6 第三騎士団
第三騎士団は、兄にも言われてはいたが、とんでもないところだった。
同期が自分を含めて女三人、男三人。
先輩に女性は一人もいなかった。
その理由は、自己紹介をしただけで判った。
女だと言うだけで舐めるように絡みつく視線、侮蔑を含んだ笑い。
下っ端が雑用を押しつけられるのはどこも同じだが、同期の男たちも最初は自分達が受けていた雑用をルーチェたちに押しつけるようになり、先輩に混じって「女はこれだから仕方がない」という言葉を平気で投げかけてきた。
団長であるグレゴリオからは、男女の間で差別のないよう、後輩をいじめないよう厳しく言われていたが、そんなこと言われたくらいで大人しくなるような者はおらず、団長の目の届かないところで仕事の押しつけや嫌がらせは続き、一ヶ月後、一人がやめた。
「こんなことなら、地元の警備団に務めた方がよっぽどまし!」
そう言い残して、未練なく田舎に帰っていった。
三人でこなしていた雑用が二人になり、徐々に自分のことをする時間がなくなっていく。半年後、もう一人もやめて、女性は団の中でルーチェ一人になった。
性別だけでなく、弱いと見下した者への風当たりも強い。同期の男子も一人やめた。
兄の言葉が今更ながら理解できた。
- もしつらければいつでも家に戻ることができるのだと、忘れないでいてほしい。
やめられる者は、皆帰るところがある者だ。
しかし、あの家に比べれば、まだ自分の力でなんとかなるここの方がまし、とルーチェは歯を食いしばった。
半年たっても、ルーチェにはまだ実家である辺境伯家を嫌悪する気持ちを拭えなかった。
しかし、こんな第三騎士団にずっといられるとも思えない。
三年、残り二年半のうちに、次に行くところを見つけなければいけない。それもできるだけ早く。
思いとは裏腹に、勤務外の仕事が次々に増えていった。
さすがにルーチェ一人ではまかないきれなくなり、押しつけられていた雑用があふれてくると、同期の二人も手伝わざるを得なかった。修練後の後片付け、整地、掃除、先輩方の靴磨き、破れ物の繕いまで回ってきた。本当なら、洗濯屋に頼めば繕ってもらえる物だ。しかし小銭を惜しみ、新入りに仕事として回してくる。
男二人は繕い物が全くできず、すべてルーチェの元にやってきた。かといってほかの仕事も減らしてもらえるわけではない。
繕い物は苦手ではなかったが、意味のない仕事を押しつけられるのは不愉快だった。
だが、そのうち面白いことに気がついた。
靴や手袋、防具のメンテナンスをしていると、使っている人の癖が読めてくるのだ。
その情報を、月に一回の修練会で使ってみた。
第三騎士団全員によるトーナメント戦は、現在の騎士団内の自分の順位を図ることができる絶好の機会だ。
ルーチェは入団してすぐの修練会で上位から四分の三ほどの位置につけ、今では概ね中間程度の実力と見なされている。つまり、第三騎士団の男の半分はルーチェより技量が劣る、ということだ。破れた防具や衣服が伝えるその人の癖は、有益な情報になり、ルーチェのランクを押し上げてくれていた。
上位になれば、三騎士団合同修練会に参加でき、時にはそこから別の団に引き抜かれる者もいる。しかし、ルーチェ程度のランクでは、引き抜きなどあり得ない。
もっと鍛練を積みたいところだが、とかく面倒な雑用に振り回され、討伐があれば準備のためいち早く出勤し、夜も残って仕事をこなし、時には家にまで持ち帰る。
一年過ぎて、ようやく後輩が五人入ったが、女性は一人もいなかった。
後輩は、ほかの男たちがルーチェを舐めているのを見て、すぐに同じように見下すようになった。
ルーチェも当初は後輩の指導をしていたが、露骨に自分を侮る態度に修練会でコテンパンに伸し、以後口をきいていない。彼らがルーチェに雑用を押しつけてくることはないが、同期のブルノとガスパロは自分よりルーチェの方がランクが上なのも気に入らず、相変わらず嫌がらせのように雑用を押しつけてきた。どさくさに紛れて、自分の物まで繕わせて…
そんな困った毎日が続く中、あの魔犬事件が起きたのだ。