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4 いなくなった娘

 リヴェラトーレがルーチェが屋敷を抜け出したことを知ったのは、翌朝、朝食の時間だった。

 手紙一つ残さず、父が与えた物は何一つ持たず、娘はいなくなっていた。

「どういうことだ。今日の朝の支度は誰が」

「お、お嬢様がご自身でなさるので不要だと…。朝食の時間にはご自身でお越しになられますので…」

「夜の見回りはしていないのか」

「昨晩は鍵をかけておりましたので、不要かと…」

「鍵? ルーチェには部屋に控えろとは言ったが、鍵をかけろなどとは言っていない」

 リヴェラトーレは執事を呼び、この家でルーチェがどのような扱いを受けていたのか、昼間はどうやって暮らしていたのか、事情を聞いた。

 執事自身がルーチェのことを把握できておらず、食事と授業の時間になると現れるが、後はずっと部屋にいて、身支度の補助はかたくなに拒否されていた、つまり侍女がついていなかったことを述べた。

 手がかからない、実にやりやすいにわか令嬢は、実は野放しだった。


 部屋に残された刺繍の図案や、与えた覚えのない刺繍糸のセット、束ねられた手紙には刺繍の礼がしたためられていた。クローゼットの奥には古びた帯剣ベルトがあり、修理をしようとしていた様子がうかがえた。サイズは小さく、子供か女性が使う物、恐らく本人が使っていたものだろう。直して使うか、次の者へ与えるつもりだったのかも知れない。領主の娘として引き取られながら、その暮らしぶりは引き取る前と変わらず、質素だった。

 クローゼットのドレスも手前の一、二枚だけ使い、他は袖を通した様子もなかった。隠すように下に置かれた男物の服は、何度も繰り返して着ていたらしく、ずいぶんとすり切れていたが、洗濯はされている。

 屋敷の中にこの服を知る者はいなかった。洗濯も自身で行っていたのだろう。

 若い娘なら楽しみにするだろうと思っていたおやつの時間も、本人が一度断ってから一度も出されていなかった。午前中に授業を終え、昼食を取ってから夕食までの時間を、どこでどう過ごそうと、誰も知る者はいない環境。変装して抜け出そうと、誰も気づかない。

 忙しいことを理由に、あまりに関わらなさすぎたことを、今さらながら後悔した。

 これでは家を出たがるはずだ。

 ずっと家を出る準備をしていたことにさえ、気付いていなかったのだ。


 リヴェラトーレは、息子であるランドルフォを呼び寄せ、王都の騎士団に行ったルーチェリアに会い、話を聞くよう命じた。自分よりは年が近い兄にであれば、少しは心を開くかも知れない。できれば連れ帰ってもらいたいが、本人が望まないなら期間を設け、しばらく自由な時間を与えることにした

 届いた書類によれば、行き先は第三騎士団だ。

 庶民として受験している以上、そうなるのは仕方がないが、第三騎士団と言えば、王都に五つある騎士団の中でも最も荒くれており、女性が居着かない団だ。逃げる先として、決して安心できるものではなかった。しかし現状では、第三騎士団を嫌だと思ってもさらに逃げる先はないだろう。追い詰めることはできない。

 ルーチェの部屋に、自領である辺境騎士団の入団案内があったことも、心が痛んだ。

 ルーチェが住んでいた街に近い、教会のすぐそばの教場の指導を担当していた者に、ルーチェのことを聞いた。

「教場にルーチェという者がいたと聞いたが…」

「ああ、ルーチェでしたら、小さい頃から面倒見てましたよ。世話好きで明るい子です。昔から太刀筋が良くて、体力にちょっと不安はありましたが、何よりやる気なのがいい。王都の騎士団に合格したと聞きましたよ。ずっと辺境騎士団に入りたいと言っていたので楽しみにしていたのですが、王都に取られてしまいました…。何か事情があったようですね」

 何も知らない辺境騎士団の中堅騎士、ファストが語るルーチェは、自分が知っているルーチェとはずいぶん違った。

 せめて辺境騎士団に入ってくれていたなら。

 いや。ルーチェをそうできないほど追い詰めてしまったのは自分だ。

 手を見れば剣を扱う者かどうかくらい、判っただろう。しかし、手に触れたことなど一度もなかった。母を亡くして涙もこぼせず、ただ耐えていた娘を抱きしめることさえしていない。自分もまた、ようやく共に暮らせると思っていたルーナの死を受け入れることができなかった。ルーナに似たルーチェを見るたびに心が痛み、幼い娘への接し方も判らず、つい逃げてしまっていたのだ。

 黙ってうつむいてしまったリヴェラトーレに、ファストが

「ルーチェが、何かしでかしましたか?」

と心配そうに聞いた。

 リヴェラトーレは、しばらく窓の外をじっと眺めた後、

「いや…。あの子は、…私の娘だ」

と、正直に言い、ファストの度肝を抜いた。


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