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18 共に学ぶ喜び

 スドヴェストの王と魔法師団の訪問が近くなり、執務室の業務も増えてきた。

 先方から、各騎士団・魔法騎士団から数人ずつ集めて御前試合をしたい、との要望があった。王都の団だけでなく、東西の辺境騎士団にも参加を求められていたが、東から人を出すことをずいぶん渋られていた。

 魔犬のボスが逃げているなら、別の仲間を集めて再度襲撃してくる可能性もある。調査も合わせて人手はいくらあっても足りないくらいだ。結局東の辺境騎士団からは会談に団長が来るだけで、他には人を出さないことになった。

 代わりに西の辺境騎士団が少し多めに人を出すことを了承し、ルーチェの兄二人と、他に三人、合わせて五人が来ることになった。


 ルーチェが緩い繕い魔法をできるようになった日以来、時々兄達の話をヴァレリオから聞くことがあった。

 森を探検して迷子になった時に野いちごの群生を見つけ、食べ過ぎておなかを壊した話とか、魔犬だと思って戦おうとしたら汚れた雌犬で、子犬を守ろうとしていただけと判り、こっそり食べ物を持って行って世話をした話とか。

 ヴァレリオが話す兄達は普通に面白い人だった。ヴァレリオ自身がモンテヴェルディで暮らしていたのが九才までだったので、幼い頃の話が主だったが、遠く離れた今でも交流が続くくらい気が合っているようだ。

 兄達とは一緒に暮らしていなかったので、ルーチェには印象自体が薄かったが、自分が思い描いていた人物像とはずいぶん違っていた。ずっと年が離れ、辺境騎士団で活躍する辺境伯の子息。家族になんてなり得ないと思っていた。でもそれは、自分の怖がる心の壁が作り上げていたものかもしれない。

「兄妹じゃなければ、旦那に勧めてもいいくらい、いい奴らだ。あいつらは飲むと陽気になるから、今度来たら飲みながら話すといい。居づらかったら、一緒に行ってもいいし」

 ヴァレリオの申し出に、ルーチェは即答した。

「是非、同席をお願いできれば嬉しいです」

 自分を頼られると思っていなかったヴァレリオは気を良くし、辺境伯兄妹の飲み会の実現に向けて動くことにした。


 ルーチェは今回の御前試合は見るだけだった筈なのだが、先方が女性も別枠で、と言ってきたので、数合わせに参加することになった。女性だけで小さなトーナメントを組むらしい。スドヴェストの今の魔法師団長は部下同士で戦わせるのが好きで、自団の人間同士の対決に飽きたらず、他国にまで要請しているのだろう、ともっぱらの噂だ。

 もしかしたら優秀な騎士をスドヴェストに引き抜くつもりかも知れない。

 ルーチェは一年ちょっと後のことを考え、次の逃げ先、いや仕事先を探してはいたが、スドヴェストはちょっと離れすぎているな、と思った。もちろん、スカウトされるほど自分が強いとは思っていないが。


 ヴァレリオも御前試合に出ることが決まり、剣の鍛錬に参加するようになった。

 ローテーションしながら何人かと軽く剣を合わせるが、ウォーミングアップから加減を知らないらしい。相手がまともに打ち返せてない。

 ルーチェが魔法騎士団の同期の相手を終え、一礼すると、突然、ヴァレリオがルーチェの前に立った。

 いきなりのことに驚いたが、すぐに構え、応じる気を見せた。

 さすが副団長をしているだけあり、魔法がなくても剣だけで充分強い。御前試合に選ばれるくらいだ。全騎士団中でもかなり上位の腕前だろう。自分がかなう相手ではなさそうだったが、これこそ自分を鍛えるには適している。

 ルーチェは久々に強敵と本気で打ち合えて楽しかった。五回剣を交え、一勝もできなかったが、競り合いで何度か後退させることはできた。

 剣を好まない魔法騎士団の女性陣が、ルーチェを負かしたヴァレリオに黄色い声を上げていた。ヴァレリオが普段気さくに接しているルーチェに容赦しなかったところが小気味よかったらしい。

 ルーチェ自身は、手を抜かれるよりも今のように本気で稽古を付けてもらえる方がよほど嬉しかったので、小声の嘲りも鼻で笑う仕草も気にはならなかった。


 時間があれば、終業後に裁縫だけでなく、剣の時間もとれるといいな、と思った。このところは、刺繍のレッスンよりも、繕い魔法や、その基礎となる魔法を繰り出す方法を教わることが多く、今や教える側はルーチェよりもヴァレリオの方が多かった。仕事が遅くなっても、短時間でも残って学び合えるのが楽しくてしかたない。領主の館に引き取られる前に通っていた街の学校や、剣の教場でみんなと一緒に騎士団員から剣を教わっていた頃のようだ。

 それもあとわずかな期間だ。

 もう一月もせずルーチェは第二魔法騎士団長執務室付から、第三騎士団の一員に戻る。女性の団員は居着かず、同期からも見下される、困った職場だ。

 ばかたれと怒られながらも、ヴァレリオが自分を見下すことはなかった。

 大事な髪を切ってしまったのに、自分は多くのものをもらっている。

 ルーチェはヴァレリオに深く感謝しながら、何か一つでもヴァレリオを負かせられるものを得てみたい、そう思うようになった。そうすれば、自分のことをずっと覚えていてもらえるかもしれない。

 ふと、お礼を込めて、グイドとヴァレリオに何か繕い魔法の入った物を作る事を思い立ち、ルーチェは宿舎に戻ると、別れの日に向けた記念の品を作り始めた。


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