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8 第二魔法騎士団長執務室付

 翌日、辞令を受け取ると、ルーチェは昨日通された第二魔法騎士団長執務室へ向かった。

 部屋には団長、副団長の机が並び、昨日は確かに団長の机上にあった筈の書類が、そのままスライドして副団長の机上に置かれていた。

 部屋にはヴァレリオがいて、机に腰掛けることなく、腕組みをして積まれた書類を睨みつけていた。

「お、おはようございます」

 ルーチェが頭を下げると、挨拶を返すことなく

「その机を使え」

と、部屋の隅を顎で指した。

 そこには団長、副団長の机に垂直になるように小さな机が置いてあった。どうやら秘書用らしい。

 言われるまま、その机に自分の少ない荷物を置き、

「何からしましょうか」

と聞くと、ヴァレリオは

「妖しい奴が入ってこないよう見張ってろ」

とだけ言って、明らかに渋々と言った空気をまといながら自分の席に着いた。

 団長から任されたデスクワークを片付ける気になったらしい。


 無理にルーチェを異動させた割に、大した仕事が来ない。

 まあ、来て一日目だ。よほど優秀な人を引き抜いたならともかく、たまたま髪を切り落としてしまった人間を呼び寄せたに過ぎない。

 それでも、何もしないのは気持ちが悪かったので、

「…この書類、見ても差し支えありませんか?」

 そう聞くと、ヴァレリオはルーチェの方を見もせず

「正式に辞令が出たんだ。問題ないだろう」

とだけ言って、手元の書類に頭を悩ませていた。

 ルーチェは、ただ積み上げられていた書類を、今ヴァレリオが持っているものの他三つほどを残し、一旦自分の机に引き取った。

 静かな執務室に、紙をめくる音だけが聞こえる。

 しばらくするとノックの音がし、どこかの職員が新たな書類を持ってきた。自分の名を名乗り、短期の秘書だと説明すると、急ぎか打ち合わせが必要かを聞き、一旦書類を受け取った。

 今積まれている書類から、急ぎと思われる案件を選んでヴァレリオの卓上の未決と書かれた箱に入れると、さっき残していた3つのうち2つは既に既決に入っていた。

 続いて、一連の案件と思われるものを整理した。

 中には既にヴァレリオの確認が済んでいるものも多く混ざっている。これが団長の最終決済が不要なら、五分の一は片付きそうだ。グイドは「溜めたんじゃない」と言ったが、どう見ても溜め込んだものにしか見えなかった。

 合間にお茶を入れると、黙って口に含み、シュガーポットから一番小さな破片を追加した。ミルク入りでいいらしい。

 ミルクとシュガーポットを下げると、息をつくことなく仕事を続けた。

 やがて、既決の箱に入ることなく、机の横に置かれた書類が目につくようになった。

 新しい案件を未決箱に入れに行くと、

「これ、団長」

 そう言って、横の書類束を指さした。

 団長のサインが必要なものらしい。小さなメモがついている。


 間もなくお昼という頃になって、団長グイドが息を弾ませながら部屋に入ってきた。

「やあ、初出勤ご苦労様」

にこやかにルーチェに語りかけると、そのまま白い魔法騎士団用のローブを脱ぎ、自分の椅子にかけた。

「いやあ、やっぱり現場はいいねえ。こんな天気のいい日に、書類仕事なんてやってられないよ」

 ヴァレリオに強烈な目線で睨まれても気にすることなく、呑気にそう言うと、続いて上に着ていたシャツまでも脱ぎ始めた。慌ててルーチェが後ろを向いたのに気がつくと、

「ああ、そうだった。レディの前で着替えちゃダメだね」

 そう言って奥の部屋に入った。さっぱりと着替えを済ませると、そのまま部屋を出て行こうとするので、

「こちら、お願いします」

と、メモのついた決済を渡した。すると、

「仕方がないなあ…」

とぼやきまがらも、ちらりと眺めると席に着き、三件中二件にサインを書き、一件にはヴァレリオのつけたメモに丸をつけて、「差戻し」と書きこんだ。その間、5分も経ってない。

 やる気になれば、できる人か。

「じゃ、お昼行ってくるから」

 そしてウインクをすると、ややフライング気味にお昼休憩のため、部屋を出て行った。

「おまえも昼食ってくればいい」

 ヴァレリオにそう言われ、

「それでは」

と休憩を取ることにした。


 戻ってきてもヴァレリオは休憩を取った素振りもなく、ルーチェが仕分けて置いておいた書類はかなり片づいていた。

「休憩は取られないのですか?」

 ルーチェが声をかけると、仏頂面のまま

「はん? …誰が?」

と聞き返された。

「誰…、あ、えっと、…副団長様」

「…気持ち悪っ」

 書類からそれた顔には、くっきりと眉間にしわが刻まれていた。

「肩書きで呼ばれるのは好かない。ヴァレリオでいい」

 そうは言われても、副団長を名前で呼ぶような根性はルーチェにはなかった。

 必死になって思い出す。第二魔法騎士団の副団長、副団長の名前…

 ヴァレリオ・アガッツィ

「それでは、アガッツィ様と」

 新しい呼び方の提案に、いぶかしい顔でルーチェをじいーっと見つめ、

「…まあ、いきなり名前は呼びにくいか…」

とつぶやくと、また書類に目を向けて、仕事を続けた。


 その後も軽いお茶の時間は持ちながら、ほぼ休むことなく黙々と仕事を続けていたが、時間になるとピタッと仕事の手を止め、

「じゃ。おまえもとっとと帰れ」

とだけ言うと、荷物をまとめてさっさと帰ってしまった。

 団長も今日は現場から直帰する、と言っていた。

 誰もいない部屋。残業なし。

 ルーチェもお茶の片付けは終わっており、書類の仕分けも順調。初日から残ってするような仕事はなかった。

 執務室の鍵を閉め、今まで味わったことのない「定時帰り」に、何故か少し後ろめたさを感じた。


 通りすがりの部屋から、

「信じられる?? あの新しい秘書」

 自分のことを言っているらしい大きな声に、思わず足が止まった。

「グイド団長とヴァレリオ副団長と同じ部屋で仕事だなんて。どんな裏の手を使ったのかしら」

「マルコ様が急に退団されたから、代わりの人がいるって聞いて私も立候補したのに、グイド団長ったらにっこり笑って『ごめんね』だったのよ。さぞかし優秀な人が来るかと思っていたら、第三騎士団って…」

「魔法も使えない、騎士団の、しかも第三! 冗談じゃないわ」

 言えるものなら言いたかった。

 これはペナルティです、と。皆様の憧れの副団長様の髪をうっかり切り落としてしまったペナルティとして働かされているのです、と。

 もしかしたら、この女子団員からのやっかみを受ける事こそペナルティなのかも知れない、とルーチェは思った。

 団長・副団長とも実力者で女性にも人気があり、団長・副団長の近くで働きたい人が大勢いるなら、秘書が必要でも誰か一人を選べばもめごとになりかねない。同じ団員同士がいがみ合うよりも、部外者であるルーチェが憎まれ役になった方が、魔法騎士団としては今後がやりやすいだろう。

 なるほど。

 ずっと抱いていた疑問の落としどころが見つかって、ルーチェはすっきりした。

 期待されているわけじゃない。そこそこ頑張ろう。


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