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15 旧友

「よう、副団長様」

「その呼び方はやめろ」

 昼間の公式な訪問を終え、街の酒場で待ち合わせていたコレッティ辺境伯の子息、ランドルフォとレオーネは、ヴァレリオが自分の肩書きに顔をしかめたのを見て、大笑いした。

「短い髪も似合ってるじゃないか。なんか懐かしいなあ」

 ヴァレリオはモンテヴェルディにいた頃は今よりも短い髪をしていた。王都に戻り、魔法を正式に学ぶようになってから髪を伸ばすようになり、いつも後ろで縛り、ひとまとめにしていた。

「ちょっとした事故だ」

「噂は聞いてるよ。ほら、土産だ」

 レオーネは、頼まれていた髪紐をヴァレリオに渡した。

「使えるようになるには、もうちょっとかかりそうだな」

「まあ、そのうち伸びるだろうし…。で、個人的な方の用事ってのは?」

 席に着き、ヴァレリオが切り出すと、ランドルフォはテーブルに小さな結界を張った。周りに聞こえるとまずい内容らしい。

 酒を一口含み、

「実は、…妹に関することで」

「…おまえら、妹いたっけ?」

「ちょっと、訳ありでね…」

 その話になった途端、二人とも表情を暗くした。

「今、おまえのところにいるルーチェ、…実は妹なんだ」

 思いもかけない話に、グラスを持った手が止まった。

「え、…あいつ庶民って」

「庶民になってしまったのは、実は俺のせいでね…」

 ランドルフォは、込み入った話になることを軽くわびてから、妹ルーチェにまつわる話を始めた。


 ランドルフォとレオーネの母が病で亡くなったのは、ランドルフォが六歳、レオーネが三歳のときだった。

 それから二年後、二人の父は街で繕い物をする若い女性と恋に落ち、一年の交際を経て再婚を考えていた。

 しかし、母の代わりが来る、と聞いてどうしても受け入れられなかったランドルフォは、父の再婚話に反対した。ランドルフォの母方の親戚もいい顔をせず、相手の女性を探し出すと、幼いランドルフォにあることないことを伝えた。そのほとんどは根拠のないデマだったが、父がだまされているかも知れないと思い込んだランドフルフォは、けしかけられるままその女性の元を訪ね、父との再婚を断念するよう直談判した。

 その女性は突然現れたランドルフォを歓迎し、荒々しく責め立てる子供の話をただ黙って聞いていた。人から聞いた噂にも反論することなく、自身を弁護することのないまま、ランドルフォが自分の思いを話し尽くすまで待ち、最後まで聞き終えると、にっこりと笑って

「あなた達を悲しませるようなことはしないから。大丈夫よ」

と言った。

 その後、その女性は父からのプロポーズを断ると、突然住んでいた街を離れ、行方をくらませてしまったのだった。

 父の落胆ぶりを見て、ランドルフォは子供心に自分がしたことの重大さに気がついた。

 子供だった自分の話をしっかりと聞いてくれた、誠実な女性だった。自分もまたちゃんと相手の話を聞くべきだった。その時は母として受け入れられなくても、時間をかければ家族になれたかもしれないのに…。

 ランドルフォはどんなに自分を正当化する言い訳を考えても、心の奥で自分の過ちを感じずにはいられなかった。


 それから十年後、レオーネがヴァレリオに頼まれて買ってきた髪紐に施された繕い魔法を見て、父が動いた。

 その繕い魔法は、かつて別れたあの女性のものであり、髪紐を売っていた店からたどると、その女性は娘と二人、店のある街のかたすみでひっそりと暮らしている事が判った。

 その娘は九歳。別れた後で身ごもっていることが判った、辺境伯の実の娘だった。

 お互い他に特別な相手もなく、まだほのかな愛情をくすぶらせていた。

 父は娘のためにも再度結婚を申し込み、説得を続けた。今回はもちろんランドルフォもレオーネも協力し、父の再婚を歓迎していることをアピールした。

 三ヶ月後、ようやく結婚を承諾した女性は、娘には自分から話すので少し時間が欲しい、と言った。

 しかし、しばらく待っても何の連絡もなかった。

 あまりに連絡がないので、心配して訪れた街にその人はいなかった。

 隣町から戻る途中、崖崩れに巻き込まれ、父の愛した女性、ルーチェの母親はこの世を去っていた。

 ルーチェは、母から父についてまだ何の話も聞かされてはいなかった。


 ルーチェはすぐさま領主の館に引き取られたが、辺境伯が父だと言われても、ルーチェには実感が沸かなかったようだ。

 再婚が決まった時点で、新しい家族だけでゆっくりと過ごせるように、と兄弟が話し合い、所属していた辺境騎士団の宿舎に移動したことが徒になった。家の使用人達が、新しい家族に家を譲るため先妻の子供達は追い出された、と噂をしていたらしく、偏見を持った使用人と引け目を持ったルーチェとの関係は互いに関わらないことでしか折り合いがつかず、ルーチェを追い詰める原因になってしまった。

 父は多忙でルーチェと接する時間は短く、兄たちも年に一、二回は家に足を向けることはあったが、大きくなって突然できた異性の兄妹にどう接すればいいのか判らなかった。

 父に言われるまま、真面目に貴族として身につけるべき事を学び、勉強も怠らない。周りには令嬢になるべく努めているように見えた。普段は部屋に引きこもっていると思われていたが、時々屋敷を抜け出して剣を習い、自身の刺繍を売り、家を出るタイミングを計っていたなど、誰も思いもしなかった。

 そして十六歳を待ち、庶民のルーチェとして王都の騎士団の試験を受け、見事合格を果たすと、一人故郷を離れた。


「戻れと言って聞くこともないだろうから、とりあえず三年間は騎士団にいることを了承し、その後のことはまた改めて考えようということにしたんだ。だが第三騎士団であまりいい処遇を受けていないことを聞いて、グイド団長に相談していたんだが、まさか、おまえの髪を切るなんてなあ…」

 自分の髪を切ったことを罪状にして、グイドが強引に団長室付けに引っ張ってきた理由がこれで判った。恐らく第三騎士団のグレゴリオも承知の上だろう。

「まあ、ためらうことなく魔犬を切り倒した腕は確かだったな。さすがモンテヴェルディの辺境騎士団に習事していただけはあるが…。…で? 俺にどうしろと?」

 話を聞かされたところで、ルーチェが自分の元にいるのは残り二ヶ月ちょっとだ。

 第三騎士団に戻れば、他団のことに口を出すことはできない。繕い物の押しつけを叱ったのも、自団に所属する者だからこそ言えたことだ。

「騎士団をやめるから仕事を斡旋しろとでも言われりゃできなくもないが、あいつが俺にそんなことを聞いてくるほど俺になついてるわけでもないぞ」

「いっそ、髪を切られたことをネタに、脅して家帰るよう説得…なんて、できるわけないよな」

 レオーネの案は自分自身ですぐさま却下された。

「家に帰りたがってるならともかく、そうじゃないんだろ?」

 男三人、うーん、とうなりながら、ただ酒の量だけが増えていった。

「まあ、機会があれば、これからどうしたいのかくらいは聞けるかも知れないが、それ以上は俺に期待されても何ともならん」

「だよなー」

 レオーネは溜め息をつきながら、次の酒を頼んだ。

「ヴァレに何とかできるとは思ってないよ。ただ、こういう事情がある子だって事を、近くにいる誰かに知っておいてもらいたかったんだ」


 ふと、繕い魔法を教えてもらおうとした時の「繕いの魔法は使えません、申し訳ありません」と言ったルーチェの落胆した表情を思い出した。

 あれだけきれいな刺繍が出来、魔力は紡げながら、繕い魔法に至らない。

 しかし、ルーチェの母親は繕い魔法を仕事にしていたという。

「さっき、繕い魔法で母親の居所が判ったって言ってたよな。昔レオに送ってもらった髪紐って、あいつの母親が作ったもんなのか?」

「俺が辺境騎士団に入る前までの分は恐らくそうだ。あいつの母親だとは知らなかったけど、あの辺りで一番凄腕の繕い魔法師だったからな。並べられていた髪紐の中でも、格段に質が違った。おまえの髪を留められるような髪紐なんて、なかなか作れる人がいない。今回の土産もまたおまえが補強するんだろ?」

 ヴァレリオがルーチェに刺繍を師事しているのも、繕い魔法を補強するためだった。繕い魔法が入った紐で髪を結ぶが、同じモンテヴェルディで作られたものでもこの最近はすぐに切れてしまうものばかりだ。それが繕い魔法師の腕のせいなのか、ヴァレリオの魔力が強すぎるせいなのかは判らない。

 幸い、ルーチェに学んでから繕い魔法の補強力は増している。

「面白いよな。おまえ、そんな顔して繕い魔法の刺繍するんだもんな」

 レオーネがからかうように言うが、ヴァレリオは一向に気にする様子はなく、

「自分の道具の補強位するさ。魔法は乗ってなくても、おまえらの妹の刺繍はすごいぞ。…知らないのか?」

 二人とも、初耳といった様子だ。

 もしかしたら、やりようによってはルーチェも繕い魔法が使えるかも知れない、とは思っていた。

 髪は切られたが命を救われ、刺繍を教わり、仕事も助けてもらっている。何かルーチェにお返しができるとしたら、家族関係の修復は無理にしろ、魔法に関することなら少しは可能性があるかも知れない。


 少し話を変え、ヴァレリオは自分の近況を報告した。

「俺の方は、やっと話がまとまった。1年後にはモンテヴェルディに戻るよ」

 ヴァレリオがそう言うと、

「ようやく許しが出たか」

とランドルフォが一瞬笑みを見せたが、それを取り消すように顔を曇らせた。

「…間が悪くて恐縮だが、俺がおまえらの妹を遠目にでも見守れるのはあと一年だと思ってくれ」

 ヴァレリオは、幼い頃から世話になっていた伯母の家を継ぐことが決まったばかりだった。以前からモンテヴェルディに戻った時には辺境騎士団に入団することをランドルフォに打診し、二つ返事で了承してもらっていた。

「本当にやめるのか? 王都の魔法騎士団の副団長まで登って…」

「全く未練はない。副団長になったのは親に認めさせるためだからな。おまえらの部下になるのは気に入らないが、ヒラからよろしく頼む」

「元副団長様がヒラって事はあり得ないぞ。こき使うからな」

 かつて隣国と険悪だった時代に比べれば平和なものだが、辺境地は王都よりは遙かに堅い守りが求められ、実戦が多い。魔物も国に入り込む前に辺境地で仕留めることが期待されている。特にヴァレリオほどの魔法が使える者は大歓迎だ。

「ついでにルーチェも連れて戻ってくれたらありがたいんだけどなあ…」

 レオーネが愚痴るようにつぶやいたが、

「俺の部下になりたがる奴も、辺境地に行きたがる奴も滅多にいない。王都の連中は王都にいることを誇りに思ってるからな。あいつだって戻りたがってないんだろ?」

 一番痛いところを突かれて、レオーネも、ランドルフォも、重い溜め息をついた。


 二人は明日の午後には辺境地に戻ることになっていた。

 明日の予定を思い出し、ヴァレリオは二人を誘ってみた。

「明日、騎士団の合同修練会がある。あいつも出るって言ってたが、見に来るか?」

「いいのか?」

 レオーネが嬉しそうに言ったが、ランドルフォは

「午前中だよな。俺は明日王城だ…」

と、残念そうに顔をしかめた。王に謁見するというのにそんな顔を見せれば、不敬罪と言われても仕方がないというのに。

 今の姿だけを見ていたら、妹思いの過干渉な兄達にしか見えなかった。


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