない、黒髪の少年だ。

「アル? 何遊んでるんだ」

 一緒に立っていた騎士が、従者の顔を見て呆れた顔になる。

 ライリーの隊とはあまり接点のない、別の大隊の従者か。流行に乗っかった志望者のひとりだろうか。

 少年が現れた方向が騒がしい。建物の陰を覗いてみると、同じ従者のお仕着せを着た数人が走り去るところだった。

 顔から地面に突っ込んだかに見えた少年だが、上手いこと受け身を取ったらしい。服が汚れただけで怪我はなかったようだ。

 可愛らしい顔をしている。特別整っているわけではないが、少女のように柔和な印象だ。お仕着せの中で身体が泳ぐくらいの、小さな少年。

「なんだ、さっそくイジメか。しょうがないヤツらだな」

 彼には、走り去った少年達にも心当たりがあるのだろう。騎士を目指すのは、腕っ節に自信がある少年ばかりだ。そんな中に少女のような顔をした華奢な少年が混ざれば、キツい仕事に鬱憤が溜まった従者達の、格好の標的になる。

 彼は同情した顔で従者の頭を撫でて、服の汚れを払ってやった。

「悪いな、ライリー。ここは任せていいか? この子を隊長のところまで連れて行ってくる」

「……申し訳、ありません」

 消え入るような声で謝る少年に、ライリーも同情顔になった。

「いや、転ばして悪かったな。頑張れよ」

 最近、息子を騎士にさせようとする下級貴族や商人が増えているのは本当のようだ。あんな見るからに線の細い少年まで入団しているとは。

 おそらく、本人の希望ではないだろう。痛い目を見る前に辞められればいいのだが。

 これまでも、野心を胸に親元を離れてくる少年は少なくなかった。だが、騎士団は親の都合のいい夢のために息子を放り込んでいい場所ではない。

 泣きながら帰って、受け入れてくれる親であればいいのだが、そうでない場合は辞められず、騎士団で耐え続けるしかない。

 ライリーは直立の姿勢を保って、警備の相方が帰ってくるのを待った。そろそろ昼か。先に交代の騎士が来るかもしれない。

 今の場所は、いつもの食堂から離れた場所にある。近くの隊の食堂に邪魔して食べさせてもらうことにしよう。

 食事のことを考えていたら腹が減ってきた。

「……ライリー?」

「! ハリエット」

 警備兵が警戒するのは、基本「外側」だ。右手の回廊から人の気配がしていたが、明らかに貴婦人だったので、視線を向けていなかった。

 まさか勤務中にハリエットに会えるとは。

 ライリーは辺りを見回して、他にひと気がないことを確認してから、ハリエットに駆け寄った。

「よく分かりましたね」

 警備の任に就くときは、甲冑に兜まで被っている。面頬は下ろしていないものの、正面からしか顔が見えないはずだ。

「ふふ。なんとなく。今日はいつもの場所と違うのですね」

「ええ。本来なら別の隊の担当なのですが、人手が足りなかったようで」

 ハリエットは先ほどのライリーのようにきょろきょろしながら、持っていた小箱から小さな焼き菓子を取り出した。誰もいないのに静かに目配せする彼女に促されて、迷いながらも口を開ける。 

 複雑な表情で咀嚼するライリーを、ハリエットはご機嫌な笑顔で見ていた。

 回廊は地面より一段高くなっている。わずかに彼女を見上げる形になって、笑顔の理由に気づいた。

「……何か思い出してますね?」

「分かりますか、小さな騎士さん」

 子ども扱いにキスを返して慌てさせようかと思案するが、彼にそこまでの度胸はなかった。

 任務中に妻から菓子を食べさせられていたことだけでも充分立場が悪くなる。ましてやいちゃついていたなどと目撃情報が上がれば、小隊長は情報を吟味することなく処遇を決めることだろう。

 鍛錬地獄再び、は絶対に避けなければならない。

 はあ。ため息をついて持ち場に戻ると、ハリエットもついてきた。

「今日はどちらまで?」

「王妃様に呼ばれて。お茶会の打ち合わせをしてきました」

 帰りに持たされた土産が焼き菓子だったのだろう。

「アンナは一緒じゃなかったのですか?」

「お使いを頼んだので、そこの角で別れましたの」

 貴婦人がひとりで歩くには、ここからだと自宅までの距離が少し遠すぎる気がする。

「もう少しで交代が来ますから、このまま待っていてください。一緒に帰りましょう」

 今夜は厳選した夜会の予定が入っている。交代が来たらお役御免だから、ちょうどまっすぐ帰宅する予定でいた。

「えっ」

「え?」

「甲冑のまま?」

「……いや、脱いでから。だと時間がかかりますね……」

 ハリエットはまた笑って手を振った。

「ひとりで大丈夫ですよ。お昼も食べてから帰るんですよね?」

 いつも機嫌のいい人だ。つられて笑顔になって、手を振り返す。

 ハリエットと入れ違いで交代の騎士が現れ、見つからなかったことに胸を撫で下ろした。規則通り引継ぎをしてから、騎士団の詰所に向かう。

 ライリーは詰所で甲冑を外した。手を貸してくれた従者の顔を見るが、先ほどの少年ではない。

「黒髪の小さい奴は? いないのか?」

「ああ、アルなら厨房当番です。呼んできますか?」

 仕事に戻ったということは、先ほどの騒動でもまだ辞める気はないということか。

「いや、いい。おまえも腹が減っただろう。あとはいいから食べておいで」

 ぱっと顔を輝かせて裏へ走る少年も、おそらく新顔だろう。甲冑の外し方をいちいち指示するのも面倒になって、適当なところで追いやってしまった。

 ライリーは自分が流行源であることも知らず、騎士志望者が増えるのはいい傾向だとぼんやり考えた。どうせほとんどが辞めてしまうだろうから、母数は多いほうがいい。下が増えれば、自分達若手の負担も減る。

 普段と違う場所でどの席に座るべきか悩むが、顔見知りの騎士が隣を示してくれたので、皿を持って向かった。

「ほんと、おまえ貴族らしくないよな」

 商家出身の同期の言葉に、ライリーは無言で眉を上げた。

「いや、そうやってお行儀良く食べてるときは別として。なんて言うか、偉そうじゃない」

 なんだそれは。咀嚼してから声を出そうとしたが、別の言葉が飛び出した。

「うまっ。なんだ、これ」

 いつも食べているスープと違う。適度な刺激が舌を刺す。香辛料?

「肉も味が違う。え、おまえら普段こんなの食べてるのか?」

 食材は同じに見えるが、味と食感が桁違いだ。

「美味いだろ。最近入った従者に、旅籠の息子がいてな。厨房も手伝ってたとかで、料理が上手いんだ」

「転属願い出したいな……」

「ライリーのとこの小隊長に言いつけるぞ」

 それは困る。慌てて口止めしながら、ライリーは考えていた。

 貴族の家で働いた経験のある家政婦と下男を、とそればかり考えていたが、新しく興したばかりの小さな子爵家で働きたがる者はなかなか見つからない。

 だがそうか。旅籠の息子か。知り合いの商家から人を頼むのもいいかもしれない。

 条件に合う人間が見つかったら、ハリエットに相談して雇うことにしよう。

 いいことを思いついた。

 問題が一つ片付きそうだと、ライリーは心の荷物が少し軽くなった心地がした。

 ひとり満足気なライリーを見て、別の騎士が近づいてきた。

「楽しそうだな」

「ああ、食事が美味くて。こっちはいいな」

「そうじゃなくて。結婚。こっちにも噂が届いてるぞ。ライリーがデレデレしてるって」

「俺も聞きたかった! どうなんだよ、侯爵夫人との生活って」

「子爵夫人だ」

 彼女には侯爵の妻だった過去などない。

 切って捨てるような言い方だったが、騎士達は素直に謝った。

「悪い。子爵夫人、存外若くて可愛らしい方だって評判じゃないか。確かに噂通りの美人だが、気さくな方だって」

 それが本当のハリエットだ。男の恋心を弄ぶ奔放な侯爵夫人なんか、最初から存在しなかった。

 他の男にハリエットの本当の姿を知られるのは癪ではあるが、彼女の魅力は隠しておけるものではないのだから仕方がない。

「で、どうなんだよ。結婚生活」

 朝から晩まで鍛錬漬けだったり、貴族の義務を果たす合間に隊務に就いたり、妻と過ごす時間はほとんどない。

 ただ帰宅したら笑顔で迎えてくれて、向かい合って食事をして、夜には同じ寝台で抱き合って眠り、朝目覚めたら腕の中のハリエットにキスをしているだけだ。

「すごくいい」

「すごくいいのかー」

「俺も結婚したくなってきた!」

「流行に乗っかったどっかのご令嬢が見初めてくれねえかなあ」

「ばっかおまえ鏡見て言えよ」

 勝手な連中だ。

 結婚が決まったときには、いくら美人でもあんな歳上は、妻にするなら貞淑な女性のほうが、夫人はすぐに愛人を作って歳下の夫になど見向きもしないだろう、などと好き勝手言っていたくせに。

 ざまあみろ。ハリエットほど可愛らしく貞淑で美しい妻はどこにもいない。

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