14 来客
週が明け、団長が少し長引いた出張から戻ってきた。
団長はヴァレリオを呼び出し、不在中の団の様子を確認した後、出張先で頼まれた伝言を伝えた。
モンテヴェルディの辺境伯の子息二人が来月半ばに王都に来ることになり、王と騎士団への要件が終わったら相談したいことがある、とのことだった。
ヴァレリオがモンテヴェルディに住んでいた頃は二人と一緒に遊んだり、剣や魔法の稽古を受けたりしていた。今は二人とも辺境騎士団にいると聞いていたが、兄のランドルフォは家督を継ぐ準備のため近いうちに家に戻る予定らしい。
モンテヴェルディに来るのなら顔を見せて欲しいと言われていて、本当なら今回の出張で立ち寄るつもりだった。その時に何か相談したかったのかも知れない。わざわざ二人して来るというのも、何か訳ありなのだろう。
グイドには自分から返事をする、と答え、ヴァレリオは早速手紙をしたためた。恐らく自分への用件はプライベートなことだろう。今回訪問できなかったことの詫びと、友人として来訪を楽しみにしていること、ついでに、来る時にモンテヴェルディの繕い魔法の入った髪紐を調達してもらえるよう依頼した。
団長の卓上に溜まっていた厳選された書類も徐々に片付き、スドヴェストとの会談の調整も動き出した。
時々ある討伐はヴァレリオはまだ「お留守番」の指示で、代わってグイドが喜んで同行するが、小隊が単独で行って対応できる程度のものだった。
魔犬のボスはまだ鳴りを潜めているらしく、その調査にかり出されていた合同調査班も戻ってきた。東の辺境地近くの森に逃げ込み、仲間を集めている可能性があるらしい。
ルーチェはデスクワークに、時々剣の鍛錬。毎日の自主練習は欠かさなかった。
久々に行った第三騎士団の月一回の修練会は、繕い物を断ったせいか少し風当たりが強かったが、人を変えて練習できたことと、以前より体力的にも時間的にも余裕があるおかげで、さほど成績を落とすこともなかった。
週一回行っていた魔法騎士団員への繕い魔法のレクチャも、魔法を付与する面では全く才能のないルーチェが教えられることはあまりなく、副団長狙いだった半数は二回目以降来なくなった。残りの者も一月もすれば各自で練習できるようになり、時々相談は受けるものの集まることはなくなり、自然解散となった。
ヴァレリオからは時々声をかけられ、週に一、二回、元のように団長室で刺繍のステッチや図案などについてレッスンを続けた。繕い魔法には集中力がいるらしく、相変わらずヴァレリオは寡黙になって集中していた。その間にルーチェが少しづつ仕上げていた蔦の刺繍は既に三本目に入っていた。
ルーチェ自身は意識していなかったが、時々祈り歌を口ずさんでいるらしい。
ヴァレリオに歌を褒められたが、意識したら恥ずかしくなって歌が出てこなくなった。
「アガッツィ様」の呼称は変えるよう言われていたが、変えるに変えられず、あえて名前を言わないようにしてごまかしていた。しかし、グイドが戻ってきた時、「ノヴェッリ団長」と呼んでドン引きされ、「グイド」「ヴァレリオ」と呼ぶよう不条理な命令が下った。さすがに呼び捨てはできなかったが、「グイド様」「ヴァレリオ様」と名前を「様」付けすることは許された。
ヴァレリオからは繕い魔法を学ぶ時間は完全にオフだと言われ、様付けをやめるよう言われたものの、これまたなかなか実行できずにいた。
すると、意趣返しに「師匠」と呼ばれるようになり、そのくすぐったさを拒否しまくったところ
「それじゃあお互い様、と言うことで」
と提案されたのは、ヴァレリオの愛称ヴァレで呼ぶことだった。さらに上がったハードルに
「とんでもない!」
と断固拒否したものの、「師匠」呼ばわりが時々「うっかり」仕事中にまで出てきて、他の人からも変な目で見られるのが耐えられず、とうとうルーチェが折れた。
仕事時間は「ヴァレリオ様」、それ以外は「ヴァレ」と呼ぶことで、ルーチェへのにわか師匠呼ばわりは収まった。
とは言え、大抵「あのー、」で振り向くので、そうそう名前で呼ぶ機会は訪れなかった。
「明日なんだが、来客がある」
ヴァレリオに言われてルーチェはスケジュールを確認した。
「午前中ですか? でしたら明日は剣の鍛錬は中止で、応接室の予約を…」
「ああ、剣技の日か。そっちはグイドが出る。おまえはそっち優先でいい。モンテヴェルディの辺境騎士団から知人が来るんだが」
懐かしい故郷の名前に一瞬言葉が止まった。
「…では、お部屋の予約と、庶務課の方に対応をお願いしておきます」
「ああ」
母と二人で暮らしていた時は、大好きだった故郷だ。しかし、父に引き取られてからは、ずっと逃げたかった。そして、今も逃げている真っ最中だ。
辺境騎士団と言えば、父の配下にある。二人の兄も所属しており、剣を習った団員も、団員になった友達も何人かいる。万が一にも知り合いだったら、自分の本当の身元がばれる可能性がある。例えお茶出しのレベルでも避けたい。
剣の鍛錬がある事に少しほっとした。
翌日、早くから修練場に向かい、時間いっぱい訓練を受けて、午前中はそれで時間を費やした。
午後、執務室に戻ると、既に客は帰ったようだった。
あえて来客のことは聞かず、何もない振りをして仕事を続けた。
終業時間が近づくと、ヴァレリオから声がかかった。
「今日は繕い魔法の練習はなしで頼む」
今日の来客と食事でもするのだろう。ルーチェは
「判りました」
とだけ答えた。
「明日は第三騎士団の修練会だったな」
「明日は、四ヶ月に一度の騎士団合同修練会です」
何か仕事のスケジュールが入るのだろうか、と思っていたら、
「多分、…俺と団長も行くことになる」
騎士団の修練会に魔法騎士団長が来ることなど、異例だった。
「…参加ですか?」
これ以上強敵が増えるのは怖いな、と思っていたが、
「見る方だ」
と言われて、ちょっとほっとした。
「応援してくれます?」
ちょっと茶化して言ったつもりだったが、
「わかった」
と言われて、少し戸惑ったが、
「じゃ、頑張りますね」
と笑顔で答えた。
来客を連れてくるのかもしれない。自分の知っている人でなければいいけれど、とルーチェは少しだけ心配になった。